ひたちなか市武田:湫尾神社

過日,武田氏館を見学した後,湫尾神社(茨城県ひたちなか市武田)を参拝した。祭神は,素戔嗚命。 元は武田大明神と称したこともあるとのことで,武田氏と関係の深い神社のようだ。武田氏の氏神だったのかもしれない。 茅葺屋根の拝殿が素晴らしい神社として知られていた神社なのだけれども,説明板によれば,平成18年に大改修が行われた後,平成25年に…
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ひたちなか市武田:武田氏館

過日,武田氏館(茨城県ひたちなか市武田)を見学した。 武田氏館のある場所は,武田信玄の祖先が甲斐國に流されるまで居城としたところとのことで,その意味で甲斐武田氏発祥の地とされている。 武田氏館は,かなり広い範囲に及んでいると推定されているけれども,現在では,その一部に復元館建物が建てられ,その中に関連する文物が展示されている。新型コ…
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ひたちなか市:馬渡埴輪製作遺跡

過日,馬渡埴輪製作遺跡(茨城県ひたちなか市馬渡)を見学した。茨城県内では,小幡北山埴輪製作遺跡(茨城県東茨城郡茨城町小幡)などの大規模な埴輪製作場所遺跡が発見されおり,史跡公園として整備・公開されている。 馬渡埴輪製作遺跡は,小幡北山埴輪製作遺跡と同様,古代の小河川の両側にある台地斜面に登り窯をつくり,その周囲に埴輪工房のような建物を…
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ひたちなか市馬渡:成等寺と古墳(その2)

過日,浄土宗本願寺派・青塚山無量院成等寺(茨城県ひたちなか市馬渡)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)。 成等寺の境内地及びその近隣地は馬渡古墳群と呼ばれる古墳群の所在地となっている。馬渡古墳群は,4基の円墳で構成される古墳群であり,その中の2基は,成東寺境内地の西側及び南西側にあり,他の2基は,ミニストップひたちなか馬渡店…
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ひたちなか市馬渡:成等寺と古墳(その1)

過日,浄土宗本願寺派・青塚山無量院成等寺(茨城県ひたちなか市馬渡)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)。 成等寺のサイトの説明によれば,健保5年(1217年)に藤原孝秀入道唯順(藤原基親朝臣藤原孝秀丸)により青塚村で建立された寺院で,後に浄土真宗に改宗し,馬渡に移動したとのこと。何度も火災に遭っており,現本堂は昭和18年に再…
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古河市仁連:八幡塚古墳の所在地

過日,八幡塚古墳(茨城県古河市仁連)の所在地を見学した。 八幡塚古墳は,雷電神社(茨城県古河市東諸川)の南西約500mのところにある竹林の中にある。八幡塚古墳に関し,三和町史編さん委員会編『三和町史 資料編 原始・古代・中世』(平成4年)の67頁は,直径約40m・高さ4mの円墳であり,「北は谷によって切り落とされている」としている。八…
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古河市東山田:五十塚古墳群

過日,五十塚古墳群(茨城県古河市東山田)の一部を見学した。 五十塚古墳群に関しては,三和町史編さん委員会編『三和町史 資料編 原始・古代・中世』(平成4年)の70~74頁に解説があるが,1号墳と2号墳の解説が主であり,古墳群全体の基数に関しては「現在前方後円墳1基,円墳2基が確認されているのみ」と書かれているだけだ。この2基の円墳とは…
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古河市久能:ベッタリ塚古墳

過日,ベッタリ塚古墳(茨城県古河市久能)を見学した。 総和町史編さん委員会編『総和町史 資料編 原始・古代・中世』(平成14年)の264頁によれば,ベッタリ塚古墳は,南北25m×東西33mのほぼ円形の古墳とのこと。ただし,茨城県教育委員会編『重要遺跡調査報告書Ⅲ』(昭和61年3月)の290頁は,墳形が約28m×26mの長方形を呈してい…
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古河市北利根:久能向原古墳群の所在地

過日,久能向原古墳群(茨城県古河市北利根)の所在地を見学した。旧久能地区の範囲内にある。 現地には駐車場がないので,北利根北公園の駐車場にクルマを停め,徒歩で現地に向かった。そのあたりは工場地帯であり,大規模な工場が続いている。ただし,某社の敷地内では,ピンク色のシャツを来た管理職者のような人がゴルフの練習中だった。新型コロナの影響で…
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古河市葛生:磯ノ木古墳

過日,磯の木古墳(茨城県古河市葛生)を見学した。 総和町史編さん委員会編『総和町史 資料編 原始・古代・中世』(平成14年)の265頁によれば,磯ノ木古墳は,「大川の東岸の台地縁辺部に位置する。墳丘形態は円墳と思われる。土取りによって墳丘は半壊している」とのこと。 現況は,段丘縁の湾曲した道路の東側法面上にあり,私有地内ではあるけれ…
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古河市上大野:三社神社

過日,三社神社(茨城県古河市上大野)を参拝した。 由緒等の詳細は不詳だが,古くから村の鎮守としてあった神社であり,現在の社殿等は平成12年に改築されたものとのこと。鳥居脇に若干の駐車スペースがある。 境内に「香末社改築記念碑」があることから,元は香取神社であり,後に他の2社を合祀して三社になったものと思われる。 幹線道路に面して鎮…
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古河市上大野:大松山古墳群

過日,大松山古墳群(茨城県古河市上大野)を見学した。 大松山古墳群は,上大野グラウンドの駐車場の西約100mのところにある道路脇(東側林内)にある。総和町史編さん委員会編『総和町史 資料編 原始・古代・中世』(平成14年)の259頁によれば,道路脇に4基の円墳が南北に並んでおり,山中建設工業の敷地の東側付近に4号墳があり,4号墳の北の…
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稲敷市甘田:永楽寺

過日,天台宗・冨士山永楽寺(茨城県稲敷市甘田)を参拝した。 創建等の詳細は不詳ながら,境内には観音堂があり,また,非常に多数の石造物がある。それらの中には古墳由来の石材を二次利用したものと思われるものも含まれている。古い歴史をもつ寺院なのだろうと思う。 永楽寺の入口付近に天満宮と稲荷神社がある。社殿の背後には円墳のようにも見える塚が…
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稲敷市阿波崎:観音寺

過日,天台宗・根崎山観音寺(茨城県稲敷市阿波崎)を参拝した。本尊は,馬頭観世音菩薩。 山門(仁王門)と本堂(観音堂)は,とても立派なものだった。説明板によれば,観音寺の本尊と仁王像は,運慶の作とされているようだ。 本堂(観音堂)の周囲にはずらりと石仏が並べられていた。それぞれには別の寺院の仏の写しと刻まれているのだが,同じ形のものが…
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稲敷市伊左部・阿波崎:大宮大神(大宮神社)

過日,大宮大神(茨城県稲敷市伊左部・阿波崎)を参拝した。祭神は,建御雷之命。 大宮神社は,天智帝元年(668年)とのこと。本当だとすれば,かなり古い神社ということになるのだが,延喜式に記載のある神社ではないようだ。藤原鎌足(中臣鎌足)との関係を考えると,非常に興味深い。 大宮神社の境内地は,稲敷市の伊左部と阿波崎の両方にまたがってい…
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稲敷市伊左部:照明院

過日,天台宗・極楽山新善光寺照明院(茨城県稲敷市伊佐部)を参拝した。本尊は,阿弥陀三尊。内仏は,放光王地蔵尊。 関東百八地蔵尊霊場第67番札所となっている。 現在の本堂は平成8年に建築されたものとのことなのだが,平安時代の仏像等があることから,寺院としての創建は古いと推定されているようだ。 下記の稲敷市のサイトによれば,「照明院は…
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稲敷市駒塚:大塚山古墳の所在地

過日,大塚山古墳(茨城県稲敷市駒塚)の所在地を訪問した。 江戸崎町教育委員会『姫宮古墳群 1・ 2号墳 水神峯古墳』(2000年)の2~3頁によれば、全長23mの前方部を南に向けた前方後円墳とされている。 いばらきデジタルマップ上では,種類として「古墳,塚」と表示され,「時代・時期」として「古墳・近世」と表示されるが,これは,古墳時…
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古河市駒込:後円山古墳群

過日,愛宕古墳を見学した後,駒込地区の方に戻り,後円山古墳(茨城県古河市駒込)の所在地を見学した。 三和町教育委員会及び吹上・血止塚・広町・宮前遺跡発掘調査会編『広町遺跡・宮前遺跡・吹上遺跡・血止塚遺跡・広町・塚ノ下古墳-茨城県猿島郡三和町所在の古代集落址・中近世館跡の調査-』(1999年)の4頁には,「駒込塚ノ下古墳」の所在地が示さ…
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古河市上片田:愛宕古墳

