日立市十王町:藻島台古墳群(その1)

過日,藻島台古墳群(茨城県日立市十王町伊師)を見学した。「藻島」は「めしま」と読む。
十王町教育委員会編『十王町の遺跡』(1991年)の44~45頁によれば,藻島台古墳群は,合計16基(十王町側12基・高萩市側4基)で構成される古墳群とされているが,高萩市教育委員会及び茨城県教員委員会の見解では高萩市側にある古墳の総数は6基なので,この数字を基礎とすると合計18基の古墳で構成される古墳群ということになる。
藻島台古墳群所在地の行政区画は,南側半分くらいが十王町,北側半分くらいが高萩市となっており,その境界部分には東西に走る山道がある。古墳群を所管する教育委員会が異なるため,古墳群としての名称も異なっており,高萩市側に所在する古墳群は,藻島台古墳群という名称ではなく,上台古墳群という名称となっている。
このようなやり方は,特に合理性が認められるわけでもなく,単に国民を混乱させる結果しかもたらさないので,上台8号墳の記事の中で述べたように,抜本的な解決策を構築する必要性がある。更に,茨城県教育委員会編『重要遺跡調査報告書Ⅰ』(昭和57年3月)の106頁(藻島台古墳群の項)には「上台古墳群とあわせた保存計画に従って整備を図ることがのぞましい」との注記がある。

それはさておき,十王町側が所在地となっている1号墳~11号墳までは良いとして,高萩市側にある古墳に関しては混乱を避けるため,その対応関係を整理してみた。なお,この対応関係は,十王町側の藻島台10号墳と高萩市側の上台1号墳とは別の古墳ということを前提にしている。

   上台古墳群付番  藻島台古墳群付番

   1号墳      なし
   2号墳      13号墳
   3号墳      14号墳の前方部
   4号墳      14号墳の後円部
   5号墳      15号墳
   6号墳      16号墳

他方,藻島台古墳群の付番に関し,『重要遺跡調査報告書Ⅰ』の106頁では別の付番となっている。ただし,十分に調査が行われたのかどうか不明なのだが,古墳の数が6基となっており,現況と合わない。推定される対応関係は以下のとおり(『重要遺跡調査報告書Ⅰ』の配置図中には同報告書における6号墳所在地の記載はない)。

   十王町の遺跡付番 重要遺跡調査報告書Ⅰ付番

   1号墳      4号墳
   2号墳      なし
   3号墳      なし
   4号墳      なし
   5号墳      3号墳
   6号墳      1号墳
   7号墳      2号墳
   8号墳      なし
   9号墳      5号墳
   10号墳     なし
   11号墳     なし
   12号墳     なし

行政権限上では茨城県教育委員会の方が十王町教育委員会よりも上位なのだが,調査結果の精度からすれば,茨城県教育委員会による調査結果のほうがかなり劣るので,このブログ記事では,藻島台古墳群の古墳の付番について,『十王町の遺跡』の付番に従うことにした。

以上を前提にした上で,藻島台古墳群の4号墳(直径5m・高さ1mの円墳)と並んでいた2号墳(直径5m・高さ1mの円墳)及び3号墳(直径10m・高さ1.5mの円墳)は,宅地化して完全に湮滅している。
藻島台12号墳(墳形等不明)は,宅地造成中に破壊されて湮滅した。なお,藻島台12号墳の所在地は,削平されて宅地となっていたのだが,現在では空地になってしまったようだ。
藻島台12号墳の北東側に隣接していた11号墳(直径5m・高さ1mの円墳)の現況は宅地となっており,完全に湮滅したものと思われる。
上台3号墳及び4号墳(=藻島台14号墳・全長20mの前方後円墳)の所在地は,笹薮がひどくて入りこめそうになく,また,傾斜地であるために危険だと判断したこともあり,その所在地まで行かなかったので,現況を確認していない。

藻島台1号墳(直径15m・高さ3mの円墳)と4号墳の所在地は,公園として整備されており,1号墳と4号墳を容易に見学することができる。
1号墳及び4号墳の古墳の東側背後地の現況は山林となっている。現在では手入れをする人もなく,荒れた状態となっているけれども,この山林内に藻島台5号墳~9号墳が現存する。10号墳に関しては,一応現存と判断したけれども,観点の相違により,消滅またはもともと不存在と理解する人もあるだろうと思う。
藻島台8号墳(直径約10m・高さ1.5mの円墳)は,発見できなかった。高さのない古墳なので,アオキの藪に埋もれて見えなくなってしまっているのかもしれない。『重要遺跡調査報告書Ⅰ』の106頁に記載がないので,既に湮滅しているとも考えられる。

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公園入口の階段


藻島台1号墳は,公園化された区画の北側部分にある。比較的大きな古墳なので,すぐに見つけることができる。『十王町の遺跡』の44頁によれば,「墳頂部に盗掘孔が認められ,横穴式石室の天井石が露出している」とのこと。墳丘に登ってみたけれども,墳丘付近の盗掘孔は既に埋まってしまっているらしく,天井石の露出の有無を確認できなかった。


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西の方から見た藻島台1号墳


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北の方から見た藻島台1号墳


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藻島台1号墳の墳頂付近


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藻島台1号墳の墳丘上の葺石?


この公園には藻島台12号墳から出土した横穴式石室が移築され,現在でも保存されていることになっている。
藻島台1号墳の北西側すぐそばにそれらしいものがあった。ただし,この保存石室は,2号墳のものかもしれないとも思った。
他方,公園の階段を登ったところの左側(北側)に庭石のようなものが並べられている。石室材のようには見えず,『十王町の遺跡』の記述にある12号墳の石室の復元物のようにも見えない。もし石室材の一部だけを置いてあるのだとすれば,奥壁部分の石材かもしれない。しかし,そのような保存の仕方は,「石室の移築」の範疇には包含されない。
いろいろと考えた結果,1号墳の北西側すぐそばにある石室は,12号墳の移築石室に該当するのだろうと判断した。しかし,確実ではない。
公園管理者としては,標識や標柱等を設置して周知をはかるべきだと考えられる。


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移築・保存されている石室


藻島台4号墳は,公園化された区画の最南端付近(隣地宅地との境界付近)にある。墳丘上には石材がある。『十王町の遺跡』の44頁によれば,「墳頂平坦部はなく,石材も認められない」と記されているのに対し,「小さな横穴式石室がある。葺石も認められる」と記されているので,現状変更がなければ,公園内にある小古墳は2号墳であることになるが,地図と合わない。
2号墳が破壊された際に出た石材を4号墳の上に置いたのではないかと想像されるものの,確実な証拠はない。あるいは,4号墳も既に湮滅しており,2号墳を公園内に移築・復元したとも想像され得る。
所管教育委員会が正式に精密調査を実施し,確実な情報をWeb上で提供すべきだと思う。
このブログ記事では,現存する小古墳が2号墳ではなく4号墳だという前提で記事を書くことにした。

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北西の方から見た藻島台4号墳


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南西の方から見た藻島台4号墳


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藻島台4号墳の墳丘上の石材


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別の角度から見た藻島台4号墳の墳丘上の石材

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