北茨城市磯原町:二ツ島古墳

過日,二ツ島古墳(茨城県北茨城市磯原町磯原)を見学した。
野口雨情の生家の裏手にある踏切を渡り,JR常磐線の線路に沿って北の方に向かって歩いた。
この踏切付近からは,権現塚古墳の所在地となっている山が見える。この線路の西側には様々な遺跡が連続している。青ノ平A遺跡と呼ばれる縄文時代~弥生時代~奈良・平安時代~近世の複合遺跡の遺跡包蔵地,青ノ平C遺跡と呼ばれる奈良・平安時代の遺跡包蔵地があり,また,青ノ平A遺跡の西側に位置する市民体育館南側付近には大森古墳群と呼ばれる古墳群があった。この古墳群は,現在では工場敷地等となって湮滅している。
この道を歩いている間に列車が何度か通った。ちょっとだけ「撮り鉄」のような気分になった。
ジョウビタキなどの小鳥もいっぱい観ることができた。

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野口雨情生家裏側の踏切


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踏切付近から見た権現塚古墳のある山


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青ノ平A遺跡付近


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青ノ平A遺跡内にある横穴墓の痕跡?


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青ノ平C遺跡付近


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JRの貨物列車


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JRの特殊列車


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ジョウビタキ(オス)


しばらく歩くと,コンクリートで固められた小規模な法面のようなものが左手に見えてくる。この場所が二ツ島古墳の所在地。道路からは墳丘の形があまりよくわからないけれども,墳丘のすぐ北側に小規模な開墾地があり,その開墾地に入る道をちょっとだけ入ってみたら墳丘の形が明確に見えた。法面部分は少し削平されているようだ。
北茨城市史編さん委員会編『北茨城市史 上巻』(昭和63年)の156~157頁には,「磯原町二ツ島周辺は,海岸線まで台地裾部がはりだし,その台地上には5基ほどの円墳からなる二ツ島古墳群がある。かつては二ツ島古墳,新野平古墳,青ノ平古墳,大森塚古墳などと呼ばれていたものであり,いずれも径10メートルほどの円墳である。しかし,工業団地や個人住宅の造成などでほとんどが削平され,現存するのは二ツ島古墳だけである」と書かれている。ここに書かれている大森塚古墳の記載は,大森古墳群を構成していた湮滅古墳を指すと理解できる。
要するに,かつては複数の古墳によって構成されていた二ツ島古墳群の中で現存するのは,二ツ島古墳1基だけということになりそうだ。
いばらきデジタルマップ上では新野平古墳が現存しているように表示されるが,宅地となって既に湮滅している。この新野平古墳には横穴式石室があったが,その規模や副葬品等については不明とのこと。


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二ツ島古墳所在地の法面


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道路から見た二ツ島古墳の墳頂付近


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北東の方から見た二ツ島古墳


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北の方から見た二ツ島古墳所在地付近


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常磐線の線路越しに見える太平洋


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線路下を通る道路

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