過日,観音堂と香取神社を参拝した後,徒歩で更に南下し,愛宕古墳(茨城県古河市上片田)を見学した。 塚ノ下古墳及び吹上遺跡等の発掘調査結果は,三和町教育委員会及び吹上・血止塚・広町・宮前遺跡発掘調査会編『広町遺跡・宮前遺跡・吹上遺跡・血止塚遺跡・広町・塚ノ下古墳-茨城県猿島郡三和町所在の古代集落址・中近世館跡の調査-』(1999年)の4…
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古河市上片田:大善寺観音堂と香取神社

過日,鷲香取神社を参拝し,塚ノ下古墳を見学した後,徒歩で南下し,真言宗豊山派・清瀧山来迎院大善寺の観音堂(茨城県古河市上片田)を参拝した。本尊は,十一面観世音菩薩。 大善寺は,明治時代の廃仏毀釈により廃寺となり,観音堂のみが残されているとのこと。観音堂の前で合掌した。 鷲香取神社付近から見た観音堂所在地付近 観…
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古河市上片田:塚ノ下古墳

過日,塚ノ下古墳(茨城県古河市上片田)を見学した。 塚ノ下古墳は,鷲香取神社の西側低地を南北に流れる大川の西側台地斜面上にあり,鷲香取神社付近から塚ノ下古墳所在地となっている森の様子が見える。 塚ノ下古墳のすぐ近くには吹上遺跡と呼ばれる縄文時代~古墳時代~奈良・平安時代の遺跡包蔵地がある。塚ノ下古墳及び吹上遺跡等の発掘調査結果は,三…
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古河市駒込:鷲香取神社

過日,鷲神社(茨城県古河市上和田)を参拝した後,駒込地区方面へ徒歩で移動し,鷲香取神社(茨城県古河市駒込)を参拝した。祭神は不明だが,天穂日命と経津主神を合祀しているものと思われる。 社名に関し,境内にある石碑には「香取鷲神社」とあるけれども,鳥居の額には「鷲香取神社」と記されているので,現在では「鷲香取神社」が正しいのだろうと思う。…
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古河市上和田:鷲神社と古墳(その2)

過日,鷲神社(茨城県古河市上和田)を参拝した。祭神は,天穂日命。 鷲神社を参拝し,境内を拝見した後,境内地の背後(北側)にある森の中に分布する遠官台古墳群を見学した。 遠官台古墳群に関し,三和町史編さん委員会編『三和町史 資料編 原始・古代・中世』(平成4年)の83~84頁は,『猿島の郷土史』を引用して,「遠官台(十官台)と称す。地…
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古河市上和田:鷲神社と古墳(その1)

過日,医王寺を参拝した後,北の方に向かって歩き,鷲神社(茨城県古河市上和田)を参拝した。祭神は,天穂日命。 長い参道があり,二の鳥居前には,狛犬のように対になった鷲がある。 元はもっとふっくらとした山の上に鎮座する神社だったと思われるが,境内地を整備し,こざっぱりとした感じになっている。鳥居脇には弁財天が祀られている。地元で大事にさ…
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古河市上和田:医王寺

過日,渡辺製茶工場に寄った後,更に北上し,道祖神としての猿田彦大神のある角で東に折れて,上和田公民館の前を通った。 上和田公民館の東側には真言宗豊山派・医王寺(茨城県古河市上和田)の御堂と墓地がある。本尊・由緒等の詳細は不明ながら,元は大きな寺院があった場所と思われる。 また,周辺一帯は,寺屋敷遺跡と呼ばれる古墳時代~奈良・平安時代…
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古河市上和田:渡辺製茶工場

過日,諸川八幡塚古墳を見学した後,北の方に向かって歩いていたら,渡辺製茶工場(茨城県古河市上和田)の看板が目に入った。このあたりは猿島茶の産地として知られている。 渡辺製茶工場に寄ってみることにした。 旧家で見かけることのあるような大きな長屋門をくぐると御主人と出逢うことができたので,自宅で介護している老母の土産にお茶を購入した。御…
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古河市諸川:諸川八幡塚古墳

過日,八幡塚古墳(茨城県古河市諸川)を見学した。 諸川八幡塚古墳に関し,三和町史編さん委員会編『三和町史 資料編 原始・古代・中世』(平成4年)の87頁は,『猿島の郷土史』を引用して,「八幡塚と称する方墳である」,「南北底22メートル上径6.22メートル,東西21メートル,上部6メートル,高4.8メートル,頂上に八幡社あり。一説に物見…
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ひたちなか市平磯町:水神社

過日,水神社(茨城県ひたちなか市平磯町)を参拝した。祭神は,罔象女命。 由緒書によれば,元和3年(1617年)または元和2年(1616年)に創建された神社とのこと。その頃,このあたりは「青塚」と呼ばれる場所だったようなので,何か大きな塚のようなものがあった場所だったのかもしれない。ただし,下記の平磯町の懐かしい時間のサイトによれば,元…
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ひたちなか市平磯町:久平稲荷神社

過日,久平稲荷神社(茨城県ひたちなか市平磯町)を参拝した。 久平稲荷神社は,段丘崖または台地上ではなく,浜の低地にある。東日本大震災により被災したと思われるので,社殿等はその後に再建されたものということになるのだろう。 久平稲荷神社の裏側には大師堂のような御堂があった。 久平稲荷神社の由緒は不明だが,文化文政の頃に創建された神…
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ひたちなか市平磯町:金比羅神社

過日,金比羅神社(茨城県ひたちなか市平磯町)を参拝した。祭神は,大物主命。 創建等の由緒は不明。私が見学した時には見つけられなかったけれども,境内に享和2年(1802年)の日付のある石尊供養塔があるとのことで,そのことから推測すると,それ以前に創建された神社だという可能性があると言える。ただし,近隣にあった供養塔等を集めたものとも考え…
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ひたちなか市平磯町:玄東稲荷神社

過日,玄東稲荷神社(茨城県ひたちなか市平磯町)を参拝した。祭神は,倉稲魂命。 玄東稲荷神社は,文化2年(1805年)に創建された神社。江戸時代の医師・安達玄東を称え,稲荷神として祀る神社とのことなのだが,安達玄東に関しては不詳。大内地山『平磯郷土史』(昭和11年)という書籍があるとのことで,もしかするとその中に安達玄東のことが書かれて…
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ひたちなか市平磯町:神力稲荷大明神(神力稲荷神社)

過日,神力稲荷大明神(茨城県ひたちなか市平磯町)を参拝した。祭神は,宇迦之御魂神または宇賀神ではないかと思われる。龍神と白山大権現を合祀しているようなのだが,詳細は不明。 神力稲荷大明神(神力稲荷神社)は,石垣屋(米穀販売店)脇の路地の奥の段丘崖の斜面にある。境内地がとても狭く,社殿の正面から写真を撮ることができなかった。 凄い名前…
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ひたちなか市平磯町:正一位家宝稲荷神社と古墳(続)

以前,正一位家宝稲荷神社を参拝し,その基壇部となっている権現塚古墳を見学したつもりだったのだが,あんけんさんから指摘を受け,神社が墳頂にあること,その参道は南東側にあることを知ったので,再訪し,参拝し直した。 念のために確認してみたところ,南西側の鳥居と社殿から時計周りにぐるりと廻って南東側参道の前につながる道もあることを知った。 …
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水戸市飯富町:大井神社と古墳(その4)

過日,大井神社(茨城県水戸市飯富町大井)を参拝した。祭神は,建借馬命。木花開耶姫命を配祀している。 神社の石段脇に境内案内図があり,その案内図の記載に基づいて境内を拝見した。 大井神社の境内地は,大井古墳群と呼ばれる古墳群の所在地の中に含まれており,水戸市教育委員会編『水戸市埋蔵文化財分布調査報告書(平成10年度版)』の20頁には「…
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水戸市飯富町:大井神社と古墳(その3)

過日,大井神社(茨城県水戸市飯富町大井)を参拝した。祭神は,建借馬命。木花開耶姫命を配祀している。 神社の石段脇に境内案内図があり,その案内図の記載に基づいて境内を拝見した。 大井神社の境内地は,大井古墳群と呼ばれる古墳群の所在地の中に含まれており,水戸市教育委員会編『水戸市埋蔵文化財分布調査報告書(平成10年度版)』の20頁には「…
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水戸市飯富町:大井神社と古墳(その2)

