稲敷市江戸崎:不動院

過日,江戸崎不動尊院として知られる天台宗・醫王山不動院東光寺(茨城県稲敷市江戸崎)を参拝した。本尊は,不動明王。 説明板等によれば,嘉祥元年(848年)に慈覚大師が開山した寺院とされている。戦国時代には衰退し,その後,江戸崎城主・蘆名盛重が随風(後の天海大僧正)を中興開山の住職として迎えて中興開山した。以後,17年間にわたり,随風(後…
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稲敷市古渡:須賀神社

過日,須賀神社(茨城県稲敷市古渡)を参拝した。祭神は,牛頭天王・須佐之男命。 質素な神社なのだが,現代のような道路交通が発達する前の時代の雰囲気を濃厚に残す神社だと思った。拝殿は,平成6年に修築されたものとのこと。 境内には,立派な青面金剛明王と大きな石材を使った金比羅大権現がある。この石材は,古墳由来のものではないかというような印…
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稲敷市古渡:興禅寺

過日,曹洞宗・長松山興禅寺(茨城県稲敷市古渡)を参拝した。本尊は,延命地蔵尊。 説明板によれば,興禅寺は,応永年間に源頼政が開基となり,真言宗の寺院として創建されたが,その後,源頼朝の妻・北条政子が鹿島神宮を参拝した折に興禅寺も参拝し,衰退していたのを嘆き,復興を命じて再建されると共に臨済宗に改宗し,更に,後鳥羽院から下賜された延命地…
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稲敷市神宮寺:十三塚

過日,移動中,らーめん珍来軒神宮寺店(茨城県稲敷市神宮寺)で昼食をとり,昼食後に自分のクルマに戻ろうとしたところ,同店所在地の交差点の南側角に何か説明板のようなものが見えた。近くに寄ってみると,十三塚の説明板と殉難十三名主の説明板だった。 その説明板のある場所には殉難十三名主忠魂碑も立てられており,その交差点から南西の方に向かって直線…
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平磯海岸で観た鳥と蜃気楼など

本日,平磯海岸(茨城県ひたちなか市平磯町)を再訪した。 本日の海岸は比較的穏やかで,海岸にはカルガモと思われるカモの仲間とヒドリガモの群れが見えた。 少し南にある旧船着場付近では,ウミネコ,ウミウ,シノリガモを観た。 水平線には大小の船舶が航行しているのが見える。 何となく奇妙な人工物的なものが2つ見えたので,カメラのズームいっ…
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稲敷市阿波:阿波竜貝城跡など

正月5日のことだが,安穏寺を参拝した後,阿波竜貝城跡の所在地にも足を向けてみた。 阿波竜貝城跡は,大杉神社の境内地の南東約100~200mのところに位置する岬状の台地上にある。その周辺は,縄文時代の貝塚遺跡(阿波南貝塚・石神下貝塚)の包蔵地ともなっている。また,竜貝城跡内には,竜塚と呼ばれる塚と竜貝古墳と呼ばれる古墳(前方後円墳?)が…
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稲敷市阿波:安穏寺

正月5日のことだが,大杉神社(茨城県稲敷市阿波)を参拝した後,天台宗・龍華山安穏寺を参拝した。 以前大杉神社を参拝した際にも安穏寺を参拝した。その時には家族連れだったので,境内の石造物等をじっくりと拝見できなかった。今回は,正月5日だったので参拝客も少しは減っているだろうと予想しつつ,単独で参拝することにした。 安穏寺の本堂の額には…
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稲敷市阿波:大杉神社

正月5日のことだが,大杉神社(茨城県稲敷市阿波)を参拝した。祭神は,倭大物主櫛甕玉大神。 これまで何度か大杉神社を参拝したことがある。その時には家族連れだったので,撮りたい写真を撮れなかった。今回は,正月5日だったので参拝客も少しは減っているだろうと予想しつつ,単独で参拝することにした。 実際には予想以上に多くの参拝客があった。人気…
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稲敷市幸田:幸田古墳群・西音寺・琴平神社など

過日,幸田古墳群の所在地(茨城県稲敷市幸田)とその周辺を散策した。 幸田古墳群は,1基の前方後円墳と3基の円墳によって構成されている古墳群ということになっている。その所在地の現況は,竹林,雑種地,寺院(天台宗・西音寺)の境内地,琴平神社境内地,道路敷地,宅地及び畑となっている。 1号墳とされる前方後円墳(全長45m・高さ6m)の所在…
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稲敷市幸田:古峯神社と浅間神社

過日,古峯神社と浅間神社(茨城県稲敷市幸田)を参拝した。 古峯神社と浅間神社は,同じ方墳様の基壇の上に鎮座している。この基壇部は,古墳ではなく,自然の段丘崖を掘削してつくられたもののようだ。浅間神社の背後(北西側)にはやや大きな塚があるが,これも古墳ではなく,富士塚として理解されている。 古峯神社は,浅間神社の東側に並んで鎮座してお…
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栃木県那須郡那珂川町馬頭:武茂城跡

過日,靜神社(栃木県那須郡那珂川町馬頭)を参拝した後,同じ山にある武茂城跡を見学した。武茂城跡に登る山道は,靜神社の本殿脇にある。 武茂城に関しては,馬頭町史編さん委員会編『馬頭町史』(平成2年)の233~236頁に解説がある。その解説によると,一般に武茂城跡として知られているのは武茂城の西側部分であり,乾徳寺の東側の山の上にも城跡が…
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栃木県那須郡那珂川町馬頭:靜神社

過日,靜神社(栃木県那須郡那珂川町馬頭)を参拝した。祭神は誉田別命・手力男命(天手力雄命)・須佐之男命。 下記の栃木県神社庁のサイト等によれば,靜神社の創建等については不明だが,元は八幡宮と称し,現在の場所とは別の場所に鎮座して武茂氏の守神となっていたが,武茂氏が常陸國大賀に移封し,更に,佐竹氏と共に出羽國に転封した後,水戸藩領となっ…
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栃木県那須郡那珂川町馬頭:乾徳寺

過日,曹洞宗・龍澤山大渓院乾徳寺(栃木県那須郡那珂川町馬頭)を参拝した。本尊は,釈迦牟尼仏。 乾徳寺は,寛正3年(1462年)に武茂氏の菩提寺として建立された寺院。開基は武茂兼綱,開山は聯室舜芳禅師とのこと。 武茂氏は,下野宇都宮氏の分家という家柄の武家なのだが,その歴史はやや複雑だったようだ。戦国時代には佐竹氏や那須氏とも対抗関係…
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栃木県那須郡那珂川町:北向田古墳群(その2)

過日,北向田古墳群(栃木県那須郡那珂川町北向田)を見学した。 馬頭町史編さん委員会編『馬頭町史』(平成2年)の106~109頁によれば,北向田古墳群は,8基の円墳で構成される古墳群であり,北から南の順に1号墳~8号墳の番号が付されている。 それらの古墳中の1号墳及び2号墳は,既に湮滅しており,現況は宅地となっている。3号墳~6号墳は…
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栃木県那須郡那珂川町:北向田古墳群(その1)

過日,北向田古墳群(栃木県那須郡那珂川町北向田)を見学した。 北向田古墳群の所在地は,田の中にあり,駐車スペースの有無がわからなかったので,やむを得ず,唐の御所横穴の駐車場にクルマを停め,そこから先は徒歩で往復。古墳群所在地は,唐の御所の駐車場の真西の方向に位置する段丘縁付近となっている。国道294号を横切り,集落を抜けると,農業構造…
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銚子市猿田町:猿田神社(その2)

緊急事態宣言発令前の正月3日のことだが,猿田神社(千葉県銚子市猿田町)を参拝した。祭神は,猿田彦大神・天鈿目命・菊理媛命。 猿田神社境内の本殿の北側にも鳥居があり,そこから北西の方に続く道がある。その道を進むと道の右手(北東側)に猿田神社の駐車場等があり,道の左手には御神砂受所を経て御神水に降りる参道の鳥居があり,更に北西に進むと…
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銚子市猿田町:猿田神社(その1)

