稲敷市小野:逢善寺

過日,天台宗・慈雲山無量寿院逢善寺(茨城県稲敷市小野)を参拝した。本尊は,千手観世音菩薩。 逢善寺は,常陸国司小野篁の命により,天長3年(826年),最澄の弟子逢善道人によって創建された寺院とのこと。 本堂は,とても大きく,この規模のものはそうそうあるものではないと思った。 仁王門にある木像金剛力士像は,茨城県指定文化財となってい…
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水戸市:妙徳寺付近古墳群

過日,妙徳寺付近古墳群(茨城県水戸市加倉井町)を見学した。 妙徳寺付近古墳群は,妙徳寺の南約250mのところにある稲荷神社の基壇部となっている小さな円墳と,妙徳寺の北側にある2基の円墳の合計3基の円墳によって構成されている。今回は,妙徳寺の北側にある2基の円墳を見学した。 1基目の円墳は,妙徳寺境内地の西側を南北に走る道路沿いに…
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水戸市加倉井町:妙徳寺と加倉井館跡

過日,日蓮宗・隠井山高在院妙徳寺(茨城県水戸市加倉井町)を参拝した。本堂の額には「妙徳精舎」と記されている。 日蓮宗の寺院としては,水戸市最古の寺院とされている。 妙徳寺の所在地は,波木井実氏(後の加倉井氏)の居城だった加倉井館の遺跡となっている。妙徳寺の境内北側にある墓地区画周辺には加倉井館のものと思われる土塁や空堀等が残されてい…
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茨城県久慈郡大子町:しゃも料理など

過日,仲山古墳群を見学した後,大子町の中心部の方に戻り,昼食をとった。事前に何も調べていなかったのだが,大子町の各所に「しゃも」が特産品だと表示されていたので,Googleでしゃも料理を出す店を探し,弥満喜(茨城県久慈郡大子町大子)という店に寄ってみることにした。 幸い席が空いていたので,そこで昼食をとることに決めた。 メニューを見…
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茨城県久慈郡大子町矢田:仲山古墳群とその周辺(その3)

過日,仲山古墳群(茨城県久慈郡大子町矢田)を見学した。 仲山古墳群に関しては,測量調査と一部発掘調査が行われており,その調査結果は,大子町史編さん委員会編『大子町史料別冊(2) 大子町の遺跡と遺物-遺跡地名表・分布図-』(昭和56年)及び大子町史編さん委員会編『大子町史料別冊(VII) 仲山古墳群三号墳発掘調査報告書』(昭和61年)の…
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茨城県久慈郡大子町矢田:仲山古墳群とその周辺(その2)

過日,仲山古墳群の6号墳(茨城県久慈郡大子町矢田)を見学した。 仲山古墳群に関しては,測量調査と一部発掘調査が行われており,その調査結果は,大子町史編さん委員会編『大子町史料別冊(2) 大子町の遺跡と遺物-遺跡地名表・分布図-』(昭和56年)及び大子町史編さん委員会編『大子町史料別冊(VII) 仲山古墳群三号墳発掘調査報告書』(昭和6…
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茨城県久慈郡大子町矢田:仲山古墳群とその周辺(その1)

過日,上岡古墳群を見学した後,熊野神社(茨城県久慈郡大子町矢田)の所在地付近に移動した。 熊野神社のある馬の背のような細長い小山の尾根上には仲山古墳群が所在している。仲山古墳群に関しては,測量調査と一部発掘調査が行われており,その調査結果は,大子町史編さん委員会編『大子町史料別冊(2) 大子町の遺跡と遺物-遺跡地名表・分布図-』(…
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茨城県久慈郡大子町:上岡古墳群とその周辺

過日,上岡古墳群(茨城県久慈郡大子町上岡)を見学した。 上岡古墳群は,2基の円墳で構成されている。下記の大子町のサイトによれば,上岡1号墳は、基底長径8.0m・高さ1.4mの不整合な円墳で,横穴式石室が一部露呈しており,上岡2号憤は,2号墳の北側約10mに位置し,基底長径7.8m・高さ1.6mの不整合な円墳とされている。 古墳所在地…
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かすみがうら市深谷:稲荷塚古墳群