過日,大井神社(茨城県水戸市飯富町大井)を参拝した。祭神は,建借馬命。木花開耶姫命を配祀している。 神社の石段脇に境内案内図があり,その案内図の記載に基づいて境内を拝見した。 大井神社の境内地は,大井古墳群と呼ばれる古墳群の所在地の中に含まれており,水戸市教育委員会編『水戸市埋蔵文化財分布調査報告書(平成10年度版)』の20頁には「…
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水戸市飯富町:大井神社と古墳(その1)

過日,大井神社(茨城県水戸市飯富町大井)を参拝した。祭神は,建借馬命。木花開耶姫命を配祀している。 大井神社は,式内社であり,那珂郡七座筆頭社とされている。 由緒書によれば,崇神天皇の代,豊木入日子命を奉じて建借馬命が長者山に館を構え,この地に神社を創建して天照皇大神を祀ったのがはじまりで,その後,奈良時代になり,宇治部氏が建借馬命…
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キジ(オス)

本日,某神社の参道付近を散策中にキジのオスを見た。その近くに2羽のメスもいたのだが,メスは逃げ足が速く,撮影できなかった。
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古河市上大野:本田山古墳群

過日,本田山古墳群(茨城県古河市上大野)を見学した。 本田山古墳群は,古河市立上大野小学校の南西約500mのところに位置する山林の中にある。この山林は南北に長い長方形のような形をしており,中央部分は墓地となっている。その墓地の北側に1号墳があり,その他の古墳は南側にある。 総和町史編さん委員会編『総和町史 資料編 原始・古代・中世』…
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古河市東諸川:東浦古墳

過日,東浦古墳(茨城県古河市東諸川)の所在地付近を散策した。 三和町史編さん委員会編『三和町史 資料編 原始・古代・中世』(平成4年)の66~67頁には,「東浦遺跡の東側で,西人連川の低地に面する台地上に円墳1基が所在する」と記されているのみなので,東浦古墳の詳細はわからない。同書に添付された遺跡分布図もかなりおおざっぱなものなので,…
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古河市東諸川:雷電神社と大塚古墳群

過日,雷電神社(茨城県古河市東諸川)を参拝した。 雷電神社は,「三和ふるさとの森」の南東端付近に鎮座しており,拝殿の額には「雷電宮」と記されており,境内社の額には「雷電神宮」と記されている。 由緒等の詳細は不明だが,嘉永4年(1851年)と刻まれた玉垣があることから,それ以前に創建された神社らしい。ただし,昭和22年頃に石段等が整備…
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古河市仁連:仁連天満社

過日,仁連天満社(茨城県古河市仁連)を参拝した。厳島社,八幡社,浅間社,鷲社,大杉社,神明社,香取社,八坂社,雷電社を合祀している。 仁連天満社は,弘安年間に創建された神社。その後,兵火により焼失したが,寛永年間に再建された。現在の社殿は,平成4年に改築されたものとのこと。立派な社殿だと思った。 拝殿前に梅があるほか,境内に梅林があ…
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古河市仁連:仲山観世音と古墳

過日,真言宗豊山派・青谷山東漸寺の仲山観世音(茨城県古河市仁連)を参拝した。 東漸寺は,天平11年(739年)に鑑真和上が下野国・薬師寺から観世音菩薩像を移し,開山したのがはじまりとされている寺院。猿島板東三十三カ所霊場第八番となっている。 仲山観世音の境内には,仲山観世音古墳と呼ばれる直径20m・高さ3mの円墳がある。寺院ができる…
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ひたちなか市大平:大平古墳群

過日,大平古墳群(茨城県ひたちなか市大平)の所在地を見学した。 大平古墳群は,かつては非常に多数の古墳で構成される古墳群であり,昭和20年代前半頃には前方後円墳3基と円墳10基のほか墳丘のない石室2基が残されていたけれども,昭和37年頃には前方後円墳1基と円墳1基の合計2基だけとなり,現在では,円墳1基だけとなってしまっている。元の古…
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ひたちなか市高場:鉾香取神社と鉾ノ宮古墳群(その2)

過日,鉾香取神社(茨城県ひたちなか市高場)を参拝した。鉾之宮の祭神は天照皇大神・香取之宮の祭神は経津主大神。 鉾香取神社の境内地は,3基の円墳で構成される鉾ノ宮古墳群の所在地となっている。1号墳は,本殿の背後地(北側)付近,2号墳は1号墳の西にある小さな築山付近,3号墳の所在地は参道の東側にある隣地駐車場付近と思われる。 境内地…
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ひたちなか市高場:鉾香取神社と鉾ノ宮古墳群(その1)

過日,鉾香取神社(茨城県ひたちなか市高場)を参拝した。鉾之宮の祭神は天照皇大神・香取之宮の祭神は経津主大神。 由緒書によれば,鉾之宮は,大同4年(807年)に創建の神社。天照皇大神は,村松大神宮(茨城県那珂郡東海村村松)に鎮斎されていたものを「一之鉾」と共に奉遷し,経津主大神は,香取神宮から迎祀したもので,元禄11年(1698年)に徳…
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ひたちなか市田彦:吉田神社と田彦古墳群(その2)

過日,吉田神社(茨城県ひたちなか市田彦)を参拝した。祭神は,日本武尊。 吉田神社の基壇部は,田彦古墳群の1号墳(直径25m・高さ1.5mの円墳)とされている。 田彦古墳群は,ひたちなか市の田彦地区にあり,10基の円墳によって構成される古墳群とされている。田彦古墳群に関しては,茨城県勝田市教育委員会編『勝田市埋蔵文化財分布調査報告書(…
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ひたちなか市田彦:吉田神社と田彦古墳群(その1)

過日,吉田神社(茨城県ひたちなか市田彦)を参拝した。祭神は,日本武尊。 吉田神社は,福島県の棚倉に通じる古い街道沿いにある。 由緒書によると,吉田神社は,最初は熊野権現の祠を祀る神社だったけれども,徳川光圀によって七面明神に改められ,更に,安政3年に吉田神社に改められたとのこと。 私が訪問した時には,社殿背後地にある樹木の剪定作業…
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ひたちなか市佐和:孫目古墳群

過日,孫目古墳群(茨城県ひたちなか市佐和)の残存古墳を見学した。 孫目古墳群は,3基の円墳(直径15m~20m)で構成される古墳群だったが,笠松運動公園の南100mほどのところにある交差点付近にあった2基の古墳は既に削平されて消滅し,笠松運動公園第5駐車場の南辺にある緑地部分(南に向かって少し膨れており,緑地外側の道路が緩く湾曲してい…
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桜川市真壁町伊佐々:吾妻塚古墳

過日,鹿島香取神社を参拝した後,吾妻塚古墳(茨城県桜川市真壁町伊佐々)を見学した。 吾妻塚古墳は,吾妻山古墳とも呼ばれ,直径約20mの円墳とされている。墳頂には浅間大神の石祠が祀られている。 吾妻塚古墳は,桜川市立桃山学園の敷地のすぐ西にあり,地形としては台地の縁のような場所となっている。墳丘下の台地縁付近が大きく掘削されているため…
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桜川市真壁町伊佐々:鹿島香取神社

過日,鹿島香取神社(茨城県桜川市真壁町伊佐々)を参拝した。 社殿は,蔽殿の中にある,あまり大きなものではないけれども,なかなか立派なものだった。 境内地には多数の石造物がある。特に,社殿の左手(北西側)に並んでいる大きな板碑のようなものは,古墳由来のものかもしれず,非常に興味深かった。 神社の由緒等の詳細は不詳。境内の石造物の大部…
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桜川市真壁町:田村神社

過日,田村神社(茨城県桜川市真壁町田)を参拝した。祭神は,素盞嗚命。 田村神社の境内にはケヤキの巨木があり,桜川市の指定有形文化財となっている。 由緒等は不明だが,社号の「田村」は,鎮座地の地名が「田」であり,田村神社が村社とされていたので,「田村」なのではないかと思われる。坂上田村麻呂との関係はないかもしれない。 田村神社は,元…
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桜川市真壁町上小幡:鹿島神社

過日,弁天様古墳などを見学した後,鹿島神社(茨城県桜川市真壁町上小幡)を参拝した。 鹿島神社の境内地は山の斜面の尾根状部分にあり,階段状に造成してあるので,何となく鎌倉時代~室町時代頃の館のような雰囲気をもっている。ただし,鹿島神社の境内地は,現在のところ遺跡包蔵地とはなっていない。 幾つかの石碑は倒れたままになっていた。元はかなり…
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桜川市真壁町上小幡:弁天様古墳など

