北茨城市磯原町:弟橘媛神社

過日,弟橘媛神社(茨城県北茨城市磯原町磯原)を参拝した。
由緒書等によれば,弟橘媛神社の鎮座地は,天妃山という山なのだが,元は朝日指峯と呼ばれる山で,薬師如来を祀られていた。古い時代には陸地から離れた島だったと考えられる。徳川光圀は,この薬師如来を松山寺に移した上で,唐の高僧心越禅師が奉携して来た天妃神(媽祖)をこの山に祀り,磯原大津の海の守護神としたとのこと。ここでいう「唐」とは国名の「唐」を指すのではなく,凡そ西方または中国の方角を示す意味で用いられている。江戸時代には清朝になっているのだが,それでもその方向または地理的範囲のことを「唐」と呼んだ。はるか昔に漢帝国が滅び去ってしまっても,その公用文字を現在でも「漢字」と呼称し続けているのと同じ。
その後,徳川齋昭が弟橘姫命を海陸の守護神として祀り弟橘媛神社と改めた結果,祭神は,弟橘姫命と天妃神(媽祖)の合祀となっている。
新鮮組の芹沢鴨は,多賀郡松井村(現在の北茨城市中郷町)の出身で,弟橘媛神社の神官を務めた時期があるらしい。

なお,本殿脇下にある境内社の雄都嘉神社は,元は磯原工業団地の所在地に鎮座していたけれども,後に弟橘媛神社に合祀された神社らしい。
「雄都嘉」は「御塚」であり,古墳の上に鎮座していた神社なのかもしれない。または,「雄都嘉」は「大塚」であり,大塚氏と関係する神社であったのかもしれない。

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鳥居


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鳥居上の境内社


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鳥居上の境内社(安波大杉神社(左)・大津神社(右))


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二十三夜供養塔


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石段


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拝殿


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本殿


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由緒書


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境内社(雄都嘉神社)


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境内社


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境内社


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御神輿殿と手水


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御神燈


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磯にある境内社


天妃山の東端付近のピークに登ることのできる散策路があり,その散策路を登り切ると展望台のような場所に出る。そこには,徳川光圀が腰かけたという石(西山公腰掛石)がある。


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展望台から見える景色


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西山公腰掛石


天妃山の南側には北浜海岸がある。天妃山の南側~南西側に立派な防波堤が構築されており,そこからは,西の方に権現塚古墳の所在地となっている山が見える。山頂付近の大きな木の根元付近が権現塚古墳の所在地となっている。


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権現塚古墳のある山


この日は風が強く,北浜海岸には大きな波が押し寄せていた。その波の影響を直接に受けることのない大北川の砂洲のような場所には様々な鳥が来ていた。


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北浜海岸


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大北川の砂洲のような場所


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ウミウ


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ウミネコ


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カルガモ



 山地の住人:弟橘媛神社(北茨城・磯原町磯原)
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