緊急事態宣言発令前の正月3日のことだが,猿田神社(千葉県銚子市猿田町)を参拝した。祭神は,猿田彦大神・天鈿目命・菊理媛命。 猿田神社の社殿はとても立派なもので,茅葺の本殿の建物と彫刻は特に優れており,千葉県指定の文化財となっている。 社伝等によると,猿田神社は,垂仁天皇の代に創建され,その後生田神社(兵庫県神戸市中央区)の摂社と…
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ひたちなか市和田町:津神社と古墳

過日,橿原神宮を参拝した後,津神社(茨城県ひたちなか市和田町)を参拝した。祭神は,不詳だが,平磯町の津神社と同様,事代主命と思われる。 社殿は質素なものではあるけれども,しっかりとした造りの建物だと感じた。 普段は覆殿の中に格納されているものと思われる境内社(稲荷社)が開いていたので,この境内社も参拝した。開かれているのは正月や祭礼…
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ひたちなか市富士ノ上:橿原神宮

過日,橿原神宮(茨城県ひたちなか市富士ノ上)を参拝した。祭神は,神武天皇・桓武天皇・崇道天皇。 由緒書によれば,和銅年中に神武天皇を祭神とし,石崎村升原(現在の茨城町中石崎)を鎮座地として創建され,延長5年(927年)に、常陸大掾平国香が桓武天皇・崇道天皇を合祀し,室町時代に湊村宮山町(現在のひたちなか市明神町)に遷座し,江戸時代に社…
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ひたちなか市湊本町:水神宮

過日,徒歩で移動中,水神宮(茨城県ひたちなか市湊本町)の前を通った。 祭神や由緒等は一切不明。 社殿は,仮のもののようにも見える。津波の影響だろうか? よくわからなかったのだが,これも何かの縁と思い,参拝した。 境内には不動明王の石碑があった。 鳥居 社殿 手水 不動明王 …
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ひたちなか市平磯町:津神社

過日,津神社(茨城県ひたちなか市平磯町)を参拝した。祭神は,事代主命。 津神社の創建は応永15年(1408年),元は平磯明神と称したとのこと。酒列磯前神社の摂社であり,例年,起松神社と共に三社祭が挙行される。 本殿は,比較的最近に建替えられた建物らしい。 津神社の狛犬は,明治時代に奉納されたもののようなのだが,白い石を加工したもの…
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ひたちなか市平磯町:正一位家宝稲荷神社と古墳

過日,正一位家宝稲荷神社(茨城県ひたちなか市平磯町)の所在地にある神社を参拝した。 正一位家宝稲荷神社は,起松神社の東約60mのところにあり,同所の段丘崖に位置する小山の山腹(西側)山頂にある。この小山の西側に神社と鳥居と標石と社殿があるが,これは正一位家宝稲荷神社ではないとのこと。また,小山の北側にも小さな稲荷神社(播磨稲荷大明神)…
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ひたちなか市平磯町:起松神社と古墳

過日,起松神社(茨城県ひたちなか市平磯町)を参拝した。祭神は,大物主命(大黒天)。 酒列磯前神社の摂社であり,例年,津神社(平磯町)と共に三社祭が挙行される。起松神社の由緒書によれば,源義家ゆかりの松があったとの伝承があるとのことで,神社の名もその伝承から由来するものなのだろう。 社殿等を含め,歴史を感じさせる雰囲気のある神社だった…
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ひたちなか市平磯町:三ツ塚第3古墳群

過日,三ツ塚第3古墳群(茨城県ひたちなか市平磯町)を見学した。 三ツ塚第3古墳群は,14基の古墳で構成される古墳群だったが,ひたちなか市立平磯中学校の建設等により11基の古墳が湮滅し,現存する古墳は3基だけとなっている。1号墳~10号墳は,中学校の校舎敷地付近にあり,12号墳は,中学校の校庭敷地にあった。 現存する古墳は,中学校の校…
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つくば市臼井:臼井古墳群(その2)

2021年の元旦には自宅の近所の神社を参拝した後,「一年の計は元旦にあり」ともいうので,臼井古墳群(茨城県つくば市臼井)の所在地まで出かけた。 臼井古墳群の現存古墳は,金掘塚と大塚のほか,金掘塚の西約300mのところにある小規模な集落区画内に所在する赤塚と諏訪山古墳を合わせた合計4基の古墳だとされている。 金掘塚と大塚を見学した後,…
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つくば市臼井:臼井古墳群(その1)

2021年の元旦には自宅の近所の神社を参拝した後,「一年の計は元旦にあり」ともいうので,臼井古墳群(茨城県つくば市臼井)の所在地まで出かけた。 市営筑波山麓神郡駐車場にクルマを停め,そこから先は徒歩で往復。 正月元旦ともなれば筑波山神社には大勢の人々が参拝に訪れるので,3密によるコロナ感染を避けるため,今年は田圃の中を通る農道から筑…
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最近観た鳥

散策中に様々な鳥と出逢うのだが,カメラを向けると逃げてしまうことが多く,なかなか良い写真が撮れない。 それでも,運良く識別可能な程度の写真を撮れることもある。 散策中に見かける鳥の姿にも微妙な季節の変化を感じるようになってきた。 スズメ スズメ カワラヒワ ムクドリ …
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牛久市城中:得月院

2020年の年末のことだが,曹洞宗・稲荷山得月院(茨城県牛久市城中)を参拝した。 得月院は,文禄3年(1594年)牛久城に移り住んだ妙印尼輝子(由良氏)が創建した寺院とされている。由良氏が新田氏の流れを汲むということなので,得月院の寺紋も新田紋となっている。ちなみに,妙印尼輝子は,戦国時代最強の女性とされている。また,得月院の比較的近…
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取手市:長禅寺

2020年の年末のことだが,臨済宗妙心寺派:大鹿山長禅寺(茨城県取手市取手)を参拝した。本尊は,延命地蔵尊。 由緒書によれば,長禅寺は,承平元年(931年)に平将門が勅願所として創建した寺院。平将門没後には荒廃したけれども,その後,再興され,江戸時代になって創建当時の場所から現在地に移動したようだ。創建当時の場所は,現在では取手競輪場…
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取手市本郷:東漸寺

2020年の年末のことだが,天台宗・興隆山寿量院東漸寺(茨城県取手市本郷)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。境内にある観音堂の本尊は,馬頭観世音菩薩。 東漸寺は,天正2年(1574年)に創建された寺院。その後,火災により本堂等を焼失し,享保2年(1717年)に再建されたとのこと。 本堂は,とても立派なものだった。また,東漸寺の境内には…
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つくばみらい市城中:瑞源寺

2020年の年末のことだが,曹洞宗・足高山瑞源寺(茨城県つくばみらい市城中)を参拝した。 瑞源寺は,慶長2年(1597年)に由良國繁によって建立された寺院とのこと。 本堂は,文久2年(1862年)に再建されたもので,その後改修されて今日に至っているようだ。現在の本堂は,とても立派なものとなっている。 瑞源寺の境内地は,元は戦国時代…
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つくばみらい市城中:城中八幡神社(足高城跡)

2020年の年末のことだが,城中八幡神社(茨城県つくばみらい市城中)を参拝した。祭神は,誉田別命。 鳥居の額には「八幡大神」と記されている。 城中八幡神社は,永正7年(1504年)に足高城主・岡見宗治が鶴岡八幡宮の分霊を勧請し,足高城の守護として創建された神社とのこと。 城中八幡神社の境内地は,足高城跡の遺跡とされている。城中八幡…
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つくば市下岩崎:守徳寺

2020年の年末のことだが,曹洞宗・岩崎山守徳寺(茨城県つくば市下岩崎)を参拝した。本尊は,釈迦牟尼仏。 常陸西国三十三札所の二十番札所となっている。 守徳寺は,天文3年(1534年)に領主・岩崎勘解由左衛門の母である守徳院喜春妙慶信女の菩提の菩提寺として創始された。本堂内には大同元年(806年)に空海が製作したと伝えられている護摩…
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土浦市右籾:日先神社