過日,弁天様古墳(茨城県桜川市真壁町上小幡)を見学した。 弁天様古墳は,畑の中に石室だけが残存している古墳で,墳丘の規模や形状はわからない。石室材で囲まれた部屋のような空間の中に弁天様と思われる石祠が祀ってあった。その前で合掌した。 弁天様古墳の近くにクルマを停めることが可能な場所があるかどうかがわからなかったので,花の入公園(…
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ひたちなか市稲田:東聖寺

過日,真言宗豊山派・浄妙山徳定院東聖寺(茨城県ひたちなか市稲田)を参拝した。本尊は,大日如来。 東聖寺は,文安2年(1445年)に創始された古い寺院なのだが,兵火で焼かれることが度々あり,幕末の廃仏毀釈の折には堂宇が悉く破壊されたけれども,明治24年に本堂が建立され,その後,本堂が古くなったため,昭和48年に再建され,今日に至っている…
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ひたちなか市高野・稲田:二ツ森古墳群(その2)

過日,二ツ森古墳群を見学した。 二ツ森古墳群は,勝田稲田郵便局(茨城県ひたちなか市稲田)の北東に位置する2基の円墳で構成されている。現在の行政区画としては,高野地区と稲田地区にまたがっている。そのことは,古代においては,現代におけるような行政上または社会生活上の区分が存在しなかったことを示している。 二ツ森古墳群の2号墳は,二ツ…
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ひたちなか市高野・稲田:二ツ森古墳群(その1)

過日,二ツ森古墳群を見学した。 二ツ森古墳群は,勝田稲田郵便局(茨城県ひたちなか市稲田)の北東に位置する2基の円墳で構成されている。現在の行政区画としては,高野地区と稲田地区にまたがっている。そのことは,古代においては,現代におけるような行政上または社会生活上の区分が存在しなかったことを示している。 二ツ森古墳群の1号墳(茨城県…
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ひたちなか市稲田:道祖神社

過日,道祖神社(茨城県ひたちなか市稲田)を参拝した。祭神は,猿田彦命と天鈿女命。 地元では,「ドウロク神様」とも呼ばれているようだ。どうろく神塚古墳(茨城県東茨城郡茨城町上飯沼)の「どうろく神」も同じ神なのだろうか? 基本的に鳥居と社殿しかない簡素な神社なのだが,由緒書を読んでから,しばし考えた。 鳥居と社殿 …
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ひたちなか市稲田:老の塚古墳群(その3)

過日,老の塚古墳群(茨城県ひたちなか市稲田)を見学した。 老の塚古墳群に関しては,茨城県教育委員会編『重要遺跡調査報告書Ⅲ』(昭和61年3月)の18頁,茨城県勝田市教育委員会編『勝田市埋蔵文化財分布調査報告書-昭和56年度版-』(1982年3月)の42頁及び57頁に解説がある。実地踏査した結果,『重要遺跡調査報告書Ⅲ』の18頁にある分…
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ひたちなか市稲田:老の塚古墳群(その2)

過日,老の塚古墳群(茨城県ひたちなか市稲田)を見学した。 老の塚古墳群に関しては,茨城県教育委員会編『重要遺跡調査報告書Ⅲ』(昭和61年3月)の18頁,茨城県勝田市教育委員会編『勝田市埋蔵文化財分布調査報告書-昭和56年度版-』(1982年3月)の42頁及び57頁に解説がある。実地踏査した結果,『重要遺跡調査報告書Ⅲ』の18頁にある分…
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ひたちなか市稲田:老の塚古墳群(その1)

過日,老の塚古墳群(茨城県ひたちなか市稲田)を見学した。 老の塚古墳群に関しては,茨城県教育委員会編『重要遺跡調査報告書Ⅲ』(昭和61年3月)の18頁,茨城県勝田市教育委員会編『勝田市埋蔵文化財分布調査報告書-昭和56年度版-』(1982年3月)の42頁及び57頁に解説がある。実地踏査した結果,『重要遺跡調査報告書Ⅲ』の18頁にある分…
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エナガ

散策中,水辺の叢の中で小鳥の声がした。どうやらエナガの群れのようだ。写真を撮影しようとすると移動してしまうのでなかなかうまくいかなかったけれども,どうにか1枚だけ識別可能な写真を撮ることができた。 小さく,可愛らしい鳥だ。
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日立市小木津町:横内古墳

過日,横内古墳(茨城県日立市小木津町)を見学した。 横内古墳は,株式会社茨城環境企業の敷地南辺付近にある細長い墓地区画の東端付近にある。いばらきデジタルマップでは,その墓地区画の西端付近(山林内?)にも1基の円墳があるように表示されているけれども,実際に見学可能なのは,墓地区画の東端付近にある1基だけ。その古墳を見学した。墳丘は,目測…
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日立市十王町:法鷲院

過日,真言宗豊山派・妙徳山法鷲院(茨城県日立市十王町友部)を参拝した。本尊は,大日如来。 法鷲院は,大同2年(807年)に創建された古刹であり,奥州談林・準別格本山とのこと。 法鷲院の境内には厄除大師堂がある。その前で合掌した。また,法鷲院の境内には立派な五重塔がある。近くから観ると全体の様子がよくわからないので,五重塔の南西側にあ…
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北茨城市中郷町:矢指塚古墳群(その2)

過日,矢指塚古墳群(茨城県北茨城市中郷町小野矢指)を見学した。 茨城県教育委員会編『重要遺跡調査報告書Ⅰ』(昭和57年3月)の83頁には8基ほどの古墳の配置図がある。現況において墳丘のように見えるものが元の墳丘と同じものかどうかはわからないのだけれども,現況のままに見学することにした。 矢指古墳群は,セブンイレブン北茨城中郷店の…
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北茨城市中郷町:矢指塚古墳群(その1)

過日,矢指塚古墳群(茨城県北茨城市中郷町小野矢指)を見学した。 北茨城市史編さん委員会編『北茨城市史 上巻』(昭和63年)の155頁には「かつては前方後円墳3基,円墳8基からなる古墳群であったが,宅地造成などによってそのほとんどが削平され,現状が保存されているものはほとんどみられない。この古墳群は海岸線の砂地に構築された古墳群であり,…
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北茨城市磯原町:二ツ島古墳

過日,二ツ島古墳(茨城県北茨城市磯原町磯原)を見学した。 野口雨情の生家の裏手にある踏切を渡り,JR常磐線の線路に沿って北の方に向かって歩いた。 この踏切付近からは,権現塚古墳の所在地となっている山が見える。この線路の西側には様々な遺跡が連続している。青ノ平A遺跡と呼ばれる縄文時代~弥生時代~奈良・平安時代~近世の複合遺跡の遺跡包蔵…
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北茨城市磯原町:弟橘媛神社

過日,弟橘媛神社(茨城県北茨城市磯原町磯原)を参拝した。 由緒書等によれば,弟橘媛神社の鎮座地は,天妃山という山なのだが,元は朝日指峯と呼ばれる山で,薬師如来を祀られていた。古い時代には陸地から離れた島だったと考えられる。徳川光圀は,この薬師如来を松山寺に移した上で,唐の高僧心越禅師が奉携して来た天妃神(媽祖)をこの山に祀り,磯原大津…
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北茨城市磯原町:長福寺と台畑古墳群(その3)

過日,真言宗豊山派・大塚山清浄院長福寺(茨城県北茨城市磯原町大塚)を参拝した。本尊は,延命地蔵尊。 長福寺を参拝した後,長福寺の境内及びその近隣にある台畑古墳群を見学した。 北茨城市史編さん委員会編『北茨城市史 上巻』(昭和63年)の153頁には,「台畑古墳群は台畑遺跡と複合し,長福寺裏の台地上に点在している。現在,禾塚,八幡塚…
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北茨城市磯原町:長福寺と台畑古墳群(その2)

過日,真言宗豊山派・大塚山清浄院長福寺(茨城県北茨城市磯原町大塚)を参拝した。本尊は,延命地蔵尊。 長福寺を参拝した後,長福寺の境内及びその近隣にある台畑古墳群を見学した。 北茨城市史編さん委員会編『北茨城市史 上巻』(昭和63年)の153頁には,「台畑古墳群は台畑遺跡と複合し,長福寺裏の台地上に点在している。現在,禾塚,八幡塚…
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北茨城市磯原町:長福寺と台畑古墳群(その1)