過日,稲荷塚古墳群(茨城県かすみがうら市深谷)を見学した。 霞ヶ浦町教育委員会・茨城大学考古学研究室編『霞ヶ浦町遺跡分布調査報告書-遺跡地図編-』(2001)の107頁の記載及び122頁の分布図によれば,稲荷塚古墳群は,国道354号線と茨城県道197号線が交差する加茂入口交差点の東約800m付近に所在し,5基の円墳で構成される古墳群と…
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かすみがうら市牛渡:兵庫峰古墳群

過日,兵庫峰古墳群(茨城県かすみがうら市牛渡)の一部を見学した。 兵庫峰古墳群は,現在では廃校になっている旧牛渡小学校の南にある兵庫峰という小山周辺に分布する5基の円墳で構成される古墳群。それらの古墳中の2基(2号墳と3号墳)は,県道141号線を段丘下に下る切通しの法面上(東側)にあるので,道路から見ることが可能というので現地に出かけ…
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かすみがうら市牛渡:貯水施設付近に置かれていた石棺材?

かすみがうら市の房中公民館(茨城県かすみがうら市牛渡)の北東約300mの台地状に2基の大きな貯水槽のようなものが並ぶ施設がある。そのすぐ傍の鋭角になった三角形の交差点付近を通りかかった際,路傍に石棺材のようなものが置いてあるのを見つけた。石棺材であるかどうかは確実ではないけれども,たぶんそうだろうと思う。 仮に石棺材であるとして,それ…
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かすみがうら市牛渡:金剛寺

過日,真言宗豊山派・和光山獨鈷院金剛寺を参拝した。 金剛寺は,牛渡銚子塚古墳の北西約400mのところにある。金剛寺の南側~南西側一帯は,千体寺前遺跡と呼ばれる奈良・平安時代及び近世の遺跡包蔵地(現況は集落・畑・山林)となっている。また金剛寺の西側一帯は,細内遺跡と呼ばれる先史時代~近世の複合遺跡の遺跡包蔵地(現況は集落と畑)となってい…
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かすみがうら市牛渡:鹿嶋神社と寺ノ内古墳群

過日,鹿嶋神社(茨城県かすみがうら市牛渡)を参拝した。 鹿嶋神社は,牛渡銚子塚古墳の東約400mのところにある。牛渡地区とその周辺には鹿嶋神社(鹿島神社)が比較的多いように思う。 この時に参拝した鹿嶋神社は,806年に創建され,武甕槌命を祀り,「本鹿嶋」と呼ばれる神社とのこと。 天慶の乱で焼失した後,源義家によって復興された神社ら…
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稲敷市:大杉神社

2018年の12月のことだが,大杉神社(茨城県稲敷市阿波)を参拝した。祭神は,倭大物主櫛甕玉大神。 神護景雲元年(767年)創始の神社とのこと。全国各地にある大杉神社の総本宮。 本殿等の建物は壮麗で,驚くばかり。狛犬も非常に立派なものだった。境内には多数の境内社等がある。私が訪問した時には参拝客が多く,写真に写り込んでしまうのを避け…
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牛久市牛久町:八坂神社

過日,八坂神社(茨城県牛久市牛久町)を参拝した。 あまり知られていない神社かもしれないが,古くからある神社だろうと思う。位置関係からして,牛久城の北の鬼門を守護するための場所に所在する神社であることは疑いようがない。八坂神社前の道路を南の方へ進むと,ほどなくして牛久城の大手門跡付近に至ることができる。 八坂神社の境内には非常に多数の…
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下野市:三王山古墳群32号墳

2020年3月下旬のことだが,三王山古墳群の32号墳(栃木県下野市三王山)を見学した。 三王山古墳群に関する詳細情報は,財団法人栃木県文化振興事業団編『栃木県埋蔵文化財調査報告第71集・住宅・都市整備公団・小山・栃木都市計画事業 自治医科大学周辺地区 昭和59年度埋蔵文化財発掘調査概報』(昭和60年3月)の8~11頁にある。 同概報…
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つくば市小茎:八坂神社

過日,八坂神社(茨城県つくば市小茎)を参拝した。祭神は,素戔嗚尊。 この地区の鎮守となる神社なのだが,境内に立てられている説明板によれば,非常にユニークな由緒があるようだ。 本殿は,質素ながらもなかなか立派なものだった。 多数の境内社があるほか,古い道祖神や庚申塔などもあり,全体として文化財としての価値の高い神社なのではないかと思…
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牛久市:東林寺と東林寺城跡