2020年の年末のことだが,日先神社(茨城県土浦市右籾)を参拝した。祭神は,武甕槌命・経津主命・衝立船戸大神。 鳥居の脇にある由緒書によれば,日先神社は,源義家ゆかりの神社であり,康平元年(1058年)に九四天権現宮と武甕槌命・経津主命・衝立船戸大神を鎮斎して創始され,「摩利支天さま」と俗称されていたが,明治4年に日先神社と改称して今…
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日立市田尻町:種殿神社

過日,種殿神社(茨城県日立市田尻町)を参拝した。祭神は,大己貴命。 田尻地区の鎮守とのことで,創始は不明ながら,室町時代の棟札が残されているとのこと。 平成9年に原因不明の火災によって拝殿が焼失したため,現在の拝殿はその後に再建されたもの。本殿は焼失を免れた。この本殿は,とても立派なものだった。 「種殿」は「じゅうどの」と読む。 …
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高萩市石滝:上台古墳群(その2)

過日,上台古墳群の東側部分(茨城県高萩市石滝町)を見学した。 上台古墳群東側部分とそれに連続する藻島台古墳群所在地の行政区画は,南側半分くらいが十王町,北側半分くらいが高萩市となっており,その境界部分には東西に走る山道がある。古墳群を所管する教育委員会が異なるため,古墳群としての名称も異なっており,高萩市側に存在する古墳群は上台古墳群…
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高萩市石滝:上台古墳群(その1)

過日,上台古墳群の東側部分(茨城県高萩市石滝町)を見学した。 上台古墳群東側部分とそれに連続する藻島台古墳群所在地の行政区画は,南側半分くらいが十王町,北側半分くらいが高萩市となっており,その境界部分には東西に走る山道がある。古墳群を所管する教育委員会が異なるため,古墳群としての名称も異なっており,高萩市側に存在する古墳群は上台古墳群…
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日立市十王町:藻島台古墳群(その3)

過日,藻島台古墳群(茨城県日立市十王町伊師)を見学した。 藻島台古墳群所在地の行政区画は,南側半分くらいが十王町,北側半分くらいが高萩市となっており,その境界部分には東西に走る山道がある。古墳群を所管する教育委員会が異なるため,古墳群としての名称も異なっており,高萩市側に所在する古墳群は,藻島台古墳群という名称ではなく,上台古墳群とい…
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日立市十王町:藻島台古墳群(その2)

過日,藻島台古墳群(茨城県日立市十王町伊師)を見学した。 藻島台古墳群所在地の行政区画は,南側半分くらいが十王町,北側半分くらいが高萩市となっており,その境界部分には東西に走る山道がある。古墳群を所管する教育委員会が異なるため,古墳群としての名称も異なっており,高萩市側に所在する古墳群は,藻島台古墳群という名称ではなく,上台古墳群とい…
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日立市十王町:藻島台古墳群(その1)

過日,藻島台古墳群(茨城県日立市十王町伊師)を見学した。「藻島」は「めしま」と読む。 十王町教育委員会編『十王町の遺跡』(1991年)の44~45頁によれば,藻島台古墳群は,合計16基(十王町側12基・高萩市側4基)で構成される古墳群とされているが,高萩市教育委員会及び茨城県教員委員会の見解では高萩市側にある古墳の総数は6基なので,こ…
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日立市十王町:長久保古墳

過日,長久保古墳(茨城県日立市十王町伊師)を見学した。 長久保古墳は,いぶき台第4公園の中に保存されており,直径約10m・高さ2.5mの円墳とされている。公園敷地の西側部分が掘削されて平坦にされているため,長久保古墳が2段築成の古墳のように見えてしまうが,1段目のように見える部分が元の地面であり,その上にある塚状の部分だけが古墳のよう…
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高萩市石滝:上台古墳群8号墳

過日,上台古墳群(茨城県高萩市石滝)の8号墳(後述のとおり,高萩市教育委員会の見解では7号墳)を見学した。 上台古墳群は,明秀学園日立高等学校 の敷地(元は高萩工業高校の敷地)の北側部分といぶき台団地の北端の2か所に分かれて所在している。 地形から見て,この台地の東側~北側の縁に連続していたものが後代の開発等によって分断されたような…
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高萩市石滝:2つの秋葉神社

茨城県高萩市と日立市にまたがる石滝の台地の北辺・段丘崖を南北に通る茨城県道230号高萩友部線の東西に2つの秋葉神社(茨城県高萩市石滝)がある。 それらの神社の関係がどのようなものなのかは不詳。 過日,その付近を徒歩で通過中,神社あることに気づき,これらの神社を守っている地元の人々に敬意を表する趣旨で参拝した。 どちらも秋葉神社であ…
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つくば市小田:龍勝寺

過日,曹洞宗・萬松山香華院龍勝寺(茨城県つくば市小田)を参拝した。本尊は,釈迦如来。 龍勝寺の創建は不明だが,小田氏と関係の深い寺院だったようだ。小田氏滅亡後,梶原政景が再建して今日に至っている。 龍勝寺の山門は,江戸時代のもので,小田城の門を移したものとのこと。小田城ゆかりの残存木造建築物は,もしかすると,この山門だけかもしれない…
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つくば市小田:天満宮

過日,天満宮(茨城県つくば市小田)を参拝した。祭神は,菅原道真。 元の石鳥居が東日本大震災の際に被災したため,その後,現在の鳥居が再建されたとのこと。 本殿は大きな蔽殿の中にあるのだが,隙間から拝見したところ,なかなか立派な彫刻で装飾されているようだ。 本殿裏には境内社の石祠と石灯籠がある。その石祠中の1つの基壇部は大きな平石が用…
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つくば市小田:長久寺

過日,真言宗豊山派・醫王山遍照院長久寺(茨城県つくば市小田)を参拝した。本尊は,不動明王。 茨城百八地蔵尊霊場第84番札所となっている。 長久寺は,長禄3年(1459年)に那珂郡小場村で創始された寺院なのだけれども,小田氏が滅び,小田氏の旧領を佐竹氏が支配するようになったことから小田城内に寺を移し,現在に至っているらしい。 長久寺…
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つくば市小田:小田城跡

小田城跡(茨城県つくば市小田)を何回か訪問したことがある。小田城は,国指定の史跡となっている関係から,よく整備された史跡公園の1つなのだが,実際には城の中心部だけが整備されて公開されているのに過ぎない。周辺地域には未調査の場所が多数残されている。 久しぶりに小田城を訪問したくなり,冬の寒い時期なら訪問者もあまりいないだろうと予想して寄…
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つくば市漆所:漆所大塚山古墳

過日,漆所大塚山古墳(茨城県つくば市漆所)を見学した。 漆所大塚山古墳は,大塚山古墳とも呼ばれ,全長約35mの前方後円墳とされている。全体に竹林で覆われているので,墳丘の形状を明確に視認することが難しいのだが,東側の方から見ると一部墳丘が露出している場所があり,何となくそれらしい姿を観ることができた。漆所大塚古墳の所在地は,畑と農家敷…
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つくば市神郡:大師堂(第二十一番札所)など

過日,普門寺を参拝するために徒歩で移動中,弘法大師堂(第二十一番札所)の前を通った。小さな御堂なのだが,立ち寄り,合掌した。 市営筑波山麓神郡駐車場にクルマを停め,そこから先は徒歩で往復したのだが,神郡地区の通りには往時の雰囲気が漂っており,また,路傍には石棺材と思わせる石材を置いてある場所があった。 市営筑波山麓神郡駐車場…
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つくば市神郡:普門寺

過日,真言宗豊山派・慈眼山三光院普門寺(茨城県つくば市神郡)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。 普門寺は,元享年間に創始された寺院。小田氏の祈願寺として栄えた寺院とのこと。 平成20年に原因不明の火災により本堂を焼失したけれども,現在では立派に再建されている。参道にある赤門と黒門は,とても立派なものだった。 境内には石仏や供養塔など…
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つくば市上河原崎:鹿島神社と古墳