過日,真言宗豊山派・大塚山清浄院長福寺(茨城県北茨城市磯原町大塚)を参拝した。本尊は,延命地蔵尊。 長福寺は,常陸三十三観音霊場第二十番札所となっている。 長福寺は,文安元年(1444年)に浄円によって創建された寺院。竜子城主・大塚掃部助の菩提寺だったけれども,その後衰退し,天文16年(1547年)に海隆和尚によって中興されたとのこ…
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高萩市赤浜:赤浜古墳群

過日,赤浜古墳群の所在地(茨城県高萩市赤浜)の一部を見学した。 赤浜古墳群は,元は非常に大規模な古墳群であり,高萩市史編纂専門委員会編『高萩市史 上』(昭和44年)の75頁には「前方後円墳3基と円墳11基が存在するが,大正3年のころはこの台地上に数十の古墳があったのである」と書かれている。 ここに書かれている3基の前方後円墳中の中に…
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北茨城市中郷町:糠塚古墳群

過日,糠塚古墳群(茨城県北茨城市中郷町)を見学した。 糠塚古墳群は,汐見ヶ丘という団地の南西側にある古墳公園内に位置し,直径20mほどの円墳2基が保存されている。北茨城市史編さん委員会編『北茨城市史 上巻』(昭和63年)の154頁によれば,「昭和50年5月,中郷ニュータウン建設にともなって1号墳の試掘調査が実施され」,「南側トレンチの…
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北茨木市中郷町:素鵞神社と天王塚古墳群

過日,天王塚古墳群(茨城県北茨城市中郷町)を見学した。 天王塚古墳群は,北茨城自動車学校の西側を南北に走るJR常磐線の西側に分布しており,1基の前方後円墳と3基の円墳で構成される古墳群とされている。 現存するのは2基の円墳だけで,2基の円墳の間にあった別の円墳は削平されて宅地化している。 前方後円墳に関しては,JR常磐線の敷設工事…
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稲敷市信太古渡:稲荷神社と楯の台古墳群

過日,稲荷神社(茨城県稲敷市信太古渡)を参拝し,その背後地の山の上にある楯の台古墳群の残存古墳を見学した。この古墳群の所在地の東側は,城館跡とされている。 稲荷神社の額には「稲荷大明神」と記されている。 稲荷神社の鳥居は,台地の南端を稲敷市信太古渡方面から同市桜方面に抜ける道の峠のようになった場所にある。鳥居から石段を登ると社殿があ…
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潮来市釜谷:田ノ森古墳群(その4)

過日,田ノ森古墳群(茨城県潮来市釜谷)を見学した。 潮来市立大生原小学校(茨城県潮来市水原)所在地付近から北西に伸びる半島状の台地上に分布する5基の前方後円墳と18基の円墳の合計23基で構成されれる古墳群とされており,その分布図は,茨城県教育委員会編『重要遺跡調査報告書Ⅰ』(昭和57年3月)の145頁にある。アクセス可能な範囲内で実見…
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潮来市釜谷:田ノ森古墳群(その3)

過日,田ノ森古墳群(茨城県潮来市釜谷)を見学した。 潮来市立大生原小学校(茨城県潮来市水原)所在地付近から北西に伸びる半島状の台地上に分布する5基の前方後円墳と18基の円墳の合計23基で構成されれる古墳群とされており,その分布図は,茨城県教育委員会編『重要遺跡調査報告書Ⅰ』(昭和57年3月)の145頁にある。アクセス可能な範囲内で実見…
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潮来市釜谷:田ノ森古墳群(その2)

過日,田ノ森古墳群(茨城県潮来市釜谷)を見学した。 潮来市立大生原小学校(茨城県潮来市水原)所在地付近から北西に伸びる半島状の台地上に分布する5基の前方後円墳と18基の円墳の合計23基で構成されれる古墳群とされており,その分布図は,茨城県教育委員会編『重要遺跡調査報告書Ⅰ』(昭和57年3月)の145頁にある。アクセス可能な範囲内で実見…
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潮来市釜谷:田ノ森古墳群(その1)

過日,田ノ森古墳群(茨城県潮来市釜谷)を見学した。 潮来市立大生原小学校(茨城県潮来市水原)所在地付近から北西に伸びる半島状の台地上に分布する5基の前方後円墳と18基の円墳の合計23基で構成されれる古墳群とされており,その分布図は,茨城県教育委員会編『重要遺跡調査報告書Ⅰ』(昭和57年3月)の145頁にある。アクセス可能な範囲内で実見…
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潮来市釜谷~大生:大生古墳群(大生東部古墳群)(その4)

過日,大生古墳群の中の大生東部古墳群(茨城県潮来市釜谷~大生)を見学した。 大生東部古墳群の所在地は,潮来市の釜谷地区と大生地区にまたがっており,44号墳~67号墳(稲荷塚古墳)は大生地区内にあり,68号墳~105号墳は釜谷地区内にある。 なお,このブログ記事では,便宜上,釜谷古墳群の古墳(87号墳など)を大生東部古墳群の古墳と別の…
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潮来市釜谷~大生:大生古墳群(大生東部古墳群)(その3)

過日,大生古墳群の中の大生東部古墳群(茨城県潮来市釜谷~大生)を見学した。 大生東部古墳群の所在地は,潮来市の釜谷地区と大生地区にまたがっており,44号墳~67号墳(稲荷塚古墳)は大生地区内にあり,68号墳~105号墳は釜谷地区内にある。 なお,このブログ記事では,便宜上,釜谷古墳群の古墳(87号墳など)を大生東部古墳群の古墳と別の…
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潮来市釜谷~大生:大生古墳群(大生東部古墳群)(その2)

過日,大生古墳群の中の大生東部古墳群(茨城県潮来市釜谷~大生)を見学した。 大生東部古墳群の所在地は,潮来市の釜谷地区と大生地区にまたがっており,44号墳~67号墳(稲荷塚古墳)は大生地区内にあり,68号墳~105号墳は釜谷地区内にある。 なお,このブログ記事では,便宜上,釜谷古墳群の古墳(87号墳など)を大生東部古墳群の古墳と別の…
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潮来市釜谷~大生:大生古墳群(大生東部古墳群)(その1)

過日,甕森神社を見学した後,大生古墳群の中の大生東部古墳群(茨城県潮来市釜谷~大生)を見学した。 大生東部古墳群の所在地は,潮来市の釜谷地区と大生地区にまたがっており,44号墳~67号墳(稲荷塚古墳)は大生地区内にあり,68号墳~105号墳は釜谷地区内にある。 既に湮滅していると思われる古墳(44号墳,48号墳,60号墳~65号墳,…
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潮来市釜谷:甕森神社

過日,甕森神社(茨城県潮来市釜谷)を参拝した。祭神は,建波槌大神。 「甕森」は,「みかもり」と読む。 甕森神社の境内には複数の境内社や石造物等がある。 由緒書によれば,甕森神社の鎮座地は,朝廷による東国攻略のために軍を露営させた場所とのこと。ヤマトタケルゆかりの地ということになる。 地政学的な観点からすると,朝廷の命により常陸國…
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潮来市茂木:稲荷塚古墳

過日,古墳(茨城県潮来市茂木)を見学した。 この古墳は,セブンイレブン潮来茂木店の北にあり,同店の駐車場から見える。以前も目にしたことがあり,気になっていたのだが,調べてみたところ,稲荷塚古墳と呼ばれる古墳だということがわかったので,近くまで歩いていって見学することにした。 道路等によって削られているため,現在の墳形は若干崩れている…
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行方市青沼:春日神社と古墳

過日,春日神社(茨城県行方市青沼)を参拝した。祭神は,武甕槌命・経津主命・天児根命・姫大神命。 立派なつくりの社殿だと思った。境内の神木(杉)は,行方市の有形文化財に指定されている。 春日神社では,毎年11月23日,どぶろく祭りという行事(行方市の無形民俗文化財)が行われる。新型コロナの影響により,2020年は開催中止となったようだ…
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潮来市大賀:浅間神社と古墳(その3)

過日,浅間神社(茨城県潮来市大賀)を参拝した。祭神は,木花之佐久夜毘売。 浅間神社のある山とその南西側にある尾根状の細長い台地は,浅間塚古墳群と呼ばれる古墳群の遺跡包蔵地となっている。浅間塚は,その中に含まれる古墳の1つということになるのだろう。他の古墳の詳細は不明なので,古墳に該当しそうな地形がある場所を全て見て回った。 …
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潮来市大賀:浅間神社と古墳(その2)

過日,浅間神社(茨城県潮来市大賀)を参拝した。祭神は,木花之佐久夜毘売。 浅間神社のある山とその南西側にある尾根状の細長い台地は,浅間塚古墳群と呼ばれる古墳群の遺跡包蔵地となっている。浅間塚は,その中に含まれる古墳の1つということになるのだろう。他の古墳の詳細は不明なので,古墳に該当しそうな地形がある場所を全て見て回った。山腹にあ…
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潮来市大賀:浅間神社と古墳(その1)