過日,曹洞宗・福壽山東林寺(茨城県牛久市新地町)を参拝した。 東林町は,戦国時代の岡見氏の城である東林寺城跡の中にあり,その境内の墓地区画には五輪塔が2基保存されている。現地説明板によると室町時代のものとされている。下記の広報うしくの記事によれば,東林寺を開基した尾上治胤のものとのこと。 城跡の大半が畑地になっているため,城の様子を…
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小美玉市:泥障塚古墳群

過日,泥障塚古墳群(茨城県小美玉市納場)の一部を見学した。 泥障塚古墳群は,2基の前方後円墳と5基の円墳の合計7基の古墳によって構成される古墳群。古墳群所在地付近が宅地開発されたため,3号墳(円墳)が宅地の中の区画に保存されることになり,他の古墳は宅地化されなかった山林の中で保存されることになった。 この山林の西辺付近には古代の官道…
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笠間市:二子塚古墳群1号墳

過日,二子塚古墳群の1号墳(茨城県笠間市市野谷)を見学した。 二子塚古墳群は,岩間市立岩間第三小学校の周辺に分布し,3基の円墳で構成される古墳群とされている。 二子塚1号墳は,岩間第三小学校の南西に位置する住宅街の南端付近に公園として整備されて保存されている。公園内は丁寧に手入れされている。道路によって一部掘削されているとはいえ,良…
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かすみがうら市坂:般若寺と稲荷神社と羽黒古墳群(東方古墳群)

過日,真言宗豊山派・般若寺と稲荷神社(茨城県かすみがうら市坂)を参拝した。 般若寺は,かすみがうら市歴史博物館の北西約600mのところにある。般若寺が所蔵する「絹本著色釈迦十六善神図」は,かすみがうら市歴史博物館に寄託されている。 般若寺の所在地周辺は,東3遺跡と呼ばれる遺跡包蔵地(縄文・弥生・古墳・近世)となっている。古くから人々…
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かすみがうら市田伏:堀ノ内古墳

過日,堀ノ内古墳(茨城県かすみがうら市田伏)を見学した。 堀ノ内古墳は,田伏農村集落センターの北約50mのところに所在する。山の中なので,アクセス不可能だろうと思っていたのだが,桜山古墳を見学した後,田伏農村集落センターに戻ってよく見ると,北の方に入る山道があることに気づき,行けるところまで行ってみようと思った。道なりに進むと尾根北端…
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かすみがうら市田伏:桜山古墳

過日,桜山古墳(茨城県かすみがうら市田伏)を見学した。 霞ヶ浦町教育委員会・茨城大学考古学研究室編『霞ヶ浦町遺跡分布調査報告書-遺跡地図編-』(2001)の105頁によれば,桜山古墳は,直径26.5m・高さ3mの「円墳?」とされている。 桜山古墳は,田伏農村集落センターの南約50mのところにあり,墳丘の北西裾には小さな御堂がある。 …
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下野市:三王山古墳群19号墳

2019年6月のことだが,三王山ふれあい公園(栃木県下野市三王山)を訪問し,同公園内にある古墳を見学した後,同公園の南の方の少し離れたところにある古墳も見学した。 墳丘は,道路から見えるのだが,畑の中にある。私が現地を訪問した際,たまたま土地所有者の方が畑仕事をしている最中だったので,挨拶した上で,お願いしたところ,墳丘の近くに寄って…
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行方市行方:茶臼山古墳

過日,茶臼山古墳(茨城県行方市行方)の所在地を訪問した。 佐々木憲一・田中裕編『続常陸の古墳群』(六一書房)の193頁によれば,茶臼山古墳は,全長約50mで,前方部を北東の方に向けた前方後円墳とされている。しかし,墳丘の東側半分以上の部分が旧行方小学校のプールのために削平されている。その削平の際に箱式石棺が発見され,直刀が出土したのだ…
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行方市南高岡:稲荷神社

過日,稲荷神社(茨城県行方市南高岡)を参拝した。その境内地茨城県道184号島並鉾田線に面している。 小さな稲荷神社で,畑の隅にあるのだが,社殿背後(北側)には小さな円墳のような形状の築山がある。この築山は,現時点では信仰塚とも古墳ともされていない。どの時代に構築された築山なのかはわからない。この稲荷神社の近隣には近世の塚が幾つかあるの…
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行川市:化蘇沼稲荷神社

