茨城県稲敷郡阿見町島津:鹿島神社・宮平貝塚・島津城跡

過日,鹿島神社(茨城県稲敷郡阿見町島津)を参拝した。祭神は,武甕槌大神。 本殿は,質素なものながら,しっかりとしたつくりのものだった。 境内には新しい庚申塔が立てられていた。元あった庚申塔が大震災の影響等によって壊れたためにつくりなおしたものではないかと想像した。 鹿島神社の鳥居脇には小さな塚状地形があり,境内地周辺にも同様のもの…
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茨城県稲敷郡阿見町島津:長泰寺

過日,曹洞宗・嶋津山長泰寺(茨城県稲敷郡阿見町島津)を参拝した。本尊は,聖観音菩薩。 本堂建設記念碑に刻まれた縁起によれば,長泰寺は,天正14年(1586年),島津城跡に隣接する台地上に創建された寺院。その後,何度も火災に遭い,現在の場所に移って再建されたものの,堂宇が古くなってしまったため,平成27年に本堂が再建されたとのこと。現在…
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牛久市奥原町:願名寺

過日,時宗・奥雲山龍池院願名寺(茨城県牛久市奥原町)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。 願名寺は,弘安3年(1280年)に一遍上人が開山した寺院。その後,堂宇を焼失し,現在の本堂は,天明4年(1784年)再建されたものとのこと。 本堂の前には,1セットの箱式石棺が復元・保存されている。ほぼ完全なものなのだが,この箱式石棺がどこから出土…
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牛久市久野町:観音寺

過日,天台宗・威徳山福聚院観音寺(茨城県牛久市久野町)を参拝した。本尊は,十一面観音菩薩。 観音寺修復記念碑に刻まれた縁起等によると,観音寺は,聖武天皇の時代に開基された寺院。本堂に相当する観音堂は,大同2年(807年)の創建,嘉禄2年(1226年)に大破したために修営されたらしい。その後,大泳5年(1525年)に再興され,土岐氏の保…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その8)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 塚原古墳群を構成する古墳の個別の測量は行われていないようなのだが,大きな古墳は直径20前後,小さな古墳は直径10m前後の円墳状のものが多い。前方後円墳も含まれているとされている。しかし,現況を観る限り,円墳のような外見をもった古墳しかないように思う。…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その7)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 塚原古墳群を構成する古墳の個別の測量は行われていないようなのだが,大きな古墳は直径20前後,小さな古墳は直径10m前後の円墳状のものが多い。前方後円墳も含まれているとされている。しかし,現況を観る限り,円墳のような外見をもった古墳しかないように思う。…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その6)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 塚原古墳群を構成する古墳の個別の測量は行われていないようなのだが,大きな古墳は直径20前後,小さな古墳は直径10m前後の円墳状のものが多い。前方後円墳も含まれているとされている。しかし,現況を観る限り,円墳のような外見をもった古墳しかないように思う。…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その5)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 塚原古墳群を構成する古墳の個別の測量は行われていないようなのだが,大きな古墳は直径20前後,小さな古墳は直径10m前後の円墳状のものが多い。前方後円墳も含まれているとされている。しかし,現況を観る限り,円墳のような外見をもった古墳しかないように思う。…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その4)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 塚原古墳群を構成する古墳の個別の測量は行われていないようなのだが,大きな古墳は直径20前後,小さな古墳は直径10m前後の円墳状のものが多い。前方後円墳も含まれているとされている。しかし,現況を観る限り,円墳のような外見をもった古墳しかないように思う。…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その3)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 塚原古墳群を構成する古墳の個別の測量は行われていないようなのだが,大きな古墳は直径20前後,小さな古墳は直径10m前後の円墳状のものが多い。前方後円墳も含まれているとされている。しかし,現況を観る限り,円墳のような外見をもった古墳しかないように思う。…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その2)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 塚原古墳群を構成する古墳の個別の測量は行われていないようなのだが,大きな古墳は直径20前後,小さな古墳は直径10m前後の円墳状のものが多い。前方後円墳も含まれているとされている。しかし,現況を観る限り,円墳のような外見をもった古墳しかないように思う。…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その1)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 前回は,北側にある説明板設置場所から古墳群所在地の森の中に入り,矢形の案内表示の順番に従って概ね時計と逆周りに見学した後,常福院付近に出た。 今回は,まず常福院を参拝した後,常福院付近の入口から古墳群所在地の森の中に入り,概ね時計周りに見学し,説明板設…
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鹿嶋市沼尾:常福院