過日,文殊院を参拝した後,徒歩で移動し,浅間神社(茨城県潮来市大賀)を参拝した。祭神は,木花之佐久夜毘売。 自然の山の頂上付近に浅間神社の社殿があり,北側の参道石段を直登することになるが,途中から女坂のような道があり,その途中に富士稲荷神社がある。この富士稲荷神社も参拝した。 浅間神社の社殿基壇部は,浅間塚と呼ばれ,古墳とする考…
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潮来市大賀:文殊院とその周辺

過日,大生古墳群(大生西部古墳群)の白幡八幡塚古墳(34号墳)等を見学した後,別の遺跡を見学すべく,そのまま茨城県道187号線(矢幡潮来線)を徒歩で北上した。 大生古墳群(大生西部古墳群)の分布域北端のすぐ北側に天台宗・大生山神宮寺文殊院(茨城県潮来市大賀)がある。 文殊院は,大生神社の神宮寺だった寺院とのこと。現在,阿弥陀堂,…
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潮来市:大生古墳群(大生西部古墳群)再訪(その5)

過日,大生古墳群(大生西部古墳群)を再訪した。 大生4号墳の東側を南北に走る茨城県道187号線(矢幡潮来線)を少し北上すると,路傍に石棺材のような石材が置かれている場所がある。箱式石棺の一部と思われる。石材の中央付近に何か文字が刻んでいるようなのだが判読できなかった。後代に供養塔として二次利用したものではないかと思われる。 この…
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潮来市:大生古墳群(大生西部古墳群)再訪(その4)

過日,大生古墳群(大生西部古墳群)を再訪した。 大生古墳群の4号墳は,天神塚古墳とも呼ばれ,大生20号墳の北西に位置し,全長63m,後円部直径40m後円部高さ6mで前方部を北西の方に向けた前方後円墳とされている。墳丘上の樹木が伐採されているので,墳形を理解しやすい。 大生4号墳の西側には4号墳に隣接して大生5号墳がある。 …
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潮来市:大生古墳群(大生西部古墳群)再訪(その3)

過日,大生古墳群(大生西部古墳群)を再訪した。 1号墳(子子舞塚古墳)の北東には2号墳がある。 2号墳は,鹿見塚古墳とも呼ばれ,全長約58m・後円部直径約34m・後円部高さ約6m・前方部巾約32mの前方後円墳とされている。後円部の墳頂付近が尖った三段目を構成しているような特殊な形状をしており,宮中野古墳群の夫婦塚古墳の後円部との…
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潮来市:大生古墳群(大生西部古墳群)再訪(その2)

過日,大生古墳群(大生西部古墳群)を再訪した。 大生古墳群の1号墳は,子子舞塚古墳とも呼ばれ,現在では,「古墳子子舞塚跡」と記された石碑が立てられているだけで,既に湮滅していると思っていたのだが,1号墳の前方部が残存しているというブログ記事が幾つかある。 これまで訪問したときは草が生えている季節だったので見つけられなかった。今回…
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潮来市:大生古墳群(大生西部古墳群)再訪(その1)

大生古墳群は,現在では,大生西部古墳群と大生東部古墳群に分けて理解する見解が普通のようなのだが,通常,大生古墳群というと大生西部古墳群のことを指す。 大生古墳群(大生西部古墳群)は何度か訪問したことがある。しかし,いずれも草の生えている時期だったので,よくわからない古墳が幾つかあった。 そこで,過日,薄曇りで撮影条件の良い日ではなか…
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茨城県稲敷郡阿見町吉原:アミラ薬師山公園とその周辺

過日,アミラ薬師山公園(茨城県稲敷郡阿見町吉原)とその周辺の遺跡包蔵地等を見学した。 アミラ薬師山公園は,あみプレミアム・アウトレットのP8駐車場の道路をはさんだ東側に位置する児童公園のような施設なのだが,その敷地及び北側の山林部分等は,中山台塚と呼ばれる近世の塚2基で構成される遺跡包蔵置となっている。現在,明確な塚は存在しないが…
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牛久市:稲荷塚古墳群再訪(その2)

過日,稲荷塚古墳群(茨城県牛久市井ノ岡町)を再訪した。 この古墳群の所在地付近は,ときどき通過するのだが,古墳の上に生えていた樹木の一部が伐採されて綺麗になっていることに気づき,再訪することにした。 見学している途中から小雨がぱらつくような日だったけれども,どうにか無事に見学することができた。 1号墳の南には4号墳がある。 …
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牛久市:稲荷塚古墳群再訪(その1)

過日,稲荷塚古墳群(茨城県牛久市井ノ岡町)を再訪した。 この古墳群の所在地付近は,ときどき通過するのだが,古墳の上に生えていた樹木の一部が伐採されて綺麗になっていることに気づき,再訪することにした。 ただ,稲荷塚古墳群を構成する古墳の構成については,過去の調査結果と比較的最近の調査結果とに齟齬があり,よくわからない部分がある。現時点…
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鹿嶋市爪木:爪木古墳群

過日,爪木古墳群(茨城県鹿嶋市爪木)を見学した。 爪木古墳群は,宮中野古墳群のお伊勢山古墳(23号墳)所在地の西側直下の段丘崖裾付近に分布しており,茨城県鹿島町教育委員会編『鹿島湖岸北部条里遺跡Ⅴ-宮中条里遺跡爪木Ⅱ地区-』(1984年)の13~24頁にその詳細な発掘調査結果がまとめられている。 『鹿島湖岸北部条里遺跡Ⅴ-宮中条里遺…
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鹿嶋市奈良毛:蓮光寺

過日,真言宗豊山派・蓮光寺(茨城県鹿嶋市奈良毛)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。 蓮光寺は,「奈良毛の仁王様」とも呼ばれているようで,その開山は不詳ながら,運慶作と伝えられている金剛力士像(仁王尊)があるとのことで,蓮光寺の入口には「子育仁王尊 運慶作」と刻まれた石柱がある。 蓮光寺の現在の堂宇は,昭和46年に建替えられたものとのこ…
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鹿嶋市中:前野古墳群

過日,前野古墳群(茨城県鹿嶋市中)を見学した。 前野古墳群は,奈良毛古墳群の比較的近く(北東約500~600m)にあり,3基の古墳で構成されている。3号墳は,宅地化されて消滅しているとのこと。 1号墳及び2号墳は,社会福祉法人みのり会中台育心園付近から北の方に伸びる道路の西側(山林内)に現存しており,北にあるものが1号墳,南(山林南…
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鹿嶋市中:奈良毛古墳群

過日,奈良毛古墳群(茨城県鹿嶋市中)を見学した。 奈良毛古墳群という呼称になっているけれども,その所在地の現在の地名は鹿嶋市中になっている。 茨城県教育委員会編『重要遺跡調査報告書Ⅰ』(昭和57年3月)の123頁によれば,奈良毛古墳群は,元は1基の前方後円墳と14基の円墳で構成される古墳群とされていたようだ。 これに対し,佐々…
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高萩市下手綱:松岡城と丹生神社

過日,竜子山城とも呼ばれる松岡城(茨城県高萩市下手綱)を見学し,その城跡内にある丹生神社を参拝した。 松岡城跡は,竜子山のほぼ全域に及ぶかなり大きな城跡のようなのだが,現時点において容易に散策可能な場所は限られている。史跡公園として整備されている場所を中心に,丹生神社周辺及びその上の方にある御殿跡とされる場所などを見学した。 松岡城…
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北茨城市:歴史民俗資料館・野口雨情記念館

過日,北茨城市歴史民俗資料館・野口雨情記念館(茨城県北茨城市磯原町)を見学した。 この施設は,北茨城市の歴史民俗資料館と野口雨情記念館が一体となっている施設であり,現在でも歌われている童謡の作詞家野口雨情(北茨城市磯原町出身)の関連資料を収集・保存・展示しているほか,北茨城市周辺で発掘された化石や考古学上の出土品や民俗学上の文化財等を…
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北茨城市:長浜海岸

過日,長浜海岸(茨城県北茨城市平潟町)を訪問し,しばし,のんびりとした時間を過ごした。 海岸には駐車場があり,クルマを停め,安全な範囲内で海岸を散策。とても良い海岸だった。 沖には漁船が航行しているのが見えた。 なお,長浜海岸の北側にある山付近には長浜横穴群と呼ばれる横穴墓群がある。一応,公道から見える範囲内で観てみたのだが,よく…
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北茨城市関本町:大塚神社と古墳