過日,化蘇沼稲荷神社(茨城県行方市内宿)を参拝した。祭神は,倉稲魂命。鳥居の額には「正一位化蘇沼稲荷大明神」と記されている。 化蘇沼稲荷神社は,関取神社としても知られ,境内には立派な土俵と関連石碑等がある。鳥居の脇にはヤマトタケルの伝承と関係する像と説明板がある。また,古くから俳句の盛んな地であったらしく,芭蕉などの句碑のほか,きたう…
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鉾田市:尼辺二十三夜塚

過日,尼辺二十三夜塚(茨城県鉾田市野友)を見学した。 鉾田町史編さん委員会編『鉾田町史 原始古代史料編』(1995年)の140~141頁によれば,尼辺二十三夜塚は,3基の塚で構成され,中央の一番大きな塚は直径10m・高さ3mで2基の石塔があるとされ,また,中央の塚の北東には直径5m・高さ1mの塚があり,中央の塚の北には直径6m・高さ1…
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かすみがうら市:新田後古墳群と馬宮古墳群など

過日,かすみがうらゴルフクラブ(茨城県かすみがうら市田伏)のクラブハウス付近(東側道路沿い)にある古墳所在地を見学した。所在地情報等に関しては,霞ヶ浦町教育委員会・茨城大学考古学研究室編『霞ヶ浦町遺跡分布調査報告書-遺跡地図編-』(2001)の105~106頁の記載に従うことにした。 かすみがうらゴルフクラブのクラブハウス入口の東…
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稲敷市上根本:釈迦堂

過日,羽黒山称蓮社釈迦堂(茨城県稲敷市上根本)を参拝した。 釈迦堂は,時宗・遍照山根本院阿弥陀寺の境外仏堂とのこと。釈迦堂には県指定の有形文化財「釈迦如来涅槃像」が安置されている。毎年6月に阿弥陀寺の主宰により花まつりが挙行され,賑わうらしい。境内には保久利地蔵がある。以前,「保久利」の由来について調べたことがある。 釈迦堂の所在地…
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稲敷市下根本:神明神社と古墳

過日,神明神社(茨城県稲敷市下根本)を参拝した。 社殿のつくりは立派で,お金をかけて改修されていることはわかるのだが,現在ではあまり世話をされていないように見える。滅びゆく神社なのかもしれない。 神明神社の境内地の南側一帯は長者屋敷跡と呼ばれる奈良・平安・近世の遺跡包蔵地だったようだが,現在では開削されて湮滅している。 神明神社の…
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龍ヶ崎市板橋町:境台塚群(境台古墳群)

だいぶ前に見学したことのある古墳群所在地なのだが,龍ヶ崎市史編さん委員会編『龍ヶ崎市史 原始古代資料編』(平成7年)の104頁では古墳群ではなく近世の塚群であり,2基の塚がある旨の記載になっているので,過日,境台古墳群の所在地(茨城県龍ヶ崎市板橋町)を再訪した。いばらきデジタルマップ上では,境台古墳群(方墳1,円墳3)と表示されている。…
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龍ヶ崎市大塚町:御嶽神社と古墳群と塚群

過日,御嶽神社(茨城県竜ケ崎市大塚町)を参拝した。 境内には石棺材のように見える多数の石材がある。これらの石材がどこから来たものなのかは不明。 御嶽神社の境内及びその周辺は,地蔵下遺跡と呼ばれる古墳時代の遺跡包蔵地となっている。 なお,いばらきデジタルマップの表示によれば,御嶽神社の南約100mのところにある段丘崖及び段丘縁付近に…
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かすみがうら市:養老田古墳

過日,養老田古墳(茨城県かすみがうら市戸崎)を見学した。 霞ヶ浦町教育委員会・茨城大学考古学研究室編『霞ヶ浦町遺跡分布調査報告書-遺跡地図編-』(2001)の111頁によれば,養老田古墳は,ワンウェイゴルフクラブ(茨城県土浦市沖宿)のクラブハウスの北約200mのところにある交差点の鋭角になった三角形の土地にあり,直径16m・高さ4mの…
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茨城県結城郡八千代町:仁江戸古墳群5号墳

過日,仁江戸古墳群の5号墳(茨城県結城郡八千代町)を見学した。 筑波大学歴史・人類学系「筑波大学先史学・考古学研究調査報告5 古墳測量調査報告書Ⅰ-茨城南部古代地域史研究-」(1991)の40~42頁によれば,仁江戸5号墳は,直径32m・高さ7.5mの円墳とされている。仁江戸5号墳は,中山自動車鈑金整備工場の建物のすぐ東側にある。 …
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水戸市:吉田古墳と別春館

