結城市山川新宿:水野家塁代の墓所(その2)

過日,水野忠邦の墓所を含む水野家塁代の墓所(茨城県結城市山川新宿)を訪問した。
墓所には,水野家初代・水野忠元を初代として,11代・水野忠邦までの墓所がある。天保の改革で知られる水野忠邦の墓は,茨城県指定有形文化財(史跡)第1号となっている。

結城市山川にある水野家塁代の墓所は,江戸時代末に焼失して廃寺となった万松寺を菩提寺としていたようだ。
現在では,万松寺の面影を知ることができない。
水野家塁代の墓所の傍らに僧侶の墓石や供養塔等が集められている区画があり,その場所が万松寺の名残りということになるのではないかと思った。

これらの場所は,台地の縁にある。古墳時代から何百年経ても,支配者達は,古墳造営地と同じような場所を墓所とし続けたのだろう。

IMG_2035.JPG
八代水野忠任の墓所


IMG_2036.JPG
八代水野忠任の墓所の近くにある供養塔など


IMG_2039.JPG
九代水野忠鼎の墓所


IMG_2038.JPG
十代水野忠光の墓所


IMG_2041.JPG
十一代水野忠邦の墓所


IMG_2044.JPG
水野家塁代の墓所の外にある僧侶の墓所


IMG_2058.JPG
水野家塁代の墓所付近から見える低地の景色

この記事へのコメント