過日,大塚神社(茨城県北茨城市関本町)を参拝した。祭神は,倉稻魂命。 大塚神社の由緒書には,「この境内地は古より大塚とよび前方後円墳にして・・・」と記されている。確かに,神社南側の参道から見ると,非常に大きな前方後円墳に見える。 前方後円墳と仮定した上で,神社の鳥居は後円部の前にあり,石段を登ると,後円部に相当する墳頂の一部(東側)…
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牛久市柏田町:長泉寺

過日,天台宗・西光山長泉寺(茨城県牛久市柏田町)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。 長泉寺は,元禄5年(1692年)尊忍中興開山の寺院で,柏田神社の別当寺。中興以降の歴史しかわからないけれども,柏田神社と同じくらい古い時代に創建された寺院なのだろうと思う。 昭和45年に火災により堂宇を焼失したが,昭和54年に本堂と庫裏を再建し,今日に…
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牛久市岡見町:八坂神社

過日,八坂神社(茨城県牛久市岡見町)を参拝した。祭神は,建速須佐男命。 八坂神社は,寛正3年(1462年)に創建された神社。応神天皇(誉田別命)と神宮皇后を祭神とする八幡神社が合祀されており,また,大国主神を祭神とする剣神社を境内末社としていることから,鳥居脇の標石には三社の名前が刻まれている。 八坂神社の社殿は,平成2年(1990…
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鹿嶋市宮中:根本寺

過日,臨済宗妙心寺派・瑞甕山根本寺(茨城県鹿嶋市宮中)を参拝した。本尊は薬師如来。 瑞甕山根本寺昭和本堂建立詩等によれば,根本寺は,推古天皇21年(613年)に聖徳太子の勅により創建されたとされる寺院。元は三論宗の寺院であり,法相宗,天台宗と改めた後, 康永年間に臨済宗に改めて今日に至っている。天狗党の乱の際に兵火によって堂宇の全てを…
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鹿嶋市宮中:鎌足神社

過日,鎌足神社(茨城県鹿嶋市宮中)を参拝した。祭神は,藤原鎌足・菅原道真・宇賀御魂命。 鎌足神社の境内地は,藤原鎌足(中臣鎌足)の出生地とされている。 鎌足神社の境内地は,全体として,鹿嶋市指定文化財となっている。 『大鏡』には,藤原鎌足(中臣鎌足)の出生地を「常陸國」とする記述がある。 他方,『藤氏家伝』には「内太臣謹鎌足…
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行方市:西蓮寺

過日,天台宗・尸羅度山曼珠院西蓮寺(茨城県行方市西蓮寺)を参拝した。本尊は,薬師如来。 延暦元年(782年)に最澄の弟子・最仙上人により創建された寺院。鎌倉時代には七堂伽藍を構える大寺院だったようだ。明治時代に火災により仁王門と相輪橖以外の堂宇を焼失したとのことなので,これら以外の堂宇は明治時代以降に再建されたものということになる。 …
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行方市麻生:大麻神社

過日,大麻神社(茨城県行方市麻生)を参拝した。主祭神は,武甕槌命・経津主命。他に手力男命・大宮姫命・倉稲魂命・市杵島姫命・水速女命の5柱の神を祀っているとのこと。 大麻神社の「大麻」は「おおあさ」と読む。一般的には,「大麻」は,「おおぬさ」または「たいま」とも呼ばれ,神道において使用される。 大麻神社は,大同元年(806年)に創…
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潮来市堀之内:二本松寺

過日,天台宗・羽黒山覚城院二本松寺(茨城県潮来市堀之内)を参拝した。本尊は,薬師如来。 縁起書によれば,日本松寺は,天長年間に慈覚大師円仁によって創建されたが,建久2年(1191年)に島崎氏初代・島崎左衛門尉高幹が島崎城の鬼門除けとするために現在の場所に移転し,今日に至っているとのこと。 日本松寺の参道手前には寛文3年(1663年)…
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潮来市上戸:長国寺

過日,曹洞宗・大興山長国寺(茨城県潮来市上戸)を参拝した。本尊は,聖観音菩薩。 長国寺は,島崎城主第13代・島崎左衛門尉長国が島崎氏の菩提寺として創建した寺院。文明2年(1470年)に開基,永正年間に現在の場所に移ったらしい。現在の本堂は,安政2年(1855年)に再建されたもの。 とても立派な寺院であり,長い参道の脇には古い供養塔等…
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潮来市島須:島崎城跡(その3)

過日,島崎城跡(茨城県潮来市島須)を見学した。 Ⅰ曲輪に鎮座する御札神社を参拝した後,馬出曲輪,東Ⅱ曲輪,帯曲輪,物見台と東Ⅱ曲輪の間にある空堀,Ⅲ曲輪,坊主屋敷,水の手曲輪,西Ⅱ曲輪などを順に見学した。帯曲輪では,内野遺跡と呼ばれる古墳時代の遺跡包蔵地内にある横穴墓の一部を見学した。 それぞれの場所には地元のボランティアの方々…
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潮来市島須:島崎城跡(その2)

過日,島崎城跡(茨城県潮来市島須)を見学した。 Ⅰ曲輪に鎮座する御札神社を参拝した後,馬出曲輪,東Ⅱ曲輪,帯曲輪,物見台と東Ⅱ曲輪の間にある空堀,Ⅲ曲輪,坊主屋敷,水の手曲輪,西Ⅱ曲輪などを順に見学した。帯曲輪では,内野遺跡と呼ばれる古墳時代の遺跡包蔵地内にある横穴墓の一部を見学した。 それぞれの場所には地元のボランティアの方々…
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潮来市島須:島崎城跡(その1)

過日,島崎城跡(茨城県潮来市島須)を見学した。 島崎氏は,常陸大掾氏の一族・行方宗幹(景幹)の次子高幹が島崎氏を名乗ってこの地を居城としたことに始まり,その後,周辺地域で最も優勢な武将一族となっていたけれども,佐竹氏の謀略により滅亡した。島崎城跡は,島崎氏が本拠地とした大規模な山城の跡で,そのほぼ全体が整備され,史跡公園として公開され…
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潮来市:稲荷山古墳群再訪

過日,稲荷山古墳群(茨城県潮来市潮来)を再訪した。 潮来市営駐車場にクルマを停め,長勝寺に参拝した上で,同寺の背後地にある道を登って古墳群所在地に向かった。 以前訪問した時には,草の生えている時期だったので,稲荷山古墳群の4号墳の所在地付近が草で埋もれ,よくわからなかった。冬であればどうにか見えるかもしれないと思って再訪してみたのだ…
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鹿嶋市:神野向遺跡(国史跡鹿島神宮境内附郡家跡)

過日,神野向遺跡(茨城県鹿嶋市宮中)を見学した。この遺跡は,国史跡鹿島神宮境内附郡家跡として指定されている。 神野向遺跡は,鹿島郡衙の遺跡と理解されており,長い年月をかけて発掘調査が続けられている。元は周辺地域のほぼ全部が畑地と山林だったと思われるけれども,現在では宅地化が進んでおり,その地下には(郡衙だけではなく,古墳群等を含め)確…
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鹿嶋市:鹿島城跡

過日,鹿島城跡(茨城県鹿嶋市城山)を見学した。 鹿島城は,平国香の子孫・鹿島政幹が居城とした城。近隣の水上交通の要所であり,軍事的・政治的に非常に重要な地理的場所だと言えるので,鹿島氏が居城とする前から何からの砦や館などの政治・経済上の拠点があった場所なのではないかと想像される。 ただし,現況は,現代の公園として整備され過ぎており,…
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鹿嶋市沼尾:金砂神社