2020年12月のことだが,鹿島神社(茨城県つくば市上河原崎)を参拝した。祭神は,武甕槌神。 鹿島神社は,上河原崎地区のある台地の北西端付近にあり,境内地の一部はこの地区の集会所敷地となっている。 鹿島神社の創建等の詳細は不詳だが,村の鎮守のような神社だったのではないかと思われる。地元の人々によって大事にされている神社だというような…
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つくば市下河原崎:下河原崎高山古墳群

2020年12月のことだが,下河原崎高山古墳群(茨城県つくば市下河原崎)の所在地を見学した。下河原崎高山古墳群は,合計11基の古墳で構成される古墳群とされている。 それらの古墳中の1号墳(方墳),3号墳(旧2号墳),4号墳(方墳・旧1号墳)及び5号墳の4基の古墳所在地を見学した。1号墳と3号墳との間に2号墳と思われる塚があった。 …
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高崎市下滝町:慈眼寺と古墳(その5)

過日,慈眼寺を参拝した後,徒歩で移動しながら下滝1号墳,下滝3号墳及び御伊勢山古墳(群馬県高崎市下滝町)を見学した。これらの古墳は,慈眼寺境内にある古墳等を含め,現在では下滝古墳群としてまとめられているようだ。それらの古墳の分布範囲は,中世の館跡所在地とされている場所の範囲とほぼ一致するように思われる。かつては,土塁跡なのか古墳なのか判…
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高崎市下滝町:慈眼寺と古墳(その4)

2020年12月のことだが,高野山真言宗・華敷山補陀落院慈眼寺(群馬県高崎市下滝町)を参拝した。本尊は,聖観音菩薩。 慈眼寺の参道東側にある駐車場とその東側を南北に走る道路との間の細長い土地には前山古墳がある。 前山古墳は,滝川村2号墳とも呼ばれ,全長60mの前方後円墳とされている。横穴式石室が発掘されたとのこと。 現況では前方部…
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今朝の雲

今朝のことだが,慈眼寺のブログ記事をアップした後,空模様を見ようとベランダに出たところ,部分的に雲に色がついていた。「奇妙な虹だ・・・」と思いながらよく見てみると,虹ではなく,部分的に朝焼けが反射してこのような状態になったのだということを理解した。 これまで目にしたことのない状況だったので,愛用のコンパクトカメラでその写真を撮った。 …
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高崎市下滝町:慈眼寺と古墳(その3)

2020年12月のことだが,高野山真言宗・華敷山補陀落院慈眼寺(群馬県高崎市下滝町)を参拝した。本尊は,聖観音菩薩。 慈眼寺の境内・本堂裏(北側~北西側)には,慈眼寺A号墳,慈眼寺B号墳及び慈眼寺C号墳と呼ばれる3基の古墳がある。 私が訪問した時には,慈眼寺境内にある古墳の墳丘上に暗紅紫色の紅葉がびっしりと蔽っていて,一種独特の姿だ…
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高崎市下滝町:慈眼寺と古墳(その2)

2020年12月のことだが,高野山真言宗・華敷山補陀落院慈眼寺(群馬県高崎市下滝町)を参拝した。本尊は,聖観音菩薩。 慈眼寺の境内・本堂裏(北側~北西側)には,慈眼寺A号墳,慈眼寺B号墳及び慈眼寺C号墳と呼ばれる3基の古墳がある。 私が訪問した時には,慈眼寺境内にある古墳の墳丘上に暗紅紫色の紅葉がびっしりと蔽っていて,一種独特の姿だ…
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高崎市下滝町:慈眼寺と古墳(その1)

2020年12月のことだが,高野山真言宗・華敷山補陀落院慈眼寺(群馬県高崎市下滝町)を参拝した。本尊は,聖観音菩薩。 下記の慈眼寺のサイトに記されている詳細な由緒によれば,慈眼寺は,天平年間に良弁僧正によって創始された非常に古い寺院であり,その後,南北朝の時代に乗弘大徳により中興開山となり,その後,戦火のため幾度も堂宇を焼失しながらも…
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藤岡市上落合:伊勢塚古墳再訪

過日,地勝寺を参拝した後,別の場所へ移動中,古墳の前を通った。まだ観たことのない古墳のように思えたので,ちょっと戻り,見学することにした。しかし,その古墳は,以前見学したことのある伊勢塚古墳(群馬県藤岡市上落合)だった。 よくあることではあるけれども,古墳は,夏の姿と冬の姿とではまるで違ったもののように見えることがある。 墳丘の特徴…
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高崎市吉井町:地勝寺

過日,真言宗豊山派・廣願山専寿院地勝寺(群馬県高崎市吉井町小串)を参拝した。本尊は,地蔵菩薩。 地勝寺は,慶長10年(1605年)に地蔵寺として創建された寺院。その後,明治41年に勝持寺と合併したため,両方の寺院の名から1文字ずつとって地勝寺と改称している。 境内地には南北朝時代の石仏群があり,文化財として指定されている。その頃まで…
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高崎市吉井町:安坪古墳群の古墳など(その2)

過日,辛科神社を参拝した後,安坪古墳群の所在地(群馬県高崎市吉井町)を見学した。 吉井町長根地区には,安坪古墳群を含め,非常に多数の古墳が存在したようなのだが,土地改良事業等の結果,現在ではだいぶ減ってしまっているようだ。現存古墳の大部分が畑の中にあり,農道から見学する分には(新型コロナの関係を含め)地元の人々に迷惑をかけることもほと…
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高崎市吉井町:安坪古墳群の古墳など(その1)

過日,辛科神社を参拝した後,安坪古墳群の所在地(群馬県高崎市吉井町)を見学した。 吉井町長根地区には,安坪古墳群を含め,非常に多数の古墳が存在したようなのだが,土地改良事業等の結果,現在ではだいぶ減ってしまっているようだ。これらの古墳所在地を訪れる人も少ないのだろうと思う。 現存古墳の大部分が畑の中にあり,農道から見学する分には(新…
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高崎市吉井町:神保古墳群再訪

過日,辛科神社を参拝するために移動中,神保古墳群(群馬県高崎市吉井町神保)のすぐ近くを通ったので,寄り道して冬の姿を観たいと思い,再訪することにした。 多胡村122号墳,多胡村123号墳及び多胡村134号墳は,墳丘上に草がなく,それらの墳丘の周囲も綺麗に掃除されており,見学しやすい状態となっていた。 多胡村133号墳の墳丘上にはセン…
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高崎市吉井町:辛科神社

2020年12月のことだが,辛科神社(群馬県高崎市吉井町神保)を参拝した。祭神は,須佐之男命。五十猛命を配祀している。また,多数の神を合祀している。 辛科神社は,大宝年間(701年)に新羅から来た渡来人によって創祀された神社とされている。 ここでいう新羅とは,(江戸時代の清朝の時代になっても中国のことを「唐」と呼んだのと同じように,…
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古河市中田新田:香取神社と古墳

過日,香取神社(茨城県古河市中田新田)を参拝した。祭神は,経津主神。 香取神社の基壇部は,全て古墳の残存物だとされている。 この古墳は,向原古墳と呼ばれ,全長約60mの前方後円墳とされている。鳥居~社殿前付近が前方部の残存部に該当し,社殿周辺が後円部の残存部に該当する。現況からすれば一の鳥居のあるあたりが前方部端付近ではないかと思わ…
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栃木市平井町:太山寺

過日,真言宗豊山派・太平山寶樹院太平寺(栃木県栃木市平井町)を参拝した。 本堂には不動明王・文殊菩薩・大日如来・釈迦如来・大威徳夜叉明王が祀られており,それらの像はいずれも栃木市の文化財として指定されている。 本堂の左手にある石段を登ると,途中に青瀧堂(青龍大権現)があり,石段を上った上に観音堂がある。観音堂の建物はとても素晴らしい…
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栃木市平井町:太平山神社(その2)

