高萩市石滝:2つの秋葉神社

茨城県高萩市と日立市にまたがる石滝の台地の北辺・段丘崖を南北に通る茨城県道230号高萩友部線の東西に2つの秋葉神社(茨城県高萩市石滝)がある。 それらの神社の関係がどのようなものなのかは不詳。 過日,その付近を徒歩で通過中,神社あることに気づき,これらの神社を守っている地元の人々に敬意を表する趣旨で参拝した。 どちらも秋葉神社であ…
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つくば市小田:龍勝寺

過日,曹洞宗・萬松山香華院龍勝寺(茨城県つくば市小田)を参拝した。本尊は,釈迦如来。 龍勝寺の創建は不明だが,小田氏と関係の深い寺院だったようだ。小田氏滅亡後,梶原政景が再建して今日に至っている。 龍勝寺の山門は,江戸時代のもので,小田城の門を移したものとのこと。小田城ゆかりの残存木造建築物は,もしかすると,この山門だけかもしれない…
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つくば市小田:天満宮

過日,天満宮(茨城県つくば市小田)を参拝した。祭神は,菅原道真。 元の石鳥居が東日本大震災の際に被災したため,その後,現在の鳥居が再建されたとのこと。 本殿は大きな蔽殿の中にあるのだが,隙間から拝見したところ,なかなか立派な彫刻で装飾されているようだ。 本殿裏には境内社の石祠と石灯籠がある。その石祠中の1つの基壇部は大きな平石が用…
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つくば市小田:長久寺

過日,真言宗豊山派・醫王山遍照院長久寺(茨城県つくば市小田)を参拝した。本尊は,不動明王。 茨城百八地蔵尊霊場第84番札所となっている。 長久寺は,長禄3年(1459年)に那珂郡小場村で創始された寺院なのだけれども,小田氏が滅び,小田氏の旧領を佐竹氏が支配するようになったことから小田城内に寺を移し,現在に至っているらしい。 長久寺…
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つくば市小田:小田城跡

小田城跡(茨城県つくば市小田)を何回か訪問したことがある。小田城は,国指定の史跡となっている関係から,よく整備された史跡公園の1つなのだが,実際には城の中心部だけが整備されて公開されているのに過ぎない。周辺地域には未調査の場所が多数残されている。 久しぶりに小田城を訪問したくなり,冬の寒い時期なら訪問者もあまりいないだろうと予想して寄…
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つくば市漆所:漆所大塚山古墳

過日,漆所大塚山古墳(茨城県つくば市漆所)を見学した。 漆所大塚山古墳は,大塚山古墳とも呼ばれ,全長約35mの前方後円墳とされている。全体に竹林で覆われているので,墳丘の形状を明確に視認することが難しいのだが,東側の方から見ると一部墳丘が露出している場所があり,何となくそれらしい姿を観ることができた。漆所大塚古墳の所在地は,畑と農家敷…
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つくば市神郡:大師堂(第二十一番札所)など

過日,普門寺を参拝するために徒歩で移動中,弘法大師堂(第二十一番札所)の前を通った。小さな御堂なのだが,立ち寄り,合掌した。 市営筑波山麓神郡駐車場にクルマを停め,そこから先は徒歩で往復したのだが,神郡地区の通りには往時の雰囲気が漂っており,また,路傍には石棺材と思わせる石材を置いてある場所があった。 市営筑波山麓神郡駐車場…
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つくば市神郡:普門寺

過日,真言宗豊山派・慈眼山三光院普門寺(茨城県つくば市神郡)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。 普門寺は,元享年間に創始された寺院。小田氏の祈願寺として栄えた寺院とのこと。 平成20年に原因不明の火災により本堂を焼失したけれども,現在では立派に再建されている。参道にある赤門と黒門は,とても立派なものだった。 境内には石仏や供養塔など…
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つくば市上河原崎:鹿島神社と古墳

2020年12月のことだが,鹿島神社(茨城県つくば市上河原崎)を参拝した。祭神は,武甕槌神。 鹿島神社は,上河原崎地区のある台地の北西端付近にあり,境内地の一部はこの地区の集会所敷地となっている。 鹿島神社の創建等の詳細は不詳だが,村の鎮守のような神社だったのではないかと思われる。地元の人々によって大事にされている神社だというような…
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つくば市下河原崎:下河原崎高山古墳群

2020年12月のことだが,下河原崎高山古墳群(茨城県つくば市下河原崎)の所在地を見学した。下河原崎高山古墳群は,合計11基の古墳で構成される古墳群とされている。 それらの古墳中の1号墳(方墳),3号墳(旧2号墳),4号墳(方墳・旧1号墳)及び5号墳の4基の古墳所在地を見学した。1号墳と3号墳との間に2号墳と思われる塚があった。 …
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高崎市下滝町:慈眼寺と古墳(その5)