過日,吉田古墳(茨城県水戸市元吉田町)を見学した。 吉田古墳は,吉田古墳群の1号墳とも呼ばれ,対辺間26mの八角形墳とされている。その詳細は,水戸市教育委員会「吉田古墳Ⅱ-史跡整備計画に伴う吉田古墳群第1号墳の第3次発掘調査報告書-」(2007)及び水戸市教育委員会「吉田古墳Ⅲ-史跡整備計画に伴う吉田古墳群第1号墳の第4・5次発掘調査…
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茨城県稲敷郡美浦村:如来寺と古墳

過日,天台宗・一向山西方院如来寺(茨城県稲敷郡美浦村郷中)を参拝した。本尊は,大日如来。 説明板によれば,元は浄土真宗の寺院だったけれども,後に天台宗の寺院となり,今日に至っているようだ。 如来寺の境内地は,土塁のようなもので囲まれており,中世の館跡のような印象を受ける。高橋嘉朗「美浦村の古墳と古墳群」美浦村史研究6号36頁にも同旨…
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下野市:橋本神社と古墳

過日,橋本神社(栃木県下野市橋本)を参拝した。祭神は,天照皇大神・須佐之男命・建御名方命・倉稲魂命・大山祇命・火産霊命・大雷神・猿田彦命・菅原道真。 元は11社の別の神社だったらしいのだが,明治35年(1902年)の大暴風雨によって全社倒壊してしまったので,それらの11社を合祀し,現在の鎮座地に橋本神社を建てたとのことだ。境内地は,元…
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下野市:石橋愛宕神社と古墳石室材

過日,石橋愛宕神社(栃木県下野市石橋)を参拝した。祭神は、火産霊命。 小雨の降る中での参拝となったけれども,記録のためアップすることにした。 石橋愛宕神社の社殿はとても立派なものだった。多数の境内社等がある。 愛宕神社は,元は別の場所に鎮座していたけれども,東北本線の線路敷設のために現在の場所に遷座したとのこと。また,同じ線路敷設…
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下野市下長田:長田神社と古墳

過日,長田神社(栃木県下野市下長田)を参拝した。祭神は,火産霊命・鳴雷神。境内社として稲荷神社がある。 訪問した日は移動中に雨が降り出し,小雨の中での参拝ということになった。あまり良い写真ではないけれども,記録のためにアップすることにした。 長田神社の基壇部は,長田塚古墳と呼ばれる古墳であり,石橋町史編さん委員会編『石橋町史 第1巻…
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モンクロギンシャチホコの幼虫

ある寺院の観音像の脇に大きなシダレザクラの樹があり,垂れ下がった枝の葉を何の気なしに観たら,枯葉のようなものがくっついていた。変わった昆虫かと思い,近づいてみると,蛾の幼虫だった。念のため写真を撮っておいた。 あとで調べてみた。どうやらモンクロギンシャチホコ(Wilemanus bidentatus)の幼虫のようだ。 なかなかクール…
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鉾田市当間:辰ノ峰古墳群

過日,辰ノ峰古墳群(茨城県鉾田市当間)を見学した。 辰ノ峰古墳群は,八大竜神社の裏(北側)にある林の中に所在している。その林のある小山の北西側端は,掘削により切り立った崖となっており,危険なので,足腰の弱い人,山歩きに不慣れな人や子どもが立ち入ることは避けた方が良い。この私も若くはないので,これが最初で最後の訪問となるだろう。 …
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鉾田市当間:山倉神社と八大竜神社

過日,山倉神社と八大竜神社(茨城県鉾田市当間)を参拝した。 茨城県道18号線から鉾田総合公園に入る道の分岐点には鉾田総合公園の掲示板がある。その掲示板の裏に山倉神社がある。 八大竜神社は,山倉神社の東に位置する小山の上にある。山倉神社の裏(東側)に降りる歩道を進むと八大竜神社の木の鳥居が見えてくる。その鳥居から参道を登ると八大竜神社…
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かすみがうら市下志筑:文殊院と古墳