過日,太平山神社(栃木県栃木市平井町)を参拝した。祭神は,天照皇大御神・豊受姫大神・瓊瓊杵命。多数の境内社がある。 境内の展望所からの眺望は,とても素晴らしいものだった。ここからは,筑波山が見える。 非常に長い石段を登り,随神門(仁王門)をくぐり,太平山神社と境内社を参拝した後,奥宮のある場所まで登って参拝した。 奥宮の境内地は,…
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栃木市平井町:太平山神社(その1)

過日,太平山神社(栃木県栃木市平井町)を参拝した。祭神は,天照皇大御神・豊受姫大神・瓊瓊杵命。多数の境内社がある。 ところで,下記の六角堂のサイトに引用されている「野州太平山之圖」によれば,太平山神社は,元は「太平大権現」であり,その参道石段の両側に多数の堂宇があり,寺院として非常に栄えていたということを知ることができる。 これに対…
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栃木市平井町:虚空蔵尊六角堂

2020年12月のことだが,太平山虚空蔵尊六角堂(栃木県栃木市平井町)を参拝した。本尊は,虚空蔵尊。 六角堂内には,虚空蔵尊像・愛染明王像・不動明王像が安置されている。寺伝によれば,この虚空蔵尊像は,「山城国山崎国宝寺の聖徳太子御作と伝えられる仏様で,慈覚大師円仁が夢の中で観見し、淳和天皇に請い太平山に移した」のものとされてきたけれど…
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散策中に観た鳥

早いところでは既に田起こしが始まっている。田起こしすると,土の中で眠っている昆虫が地表に顕れるのだろう。農業用トラクターが田起こしした後には小鳥がやってくる。 セグロセイレイ ツグミ 利根川の土手付近では,朝にマガモの群れが浮かんでいるのを観ることができた。空にはカモの仲間と思われる鳥が群れとなって飛ん…
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栃木県芳賀郡市貝町:多田羅古墳群(その2)

過日,多田羅古墳群(栃木県芳賀郡市貝町多田羅)を見学した。 多田羅古墳群は,7基の円墳で構成される古墳群。 多田羅古墳群の1号墳~3号墳は,多田羅沼のすぐ東の段丘縁のような場所にあり,見学可能。 多田羅古墳群の詳細は,市貝町史編さん委員会編『市貝町史』(平成2年)の530~537頁にまとめられている。 多田羅古墳群の2号墳と…
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栃木県芳賀郡市貝町:多田羅古墳群(その1)

過日,多田羅古墳群(栃木県芳賀郡市貝町多田羅)を見学した。 多田羅古墳群は,7基の円墳で構成される古墳群。 多田羅古墳群の1号墳~3号墳は,多田羅沼のすぐ東の段丘縁のような場所にあり,見学可能。 市貝町史編さん委員会編『市貝町史』(平成2年)の530~537頁によれば,多田羅古墳群の4号墳~7号墳は,1号墳~3号墳所在地から少し離…
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多田羅沼で観た鳥

2020年12月下旬のことだが,多田羅沼(栃木県芳賀郡市貝町多田羅)を訪問した。 多田羅沼周辺は,サシバの生息地として知られている。しかし,私が訪問した時には,サシバを見つけることができなかった。 冬の渡り鳥の季節でもあるので,多田羅沼に集まっている水鳥を観察した。 なお,多田羅沼周辺は,野生植物に関しても植生が豊かな場所として知…
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栃木県芳賀郡市貝町多田羅:星宮神社

過日,星宮神社(栃木県芳賀郡市貝町多田羅)を参拝した。祭神は,磐裂神・根裂神・経津主神。 星宮神社の鳥居の額と拝殿の額には「星宮大明神」と記されている。 星宮神社は,能引寺の西にある。 元は別のところに鎮座していたけれども,応永14年(1407年),現在の場所に遷座した神社とのこと。 星宮神社の境内地南側には境内林があったような…
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栃木県芳賀郡市貝町多田羅:能引寺

過日,浄土宗・能引寺(栃木県芳賀郡市貝町多田羅)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。 能引寺は,真岡鉄道多田羅駅の西にある。目で見た雰囲気では住職不在の寺院のように見える。ちょっと寂しい。 能引寺の境内地角(南東側)には地蔵菩薩と二十三夜供養塔等があった。その前で合掌した。 能引寺本堂 地蔵菩薩 二…
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紅梅

本日,散策のために移動中,紅梅の花が咲いているのをみつけた。あちこちで咲き始めているようだ。
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栃木県那須郡那珂川町恩田:御霊神社

過日,御霊神社(栃木県那須郡那珂川町恩田)を参拝した。祭神は,那須與一宗隆靈。 那須与一(那須與一)は,『平家物語』の屋島の戦で名高い弓の名手だったとされている。 説明板によれば,「扇の的を射るときに心から祈願した八幡大菩薩にお礼のため石清水八幡宮に産経の帰路,山城国(京都)伏見の即成院において急死したが,時の供人角田四郎が遺命を受…
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栃木県那須郡那珂川町三輪:三和神社

過日,三和神社(栃木県那須郡那珂川町三輪)を参拝した。祭神は,大物主命。火産霊神・木花咲耶姫命を配祀している。 三和神社は,式内社(下野国那須郡三和神社)に比定されている。鳥居の額には「三和大明神」と記されている。 社伝によれば,推古天皇12年(604年)に大和国(奈良県)の大神神社から勧請して創建された神社とのこと。 藤原資家(…
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大田原市佐良土:諏訪神社

過日,諏訪神社(栃木県大田原市佐良土)を参拝した。祭神は,健御名方命。 諏訪神社の境内では大捻縄引と呼ばれる行事が行われることで知られている。この行事は,国選択無形民俗文化財に指定されている。 下記の文化庁月報には,この行事の由来に関し,「大捻縄引の起源については定かではないが,永正17年(1520)8月,那須資房と白河義永が箒川沿…
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大田原市佐良土:法輪寺

過日,天台宗・光丸山法輪寺(栃木県大田原市佐良土)を参拝した。本尊は,大日如来・釈迦如来。 法輪寺は,貞観2年(860年)に慈覚大師円仁によって創始された寺院とされている(別の見解もある)。西行法師が訪問した寺院としても知られており,境内には西行法師にちなむ桜の木(西行桜)がある。 法輪寺は,現在でも神仏習合(神仏混淆)の形態を維持…
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栃木県那須郡那珂川町小川:那須官衙遺跡

過日,那須官衙遺跡(栃木県那須郡那珂川町小川)を見学した。 那須官衙遺跡の所在地(包蔵地)は,那珂川町なす風土記の丘資料館の東側~南東側に広がる台地上の緩斜面。現在,官衙跡として整備・公開されている場所は,正倉のあった場所とされている。他に梅林基壇と呼ばれる建物跡も整備・公開されている。 一般に,那須官衙遺跡は,那須郡衙の一部に該当…
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栃木県那須郡那珂川町:なす風土記の丘公園資料館と梅曽大塚古墳天井石

過日,なす風土記の丘公園資料館(栃木県那須郡那珂川町小川)を見学し,幾つかの資料を購入した。担当者の対応は,適切だった。 なす風土記の丘公園資料館の館内には,那須官衙跡遺跡や周辺の古墳等からの貴重な出土物を中心として現物とレプリカが展示されている。展示物の中には唐の御所横穴と姫穴の復元模型もあった。古墳から出土した鏡(複製品)や官衙遺…
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栃木県那須郡那珂川町小川:春日神社

過日,春日神社(栃木県那須郡那珂川町小川)を参拝した。祭神は,天津児屋根命。 由緒書によれば,春日神社は,神護景雲3年(769年)に奈良春日神社から分霊を勧請して創建され,往時には両部神道(神仏混淆)の祭礼を行っていたけれども,その後寺院が没落し,春日神社のみが残されたとのこと。 参道は,那須官衙跡の縁付近を通っていることから,由緒…
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栃木県那須郡那珂川町小川:匠の館・民俗資料館

過日,匠の館・民俗資料館(栃木県那須郡那珂川町小川)を見学した。 ここには2棟の古い民家が移設され,展示・公開されている。それぞれの民家内には近隣で使用されていた民具等が展示されている。 建物はどちらも立派なもので,とても勉強になった。 私が訪問した時には特に問題はなかったのだが,このブログ記事を書くために念のため調べてみたところ…
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栃木県那須郡那珂川町浄法寺:大日堂と薬師堂