過日,塚原古墳群の概況を把握するためにその所在地を見学した後,無事に見学を終えたことへの御礼の趣旨も含め,金砂神社(茨城県鹿嶋市沼尾)を参拝した。祭神は,大己貴命・天太玉命・經津主命。 説明板によると,佐竹氏が当地に侵攻した際に移り住んだ人々が創建した神社と推測されているとのこと。 青面金剛明王と十六夜供養塔のある場所から道なり…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群(その4)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を見学した。 塚原古墳群を構成する古墳は,鹿島ハイツスポーツプラザ(茨城県鹿嶋市田野辺)の西~南西に広く分布しており,その総数は69基とされているけれども,未発見のものを含めると,実際にはもっと多数存在するのではないかと思う。ただし,墳丘を顕著に視認可能で,かつ,アクセス可能な古墳の数は限られている…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群(その3)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を見学した。 塚原古墳群を構成する古墳は,鹿島ハイツスポーツプラザ(茨城県鹿嶋市田野辺)の西~南西に広く分布しており,その総数は69基とされているけれども,未発見のものを含めると,実際にはもっと多数存在するのではないかと思う。ただし,墳丘を顕著に視認可能で,かつ,アクセス可能な古墳の数は限られている…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群(その2)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を見学した。 塚原古墳群を構成する古墳は,鹿島ハイツスポーツプラザ(茨城県鹿嶋市田野辺)の西~南西に広く分布しており,その総数は69基とされているけれども,未発見のものを含めると,実際にはもっと多数存在するのではないかと思う。ただし,墳丘を顕著に視認可能で,かつ,アクセス可能な古墳の数は限られている…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群(その1)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を見学した。 塚原古墳群を構成する古墳は,鹿島ハイツスポーツプラザ(茨城県鹿嶋市田野辺)の西~南西に広く分布しており,その総数は69基とされているけれども,未発見のものを含めると,実際にはもっと多数存在するのではないかと思う。ただし,墳丘を顕著に視認可能で,かつ,アクセス可能な古墳の数は限られている…
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鹿嶋市:宮中野古墳群再訪(その10)

過日,宮中野古墳群(茨城県鹿嶋市宮中)及び関連古墳群所在地を再訪し,現状において現存しており,かつ,アクセス可能な古墳や関連遺跡等を観て回った。 宮中野古墳群全体の見学の最後に,宮中野古墳群が所在する台地の北西端周辺を広く見て回った。 エア・ウォーター株式会社和光寮の所在地の北側には東西に道路が走っている。私が訪問した時には…
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鹿嶋市:宮中野古墳群再訪(その9)

過日,宮中野古墳群(茨城県鹿嶋市宮中)及び関連古墳群所在地を再訪し,現状において現存しており,かつ,アクセス可能な古墳や関連遺跡等を観て回った。 二十三夜塚古墳(20号墳)の北西側にある方形の平坦な土地のすぐ北西側は,段丘の縁となっており,そこから土塁様に細長い地形が続いている。その土塁様の細長い地形の上には2つの小さなピークのよ…
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鹿嶋市:宮中野古墳群再訪(その8)

過日,宮中野古墳群(茨城県鹿嶋市宮中)及び関連古墳群所在地を再訪し,現状において現存しており,かつ,アクセス可能な古墳や関連遺跡等を観て回った。 天狗党の墓所在地の北にある十字路を西の方に進むと,16号墳~31号墳及び122号墳の所在地に至ることができる。これらの一群の古墳は,お伊勢台古墳群とも呼ばれている。 この道は、途中で突…
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鹿嶋市:宮中野古墳群再訪(その7)

過日,宮中野古墳群(茨城県鹿嶋市宮中)及び関連古墳群所在地を再訪し,現状において現存しており,かつ,アクセス可能な古墳や関連遺跡等を観て回った。 天狗党の墓所在地の北にある十字路を東の方に進むと,4号墳~15号墳及び123号墳の所在地に至ることができる。これらの一群の古墳は,天神林古墳群とも呼ばれている。 十字路から東進する…
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鹿嶋市:宮中野古墳群再訪(その6)

過日,宮中野古墳群(茨城県鹿嶋市宮中)及び関連古墳群所在地を再訪し,現状において現存しており,かつ,アクセス可能な古墳や関連遺跡等を観て回った。 「S7 右折千年塚へ」と書かれた矢形の同表のあるT字路のような場所から南東の方に進むと,林の中にある32号墳~35号墳所在地付近を通る。34号墳(円墳)と35号墳(円墳)が現存しているこ…
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鹿嶋市:宮中野古墳群再訪(その5)

過日,過日,宮中野古墳群(茨城県鹿嶋市宮中)及び関連古墳群所在地を再訪し,現状において現存しており,かつ,アクセス可能な古墳や関連遺跡等を観て回った。 出光鹿島神宮駅前SS ・錦織商事株式会社の少し西のあたりから南西に直進する狭い道がある。この道を南西方向に進むと,エア・ウォーター株式会社和光寮の脇を通り,道路の東側が畑となってい…
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鹿嶋市:宮中野古墳群再訪(その4)

過日,宮中野古墳群(茨城県鹿嶋市宮中)及び関連古墳群所在地を再訪し,現状において現存しており,かつ,アクセス可能な古墳や関連遺跡等を観て回った。 108号墳~111号墳の所在地付近を見学した後,大塚古墳(114号墳)の南側まで戻り,そこから時計周りで茨城県企業局鹿行水道事務所敷地の外周にある道路を歩いた。 大塚古墳(114号…
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鹿嶋市:宮中野古墳群再訪(その3)

過日,宮中野古墳群(茨城県鹿嶋市宮中)及び関連古墳群所在地を再訪し,現状において現存しており,かつ,アクセス可能な古墳や関連遺跡等を観て回った。 小町塚古墳(115号墳)の所在地付近からは,大塚古墳(114号墳)の所在地となっている森が見える。大塚古墳の主体部は南側の方にあり,そちら側に表示板とパンフレット(分布図)を入れた箱が設…
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鹿嶋市:宮中野古墳群再訪(その2)

過日,宮中野古墳群(茨城県鹿嶋市宮中)及び関連古墳群所在地を再訪し,現状において現存しており,かつ,アクセス可能な古墳や関連遺跡等を観て回った。 かつて,夫婦塚古墳(73号墳)の北側にも古墳が多数あったようだ(60号墳~68号墳など)。パンフレット(分布図)によれば,良好な状態で現存と記載のある61号墳(円墳)と65号墳(円墳)の…
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鹿嶋市:宮中野古墳群再訪(その1)

2014年に初めて宮中野古墳群(茨城県鹿嶋市宮中)を訪問し,幾つかの古墳を見学した。過日,宮中野古墳群及び関連古墳群所在地を再訪し,現状において現存しており,かつ,アクセス可能な古墳や関連遺跡等を観て回った。 宮中野古墳群を主体として同じ台地上にある古墳群の分布図(パンフレット)は,夫婦塚古墳(73号墳)前の四阿にある箱,大塚古墳…
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高萩市上手綱:穂積家住宅

過日,穂積家住宅(茨城県高萩市上手綱)を見学した。 高萩市教育委員会編『高萩市の史跡・文化財』(平成15年)の4~5頁によれば,穂積家は,文化3年(1805年)に鈴木太郎左衛門が松岡領主中山氏の郷士となり,姓を穂積・名を津太夫と改めたのが始まりとのこと。 高萩市史編纂専門委員会編『高萩市史 上』(昭和44年)の291頁によれば,出羽…
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高萩市高戸:琯沚神社と横穴墓(その2)

過日,琯沚神社(茨城県高萩市高戸)を参拝し,その境内地にある横穴墓を拝見した。琯沚神社の祭神は,天之御中主神。 「琯沚」は「かんしゃ」と読むようだ。「琯」は6つの穴をもつ古代中国の玉製楽器のことを意味するから,6基の横穴墓があったということを示すものかもしれない。ただし,元は「冠者明神」と称したようなので,装飾的に「冠者」を「琯沚」と…
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高萩市高戸:琯沚神社と横穴墓(その1)

過日,琯沚神社(茨城県高萩市高戸)を参拝し,その境内地にある横穴墓を拝見した。琯沚神社の祭神は,天之御中主神。 「琯沚」は「かんしゃ」と読むようだ。「琯」は6つの穴をもつ古代中国の玉製楽器のことを意味するから,6基の横穴墓があったということを示すものかもしれない。ただし,元は「冠者明神」と称したようなので,装飾的に「冠者」を「琯沚」と…
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高萩市:高戸小浜海岸

過日,高戸小浜海岸(茨城県高萩市高戸)を訪問した。 高戸小浜海岸は,断崖(海食崖)に囲まれた入江の景勝地。ただし,東日本大震災の影響により,海食崖の一部が崩落するなどし,以前の景観とは異なる状態となっているようだ。 海岸の沖には小島のような岩場があり,干潮時には歩いて渡れそうだ。その小島のような岩場にはトンネルがある。かつて,船便が…
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牛久市:柏田神社

過日,柏田神社(茨城県牛久市柏田)を参拝した。祭神は,武甕槌命・経津之命・天児屋根命。 由緒書等によれば,柏田神社は,大同2年(807年)に鹿島神宮の分霊を勧請して創建され,長禄4年(1460年),天候不順が続いたことから,川司孝信が天候の回復を祈願し,十一面観音・阿弥陀如来・薬師如来の銅製懸仏を祀って祈願したとのこと。 昭和62年…
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