過日,真言宗豊山派・金砂山保福寺常福院(茨城県鹿嶋市沼尾)を参拝した。本尊は,大日如来。 天正19年(1591年)から慶長7年(1602年)頃に創建された寺院とのこと。佐竹氏が鹿島・行方地域に侵攻し,その領地とした時代に創建された寺院ということになる。金砂山という山号も佐竹氏の本拠地付近であった金砂郷にちなむものだろうと思う。 元の…
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水戸市元石川町:江東古墳群(その2)

過日,江東古墳群(茨城県水戸市元石川町)を見学した。 「江東」は,「えとう」と読む。 江東古墳群は,6基の円墳と墳形不明の4基の古墳(合計10基)で構成される古墳群とされている。 江東古墳群に関しては,水戸市教育委員会編『水戸市埋蔵文化財調査報告書(平成10年度版)』の16頁に説明があり,添付図面(水戸市遺跡地図2)の中に6基の古…
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水戸市元石川町:江東古墳群(その1)

過日,江東古墳群(茨城県水戸市元石川町)を見学した。 「江東」は,「えとう」と読む。 江東古墳群は,6基の円墳と墳形不明の4基の古墳(合計10基)で構成される古墳群とされている。茨城県開発公社が水戸東部工業団地を造成した先に10基ほどの古墳が破壊されたということなので,古墳群全体では,合計20基前後の古墳があったということになりそう…
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水戸市:千波公園で観た鳥

過日,千波古墳群の1号墳を見学した後,しばし千波公園(茨城県水戸市千波町)を散策した。 千波湖では餌をまく人のところに水鳥が集まっていた。 コクチョウには赤い足環がついていたので,飼育されているものだろうと思う。 千波湖の噴水 オオハクチョウとホシハジロ オナガガモ ヒドリガモ …
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水戸市:千波山古墳群再訪

以前,千波山古墳群(茨城県水戸市千波町)を見学した際,1号墳を誤認してしまったので,過日,千波公園を再訪し,1号墳を見学し直した。 すぐにわかるところにある古墳なのに,どうして間違ってしまったのか・・・老化によるものかもしれない(笑) 千波山1号墳は,千波山児童遊園地の敷地内にあり,直径15m・高さ1.8mの円墳とされている。水…
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水戸市飯島町:鹿島神社と古墳(その2)

過日,鹿島神社(茨城県水戸市飯島町)を参拝した。祭神は,武甕槌命。 鹿島神社の境内地には,3基の円墳で構成される飯島町古墳群が現存している。飯島町古墳群に関しては,水戸市教育委員会編『水戸市埋蔵文化財調査報告書(平成10年度版)』の52頁に詳細な説明がある。 ただし,個々の古墳に正式の付番はないようだ。このブログ記事では,仮に,社殿…
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水戸市飯島町:鹿島神社と古墳(その1)

過日,鹿島神社(茨城県水戸市飯島町)を参拝した。祭神は,武甕槌命。 拝殿の額には「鹿島神社」と記されている。 拝殿と本殿は比較的最近に再建されたもののようなのだが,立派なものだった。多数の境内社等がある。 また,鹿島神社の鎮座地は,古くからの街道筋だったらしく,鳥居の前には塩街道碑がある。 境内林は自然環境が適切に維持されている…
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桜川市真壁町:薬王院

過日,天台宗・椎尾山薬王院(茨城県桜川市真壁町椎尾)を参拝した。本尊は,薬師如来。 薬王院は,延暦元年(782年),最仙上人が開基の桓武天皇の勅願寺,天長2年(824年)に慈覚大師が天台宗寺院として再興したという古刹。 薬王院の堂宇は何度かの火災により焼失したけれども再建され,本堂は延宝8年(1680年)に再建されたもの,三重の塔は…
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