過日,真言宗智山派・大日山遍明院浄法寺の大日堂と薬師堂(栃木県那須郡那珂川町浄法寺)を参拝した。 下記のサイトによれば,須藤貞信が創建した御堂であり,応永25年(1418年)に那須資重によって現在の所在地に移されたとのこと。境内には薬師堂もあり,参拝した。大日堂の建物は,那珂川町指定の文化財となっている。 大日堂の近くには「浄法寺縄…
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大田原市:蛭田富士山古墳

過日,蛭田富士山古墳(栃木県大田原市蛭田)を見学した。 説明板によれば,蛭田富士山古墳は,多数の小古墳と共に古墳群を構成していたけれども,開田等に伴い,他の古墳は消滅してしまっているとのこと。土地改良事業の際に調査された4基の小古墳等に関しては,説明板の中に配置図等が示されている。配置図を見ると,石棺だけが残されている場所等も示されて…
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潮来市:道の駅いたこ

本日は,鹿嶋市方面に出かけた。 途中で休憩のために「道の駅いたこ」に寄った。1月19日までということで「虹どら」というどら焼きの半額販売をしていたので,家族のお土産に購入した。以前にも購入して食べたことがある。 良い施設だし,正月のイベントも開催中だったのだけれども,寒さのせいか,あるいは,新型コロナの影響があるのかどうか,混雑して…
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安中市松井田町:九十九村30号墳~32号墳など

過日,九十九村30号墳,31号墳及び32号墳の所在地(群馬県安中市松井田町小日向)を見学した。 九十九村30号墳は,直径8mの円墳とされている。 九十九村31号墳は,直径6mの円墳であり,横穴式石室があるとされている。 九十九村31号墳は,直径9mの円墳であり,横穴式石室があるとされている。 九十九村31号墳の所在地の現況は,空…
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安中市松井田町:九十九村7号墳

過日,九十九村7号墳(群馬県安中市松井田町小日向)を見学した。 九十九村7号墳は,庚申塚とも呼ばれ,直径12mの円墳とされている。墳丘上に石仏がある。長い花茎の上の蓮華に坐す阿彌陀仏を示すもので,一般的に見かける庚申塔とはかなり異なる様式のものなのだが,このような様式の庚申塔もあるのかもしれない。詳しいことはわからない。 九十九村7…
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安中市松井田町:九十九村4号墳

過日,九十九村4号墳(群馬県安中市松井田町小日向)を見学した。 九十九村4号墳は,直径10m前後の円墳とされている。墳丘の南側に横穴式石室が開口しているということなのだが,民家の敷地内に所在する古墳であり,新型コロナの関係等もあるので,所有者の方にお願いして石室近くまで寄ることは断念し,公道から見える範囲内で見学した。 墳丘のすぐ東…
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安中市松井田町:天皇塚古墳

過日,天皇塚古墳(群馬県安中市松井田町小日向)を見学した。 天皇塚古墳は,九十九村第1号古墳(九十九村1号墳)とも呼ばれ,直径東西10m×南北15m・高さ7mの円墳とされている。墳頂に絹笠大明神がある。その下に石室があるとのこと。絹笠大明神の前には長方形に石が積んである。その下が石室という趣旨なのだろうか? 墳丘は,自然堤防のような…
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安中市下後閑:後閑3号墳

過日,後閑3号墳(群馬県安中市下後閑)を見学した。 後閑3号墳は,墳丘部直径約12.8m・高さ約2.2m(基壇部直径約20m)の円墳とされている。墳丘の南側にT字形の横穴式石室があり,開口している。ただし,石室内には立入禁止となっており,柵が設けられている。柵越しに石室内を見学した。 後閑3号墳の所在地は,土地改良事業が行われる前と…
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安中市上後閑:榛名神社と源義国の墓所

過日,榛名神社(群馬県安中市上後閑)を参拝した。祭神は,埴山姫命。 榛名神社は,満行寺の北に鎮座している。鳥居から参道を登ると榛名神社に至るが,鳥居の右手に裏参道のような道があり,こちらの道を登ると東側の山裾(榛名神社参道の仁王門の東付近)に源義国夫婦の墓所がある。その山の姿は,何らかの遺跡包蔵地であるような印象を強く受ける。古墳や窯…
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安中市上後閑:満行寺

過日,真言宗豊山派・青木山満行寺(群馬県安中市上後閑)を参拝した。榛名神社(安中市上後閑)の別当寺であり,本尊は地蔵菩薩。 久安2年(1145年)に深秀上人が開山,源義国が開基・源信純が中興の寺院とのこと。源義家の子・源義国は,八幡荘(上野国碓氷郡)を領地としていたので,渋川~安中周辺を支配していた武将ということになる。源信純は,新田…
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安中市上後閑:長源寺

過日,曹洞宗・青木山護国院長源寺(群馬県安中市上後閑)を参拝した。本尊は,釈迦如来。 長源寺は,嘉吉3年(1443年)に依田信濃守源政知により開基の寺院とのこと。関東地方に広く曹洞宗を広めた人材育成に優れた寺院だったようだ。 天文10年(1541年)に起きた海野平の合戦において,武田信虎・村上義清・諏訪頼重等の甲斐国人連合軍に敗れた…
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土浦市:中内山古墳群

過日,中内山古墳群(茨城県土浦市大岩田)の一部を見学した。 土浦市教育委員会編『土浦の遺跡-埋蔵文化財包蔵地-』(1984年)の26~27頁によれば,中内山古墳群は6基の円墳で構成される古墳群とされている。ただし,同書175頁にある配置図から考えると,同書27頁にある相対的位置関係を示す距離の表示はほぼ全面的に誤りだと思われる。正確な…
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茨城県稲敷郡美浦村:日枝神社と山王山古墳

過日,山王山古墳(茨城県稲敷郡美浦村山王)を見学した。 山王山古墳の墳丘の南西側裾部分は日枝神社(山王様)の境内地となっているので,まず同社を参拝した。祭神は,大山咋神。 日枝神社の社殿は,簡素ながらもしっかりとしたものだった。日枝神社の境内地には,境内社のほか,石棺材を立てた庚申塚があった。 山王山古墳の墳頂部分は日枝神社の社殿…
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ジョウビタキ(メス)

このところ,ジョウビタキと出逢うことが多い。先日は,ジョウビタキのオスと出逢った。 昨日は,散策中,ジョウビタキのメスと出逢った。 [追記:2021年1月10日] 本日,散策中,またジョウビタキのメスと出逢った。その写真を追加する。
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茨城県稲敷郡美浦村:木原白籏古墳群再訪

以前木原白籏古墳群(茨城県稲敷郡美浦村木原)を訪問した時には草や木の葉がいっぱい茂っていたので,墳丘の様子がよくわからなかった。 葉が枯れ落ちる季節まで待つことにした。 そろそろ墳丘が見えるかもしれないと思い,過日,木原白籏古墳群を再訪した。 木原白籏3号墳と4号墳は,葉のある季節よりは墳丘を見学しやすい状態となっていた。 木原…
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大田原市:銭室塚古墳

過日,銭室塚古墳(栃木県大田原市北滝)を見学した。 銭室塚古墳は,下段直径約26m・下段高さ約2m,上段直径約18m・上段高さ約2.5mの二段築成の円墳とされている。墳丘の東側に石室が開口している。 古墳の周囲には条里制の遺構があるとのこと。また,銭室塚古墳の西の方には二ツ室塚古墳と観音塚古墳がある。 この古墳のことは以前から知っ…
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大田原市:大雄寺(その2)

過日,曹洞宗・黒羽山久遠院大雄寺(栃木県大田原市黒羽田町)を参拝した。本尊は,釈迦如来。 大雄寺は,応永11年(1404年)に創建の寺院で,大関氏の菩提寺。天正4年(1576年)に大関高増が白旗城(栃木県大田原市余瀬)から黒羽城へ移った際,大雄寺も現在の所在地に移転したとのこと。 大雄寺の本堂,総門等の建物は,茅葺きとなっており…
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大田原市:大雄寺(その1)