過日,真言宗智山派・豊森山文殊院(茨城県かすみがうら市下志筑)を参拝した。本尊は,文殊菩薩。 文殊院の所在地は,中世から常源寺が所在した場所とされている。現在の文殊院は,慶安2年(1649年)に真言宗の寺院として中興開山されたとのこと。地形等から見て,中世の城郭の一部(寺郭)を構成していたのではないかと想像される。 文殊院には阿弥陀…
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ヤブカンゾウの花とオオチャバネセセリ

散策中,ヤブカンゾウ(Hemerocallis fulva var. kwanso)が群落のように生えて開花している場所を通った。ちょっと立ち止まり,その花の写真を撮っていたら,目の前の花にセセリチョウの仲間がとまっているのを見つけた。早速写真を撮った。 帰宅してから調べてみた。どうやらオオチャバネセセリ(Zinaida pelluc…
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行方市谷島:正念寺と古墳

過日,浄土宗・得生山正念寺(茨城県行方市谷島)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。 境内には明照大師700回忌碑がある。明照大師は,浄土宗の宗祖法然上人に対して明治天皇から加諡宣下された大師号とのこと。 正念寺の南西約800mのところには東福寺古墳及び東福寺北古墳のある東福寺があり,その中間付近の山頂には兜塚古墳(全長99mの前方後円墳…
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かすみがうら市:小沼弁天塚古墳

過日,小沼弁天塚古墳(茨城県かすみがうら市坂)を見学した。 霞ヶ浦町教育委員会・茨城大学考古学研究室編『霞ヶ浦町遺跡分布調査報告書-遺跡地図編-』(2001)の107頁によれば,小沼弁天塚古墳は,直径17m・高さ2mの円墳とされている。 小沼弁天塚古墳は,かすみがうら市歴史博物館の南西約800mのところに所在し,茨城県道118号石岡…
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小美玉市:寺前古墳

過日,寺前古墳(茨城県小美玉市下馬場)を見学した。 小川町史編さん委員会編『小川町史 上巻』(昭和57年)の71頁によれば,寺前古墳は,直径25m・高さ4.5mの円墳とされている。同書71頁には,「円墳(前方後円墳?)である」とした上で,「立ち上がり部分や墳頂がかなり削られ変形している」との注記がある。 寺前古墳の所在地は,小美玉市…
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鉾田市青柳:香取鹿島神社と宮山古墳群

過日,香取鹿島神社(茨城県鉾田市青柳)を参拝した。祭神は,武甕槌命・経津主命。 下記の茨城県神社庁のサイトの説明によれば,日本武尊によって上河原に奉斎されたのが始まりとのこと。非常に古い神社ということになる。 現在の境内地は,3度目の遷座地らしい。現在の鎮座地は半島状の台地の上なので,滅多なことでは水害に遭うこともないだろうと思った…
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行方市浜:東福寺と古墳

過日,天台宗・瑠璃光山薬王院東福寺(茨城県行方市浜)を参拝した。本尊は,薬師如来。 説明板によると,観応2年(1351年)に創建された薬王院に始まる寺院で,大いに賑わったけれども,江戸時代に大火により焼失し,その後,弘化5年(1848年)に天台宗の寺院として再建されたとのこと。楼門(仁王門)や本堂(薬師堂)等はとても立派なものだった。…
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行方市浜:素鵞神社

過日,素鵞神社(茨城県行方市浜)を参拝した。祭神は,小美玉市の素鵞神社と同じく牛頭天王(須佐之男命)とのこと。 素鵞神社は,西地区浜公園の北東に位置する山の上にあり,階段を登ると社殿がある。社殿の敷地は山の尾根の一部を掘削してつくられたもののようで,社殿の左右には残地となった尾根部分が小山のように残っている。それぞれの小山の頂点付近に…
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かすみがうら市戸崎:八幡神社(八幡神社胎安子安神社)と古墳

過日,八幡神社(茨城県かすみがうら市戸崎)を参拝した。 神社入口の石柱には「八幡神社胎安子安神社」と記されているので,八幡神社と胎安子安神社が一緒になった神社ということになる。 八幡神社の祭神は,品陀和気命(応神天皇)。胎安子安神社の祭神は,不詳だが,木花咲耶姫命と思われる。なお,茨城県かすみがうら市西野寺の胎安神社の祭神は,木花開…
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小山市:外城2号墳