過日,慈眼寺を参拝した後,徒歩で移動しながら下滝1号墳,下滝3号墳及び御伊勢山古墳(群馬県高崎市下滝町)を見学した。これらの古墳は,慈眼寺境内にある古墳等を含め,現在では下滝古墳群としてまとめられているようだ。それらの古墳の分布範囲は,中世の館跡所在地とされている場所の範囲とほぼ一致するように思われる。かつては,土塁跡なのか古墳なのか判…
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高崎市下滝町:慈眼寺と古墳(その4)

2020年12月のことだが,高野山真言宗・華敷山補陀落院慈眼寺(群馬県高崎市下滝町)を参拝した。本尊は,聖観音菩薩。 慈眼寺の参道東側にある駐車場とその東側を南北に走る道路との間の細長い土地には前山古墳がある。 前山古墳は,滝川村2号墳とも呼ばれ,全長60mの前方後円墳とされている。横穴式石室が発掘されたとのこと。 現況では前方部…
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今朝の雲

今朝のことだが,慈眼寺のブログ記事をアップした後,空模様を見ようとベランダに出たところ,部分的に雲に色がついていた。「奇妙な虹だ・・・」と思いながらよく見てみると,虹ではなく,部分的に朝焼けが反射してこのような状態になったのだということを理解した。 これまで目にしたことのない状況だったので,愛用のコンパクトカメラでその写真を撮った。 …
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高崎市下滝町:慈眼寺と古墳(その3)

2020年12月のことだが,高野山真言宗・華敷山補陀落院慈眼寺(群馬県高崎市下滝町)を参拝した。本尊は,聖観音菩薩。 慈眼寺の境内・本堂裏(北側~北西側)には,慈眼寺A号墳,慈眼寺B号墳及び慈眼寺C号墳と呼ばれる3基の古墳がある。 私が訪問した時には,慈眼寺境内にある古墳の墳丘上に暗紅紫色の紅葉がびっしりと蔽っていて,一種独特の姿だ…
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高崎市下滝町:慈眼寺と古墳(その2)

2020年12月のことだが,高野山真言宗・華敷山補陀落院慈眼寺(群馬県高崎市下滝町)を参拝した。本尊は,聖観音菩薩。 慈眼寺の境内・本堂裏(北側~北西側)には,慈眼寺A号墳,慈眼寺B号墳及び慈眼寺C号墳と呼ばれる3基の古墳がある。 私が訪問した時には,慈眼寺境内にある古墳の墳丘上に暗紅紫色の紅葉がびっしりと蔽っていて,一種独特の姿だ…
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高崎市下滝町:慈眼寺と古墳(その1)

2020年12月のことだが,高野山真言宗・華敷山補陀落院慈眼寺(群馬県高崎市下滝町)を参拝した。本尊は,聖観音菩薩。 下記の慈眼寺のサイトに記されている詳細な由緒によれば,慈眼寺は,天平年間に良弁僧正によって創始された非常に古い寺院であり,その後,南北朝の時代に乗弘大徳により中興開山となり,その後,戦火のため幾度も堂宇を焼失しながらも…
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藤岡市上落合:伊勢塚古墳再訪

過日,地勝寺を参拝した後,別の場所へ移動中,古墳の前を通った。まだ観たことのない古墳のように思えたので,ちょっと戻り,見学することにした。しかし,その古墳は,以前見学したことのある伊勢塚古墳(群馬県藤岡市上落合)だった。 よくあることではあるけれども,古墳は,夏の姿と冬の姿とではまるで違ったもののように見えることがある。 墳丘の特徴…
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高崎市吉井町:地勝寺

過日,真言宗豊山派・廣願山専寿院地勝寺(群馬県高崎市吉井町小串)を参拝した。本尊は,地蔵菩薩。 地勝寺は,慶長10年(1605年)に地蔵寺として創建された寺院。その後,明治41年に勝持寺と合併したため,両方の寺院の名から1文字ずつとって地勝寺と改称している。 境内地には南北朝時代の石仏群があり,文化財として指定されている。その頃まで…
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高崎市吉井町:安坪古墳群の古墳など(その2)

過日,辛科神社を参拝した後,安坪古墳群の所在地(群馬県高崎市吉井町)を見学した。 吉井町長根地区には,安坪古墳群を含め,非常に多数の古墳が存在したようなのだが,土地改良事業等の結果,現在ではだいぶ減ってしまっているようだ。現存古墳の大部分が畑の中にあり,農道から見学する分には(新型コロナの関係を含め)地元の人々に迷惑をかけることもほと…
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高崎市吉井町:安坪古墳群の古墳など(その1)

過日,辛科神社を参拝した後,安坪古墳群の所在地(群馬県高崎市吉井町)を見学した。 吉井町長根地区には,安坪古墳群を含め,非常に多数の古墳が存在したようなのだが,土地改良事業等の結果,現在ではだいぶ減ってしまっているようだ。これらの古墳所在地を訪れる人も少ないのだろうと思う。 現存古墳の大部分が畑の中にあり,農道から見学する分には(新…
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