過日,曹洞宗・黒羽山久遠院大雄寺(栃木県大田原市黒羽田町)を参拝した。本尊は,釈迦如来。 大雄寺は,応永11年(1404年)に創建の寺院で,大関氏の菩提寺。天正4年(1576年)に大関高増が白旗城(栃木県大田原市余瀬)から黒羽城へ移った際,大雄寺も現在の所在地に移転したとのこと。 大雄寺の境内地の構造から推察すれば,戦国時代において…
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大田原市:黒羽城跡(その3)

過日,黒羽城跡(栃木県大田原市前田)を見学した。 黒羽城は,大関氏の居城であり,大田原市指定史跡・黒羽城址公園として整備され,公開されている。 本丸跡東側にある駐車場(郭跡)にクルマを停め,そこから先は徒歩で往復して本丸跡~馬出し郭跡~芭蕉の館付近(三の丸跡)~旧浄法寺邸(郭跡?)などを見学した。 真先寶壽両社稲荷神社から南の…
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大田原市:黒羽城跡(その2)

過日,黒羽城跡(栃木県大田原市前田)を見学した。 黒羽城は,大関氏の居城であり,大田原市指定史跡・黒羽城址公園として整備され,公開されている。 本丸跡東側にある駐車場(郭跡)にクルマを停め,そこから先は徒歩で往復して本丸跡~馬出し郭跡~芭蕉の館付近(三の丸跡)~旧浄法寺邸(郭跡?)などを見学した。 本丸跡の南側には「芭蕉の館」…
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大田原市:黒羽城跡(その1)

過日,黒羽城跡(栃木県大田原市前田)を見学した。 黒羽城は,大関氏の居城であり,大田原市指定史跡・黒羽城址公園として整備され,公開されている。 本丸跡東側にある駐車場(郭跡)にクルマを停め,そこから先は徒歩で往復して本丸跡~馬出し郭跡~芭蕉の館付近(三の丸跡)~旧浄法寺邸(郭跡?)などを見学した。 本丸跡には櫓のような形をした展望…
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ジョウビタキ(オス)

先日,ジョウビタキのメスと出逢った。 本日,散策していたところ,ジョウビタキのオスと出逢った。 とても綺麗。 愛用のコンパクトデジカメを用い,ズームいっぱいで撮影。どうにか識別可能な程度の写真を撮れたようだ。
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埼玉県秩父郡長瀞町中野上:諏訪神社

過日,秩父市~皆野町周辺の見学を終えた帰路,セブンイレブン長瀞中野上店の北側にある諏訪神社(埼玉県秩父郡長瀞町中野上)を参拝した。 鳥居と蔽殿の額には「諏訪大神」と記されている。蔽殿の中に諏訪神社の社殿がある。 この社殿の脇には石材を組み合わせた石棺様のものが祀られていた。その石材は,古墳由来のもののようにも見える。伊弉諾神と伊弉冉…
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埼玉県秩父郡皆野町金崎:長興寺

過日,真言宗智山派・醫王山長興寺(埼玉県秩父郡皆野町金崎)を参拝した。 長興寺の入口付近には大きな石碑が並んでいる。貴重なものだと思う。 長興寺の裏山には小さな神社がある。伏見稲荷との奉納碑があった。稲荷神社付近には独特の地層が露頭しており,間近で観察することができる。 長興寺は,明治6年開校の金崎学校(皆野町立国神小学校の前身)…
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埼玉県秩父郡皆野町金崎:金崎古墳群(その3)

過日,金崎神社(埼玉県秩父郡皆野町金崎)を参拝した後,同社の境内(西側)にある天神塚古墳を見学した。 塩野博『埼玉の古墳 比企・秩父』(さきたま出版会)の473~746頁によれば,天神塚古墳は,氷雨塚古墳とも呼ばれ,直径13m・高さ2mの円墳とされている。 天神塚古墳の墳丘西側には石室が開口している。 その被葬者に関しては,知知夫…
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埼玉県秩父郡皆野町:金崎神社

過日,金崎神社(埼玉県秩父郡皆野町金崎)を参拝した。祭神は,知知夫彦命(知知夫國造)・知知夫姫命。 金崎神社は,現在では金崎神社奥宮(元は三社権現)と呼ばれている神社の所在地に鎮座していたけれども,地滑り等のために危険となったため,現在の鎮座地に社殿を新築したのだそうだ。 大境2号墳の前の道を西の方に向かって歩き,金崎神社の鳥居前に…
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埼玉県秩父郡皆野町金崎:金崎古墳群(その2)

過日,金崎古墳群(埼玉県秩父郡皆野町金崎)を見学した。 塩野博『埼玉の古墳 比企・秩父』(さきたま出版会)の460~476頁によれば,金崎古墳群は,かつては10基以上の円墳で構成される古墳群だったけれども,現在では,大境1号墳,大境2号墳,大境3号墳及び天神塚古墳の合計4基のみが残存しているとのこと。 大境2号墳は,大境3号墳の…
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埼玉県秩父郡皆野町金崎:金崎古墳群(その1)

過日,金崎古墳群(埼玉県秩父郡皆野町金崎)を見学した。 塩野博『埼玉の古墳 比企・秩父』(さきたま出版会)の460~476頁によれば,金崎古墳群は,かつては10基以上の円墳で構成される古墳群だったけれども,現在では,大境1号墳,大境2号墳,大境3号墳及び天神塚古墳の合計4基のみが残存しているとのこと。 株式会社秩父建設の有料駐車場を…
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埼玉県秩父郡皆野町:国神神社

過日,国神神社(埼玉県秩父郡皆野町国神)を参拝した。祭神は,大物主神。多数の神を合祀している。 元は「琴平神社」と称し,社殿の額には「琴平神社」と記されている。明治時代に「国神神社」と改称した。鳥居の額には「國神神社」と記されている。 国神神社の創始は不詳だが,かなり古い神社だと推定される。そして,由緒書によれば,確実な記録としては…
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埼玉県秩父郡皆野町大渕:大渕古墳

過日,大渕古墳(埼玉県秩父郡皆野町大渕)を見学した。 大渕古墳は,前原の不整合の北東にあり,直径約25mの円墳とされている。ただし,現況では墳丘がほとんどなく,石室だけが露頭したような状態となっている。 前原の不整合の駐車場にクルマを停め,そこから徒歩で往復して見学した。 この古墳は,かつては「八百尼葬塚」とも呼ばれていたそうだ。…
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埼玉県秩父郡皆野町大渕:前原の不整合

過日,前原の不整合(埼玉県秩父郡皆野町大渕)を見学した。 前原の不整合は,秩父帯と呼ばれる中生代・ジュラ紀(約2億年前~1億5000万年前)の黒色泥岩層の上に古代の秩父湾の堆積物である新生代新第三紀(約1600万年前)の礫岩があるという構造をしており,国指定天然記念物となっている。 上部の礫岩の地層にはカキ等の浅海の生物の化石が含ま…
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秩父市蒔田:内田家住宅

過日,内田家住宅(埼玉県秩父市蒔田)を見学した。 内田家は,元は鉢形北条氏の家臣だったが,鉢形城落城後にこの地に落居し,以後,徳川時代には永大名主をつとめた家であり,江戸時代の大規模な養蚕農家とのこと。 現在の当主の方の説明によると,江戸時代以降も養蚕に使われており,当時は,あたり一面桑畑だったそうだ。子どもの頃に目にした私の郷里の…
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秩父市寺尾:氷雨塚古墳(飯塚・招木古墳群89号墳移築復元古墳)

過日,飯塚・招木古墳群所在地(埼玉県秩父市寺尾)を訪問し,同古墳群の89号墳を移築・復元した古墳である氷雨塚古墳を見学した。 飯塚・招木古墳群は,現存する秩父市最大の古墳群とされている。現在でも多数の古墳が残されているようなのだが,時間の関係等もあり,古墳群所在地を細かく見学することはせず,氷雨塚古墳だけを見学することにした。 氷雨…
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秩父市吉田:取方古墳群(その3)

過日,取方古墳群(埼玉県秩父市吉田)を見学した。 取方古墳群は,吉田取方総合運動公園の北側~西側に所在する古墳群で,合計24基ほどの円墳で構成されているようだ。 埼玉県遺跡地図(秩父市・吉田地区)の中に古墳配置図があり,それぞれの古墳に遺跡番号が付されている。 諏訪神社の西には星音の湯という施設があり,同社の南(体育館の北)に…
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秩父市吉田:取方古墳群(その2)

過日,取方古墳群(埼玉県秩父市吉田)を見学した。 取方古墳群は,吉田取方総合運動公園の北側~西側に所在する古墳群で,合計24基ほどの円墳で構成されているようだ。 埼玉県遺跡地図(秩父市・吉田地区)の中に古墳配置図があり,それぞれの古墳に遺跡番号が付されている。 No.76古墳は,No.75古墳の北西に隣接している。この古墳は,…
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秩父市吉田:取方古墳群(その1)

過日,取方古墳群(埼玉県秩父市吉田)を見学した。 取方古墳群は,吉田取方総合運動公園の北側~西側に所在する古墳群で,合計24基ほどの円墳で構成されているようだ。 埼玉県遺跡地図(秩父市・吉田地区)の中に古墳配置図があり,それぞれの古墳に遺跡番号が付されている。 なお,塩野博『埼玉の古墳 比企・秩父』(さきたま出版会)の326~32…
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犬吠埼灯台周辺で観た花と虫

本日,犬吠埼灯台周辺を散策した。 イソギク(Chrysanthemum pacificum)の花が咲いていた。 アシタバに似たセリ科植物がまだ花を咲かせていた。たぶん,ハマウド(Angelica japonica)だろうと思う。 その葉の上にはナミハナアブ(Eristalis tenax)と思われる昆虫…
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正月3日に観た鳥

本日は,犬吠埼まで出かけ,犬吠埼灯台周辺を散策した後,神社を参拝した。予想以上に観光客が来ていたので,3密を避けて灯台には登らず,磯のあたりを散策するだけにした。 出発の際に寄ったコンビニの駐車場でジョウビタキのメスと思われる小鳥を観た。すかさず写真を撮った。 目的地に到達し,磯に降りる階段と遊歩道を歩いていたら,イソヒヨドリとヒヨ…
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埼玉県秩父郡小鹿野町:千尋原古墳群再訪(その2)

過日,千尋原古墳群(埼玉県秩父郡小鹿野町下小鹿野)を再訪した。 前回訪問した時には下調べが十分ではなく,氷雨塚古墳と千尋原143号墳の近くにある別の古墳を見学しないでしまった。 千尋原古墳群を再訪し,幾つかの古墳を見学した。下小鹿野グラウンドの駐車場にクルマを停め,そこから先は徒歩で往復。 なお,古墳の配置は,埼玉県遺跡地図(小鹿…
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埼玉県秩父郡小鹿野町:千尋原古墳群再訪(その1)

過日,千尋原古墳群(埼玉県秩父郡小鹿野町下小鹿野)を再訪した。 前回訪問した時には下調べが十分ではなく,氷雨塚古墳と千尋原143号墳の近くにある別の古墳を見学しないでしまった。 千尋原古墳群を再訪し,幾つかの古墳を見学した。下小鹿野グラウンドの駐車場にクルマを停め,そこから先は徒歩で往復。 近くに寄ることができない古墳が多く,公道…
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埼玉県秩父郡小鹿野町般若:秩父大神社(聖天宮)

過日,秩父大神社(埼玉県秩父郡小鹿野町般若)を参拝した。 鳥居の額には「秩父大神」と記されている。 この神社は,法性寺の入口付近にある。説明板によれば,法性寺の境内に歓喜天(聖天)を祀ったのが起源であり,明治時代の神仏分離により,秩父神社の祭神を勧請して現在の秩父大神社となったとのこと。 なお,秩父神社は,八意思兼命・知知夫彦命・…
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埼玉県秩父郡小鹿野町般若:法性寺(その2)

過日,曹洞宗・般若山法性寺(埼玉県秩父郡小鹿野町般若)を参拝した。本尊は,聖観世音菩薩・薬師如来・大日如来。 観音堂下の磐座のような場所から先にはとても長い山道が続いている。時間をかけてゆっくりと登った。途中で岩場のような場所が何か所かある。龍虎岩という小規模な岩窟のある場所には小さな御堂があったが,その岩窟の下で合掌し,通過した。 …
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埼玉県秩父郡小鹿野町般若:法性寺(その1)

過日,曹洞宗・般若山法性寺(埼玉県秩父郡小鹿野町般若)を参拝した。本尊は,聖観世音菩薩・薬師如来・大日如来。 下記の法性寺のサイトによれば,法性寺は,「奈良時代,行基の開創」と伝えられ,「弘法大師が一晩で大般若経六百巻を書上げた」との伝承から「般若」との名が起きたとのこと。現在の曹洞宗の寺院としては,貞永元年(1232年)に「眼応玄察…
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ひたちなか市:平磯周辺~那珂湊で観た鳥

本日,平磯海岸(茨城県ひたちなか市平磯町)方面に出かけた。 平磯海浜公園の駐車場にクルマを停め,海岸線沿いの歩道から海を眺めると,様々な鳥たちがやってきているのが見えた。 岩の上にはウミウやウミネコと思われる鳥がいた。砂浜や海面には渡りの途中と思われるカモの仲間がいた。種名の正確な同定はできない。 平磯海浜公園の四阿 …
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埼玉県秩父郡小鹿野町:お塚古墳

過日,お塚古墳(埼玉県秩父郡小鹿野町般若)を見学した。 お塚古墳は,日本武神社の南約250mのところにあり,現況は円墳状となっており,直径約15m・高さ約3mの円墳とされている。ただし,下方部一辺13m・高さ1m,上円部径7m・高さ1.5mの上円下方墳とする見解がある。 お塚古墳は,多胡碑と七輿山古墳の伝説で知られる羊太夫の墓とも言…
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埼玉県秩父郡小鹿野町般若:日本武神社

過日,日本武神社(埼玉県秩父郡小鹿野町般若)を参拝した。祭神は,日本武尊・保食神。 由緒書によれば,景行天皇の時代に日本武尊がこの地に滞在したことを契機に創始された神社とのこと。神仏習合の時代には別当である天台宗・般若院所蔵の大般若経の守護神となっている十六善神にちなみ般若経十六善神社(十六様)と呼ばれ,この「十六様」との呼称は現在ま…
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元旦に観た鳥

元旦なので,神社に参拝に行ってきた。 その帰りに少し遠回りして散策してきた。茶色の小鳥の群れと出逢った。たぶん,冬羽のカシラダカではないかと思う。 田圃では毎度お馴染みのアオサギと出逢った。
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栃木県那須郡那珂川町:健武山神社

過日,健武山神社(栃木県那須郡那珂川町健武・旧馬頭町)を参拝した。祭神は,日本武尊・金山彦命。 健武山神社は,大同元年(806年)の創始であり,式内社(下野國那須郡健武山神社)とされている。かつて,朝廷の軍事拠点だった場所だったことから日本武尊を祀り,また,神社の南側を東西に流れる武茂川が砂金の産地だったことから金山彦命を祀っていると…
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栃木県那須郡那珂川町:唐の御所横穴など

過日,唐の御所横穴(栃木県那須郡那珂川町和見・旧馬頭町)を見学した。 馬頭町史編さん委員会編『馬頭町史』(平成2年)の110~111頁によれば,旧馬頭町の和見地区(A群)には47基,北向田地区(B群)には16基,北向田地区(C群)には14基,小口地区等に9基の合計86基の横穴墓が認められ,「かつては100基を超える大横穴墓群であった」…
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謹賀新年

あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いします。 2021年元旦 山頂付近が巨大な前方後円墳のように見える筑波山 関越自動車道高坂SA付近から見た富士山
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