過日,外城2号墳(栃木県小山市外城)を見学した。 外城2号墳は,外城公民館の北東約20mのところに所在している。下記の小山市のサイト内にある外城2号墳の解説によれば,外城2号墳は,「直径約20メートル,現在の高さが約1メートルの円墳と推定され」,「石室・墓道がほぼ完全に遺存している古墳はきわめて少なく,県下でも貴重な事例である」とされ…
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オオバノトンボソウ

何だかんだでバタバタしていて,予想どおり,オオバノトンボソウ(Platanthera minor)の開花期が過ぎてしまったので,花後の状態しか見られないだろうと思いつつ,自宅から最も近い自生地に寄ってみた。ちょっとだけ花が残っていた。
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トノサマバッタ

先日,里山を散策中,トノサマバッタ(Locusta migratoria)を見た。散策中にはクルマバッタ(Gastrimargus marmoratus)やクルマバッタモドキ(Oedaleus infernalis)を見かけることが多く,トノサマバッタが減ってしまったかのような印象を受けていたのだが,今年はどうもそうでもないようだ。 …
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栃木県下都賀郡壬生町壬生乙:浅間神社と古墳

過日,浅間神社(栃木県下都賀郡壬生町壬生乙)を参拝し,その基壇部となっている古墳を拝見した。社殿の額には「富士山」と記されている。 浅間神社は,西高野公民館のすぐ西側にあり,東向きに正面階段があり,階段の左側に境内社等がある。 壬生町史編さん委員会編『壬生町史 資料編 原始古代・中世』(昭和62年)の365頁によれば,浅間神社の基壇…
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栃木県下都賀郡壬生町上田:不動院と山崎古墳群

過日,真言宗智山派・不動院(栃木県下都賀郡壬生町上田)を参拝した。「上田」は「かみだ」と読む。 境内には石塔がある。また,明治時代につくられたという天棚が保存されているとのこと。ただし,祭りのある時以外は保存庫の中にあり,目にすることができないようだ。 不動院の境内には山崎古墳群を構成する2基の古墳がある。 壬生町史編さん委員会編…
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栃木県河内郡上三川町:愛宕塚古墳石室

過日,愛宕山古墳(栃木県河内郡上三川町上三川)の敷地内に保存されている愛宕塚古墳石室を見学した。 下記の上三川町のサイトの説明によれば,愛宕塚古墳は,現在の石室保存場所の約30m南にあったけれども,忠霊塔を立てる際に掘り出され,現在の保存場所に移転復元されたとのことだ。上三川市編さん委員会編『上三川町史 資料編 原始・古代・中世』(昭…
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セスジスズメの幼虫

散策していたら,遊歩道の舗装の割れ目から生えているアカバナ科のユウゲショウ(Oenothera rosea)をモサモサと食べている黒く大きなイモムシがいるのを見つけた。スズメガの一種の幼虫だろうと思い写真を撮っておいた。あとで調べたところ,どうやらセスジスズメ(Theretra oldenlandiae)の幼虫のようだ。
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ナナフシ(ナナフシモドキ)

ある神社に参拝したところ,拝殿の扉にナナフシ(ナナフシモドキ)がいた。体長10cmほどでメスと思われる。本当に久しぶりに見た。何かのお告げのようなものかもしれない。 なお,ナナフシ(ナナフシモドキ)の現在の学名は,「Ramulus mikado」となっているようだ。
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栃木県河内郡上三川町:神主19号墳と21号墳

過日,神主19号墳と21号墳(栃木県河内郡上三川町下神主)を見学した。 神主19号墳は,夜泣き止め塚古墳とも呼ばれ,直径約39m・高さ3.9mの円墳とされている。神主19号墳の所在地は,上三川霊園の南東約150mの山林内なのだが,その林内を東西に走る道路の脇(北側)にあり,道路から墳丘が見える。実際に観た印象としては,そんなに高さ…
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栃木県芳賀郡益子町:田中古墳群

過日,田中古墳群(栃木県芳賀郡益子町七井)を見学した。 田中古墳群は,七井台町公民館の北側に広がる畑地に点在する古墳群で,益子町史編さん委員会編『益子町史 第1巻 考古資料編』(昭和62年)の389頁によれば,現存する古墳は5基の円墳とのこと。現地で確認したところ,2基の円墳は近づくことができないところにあるため現存の有無がわからず,…
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鉾田市:野友古墳群(その2)

野友古墳群(茨城県鉾田市野友)を見学してきた。 野友古墳群は,現在では2基の前方後円墳と4基の円墳の合計6基で構成される古墳群とされているが,以前は4基の古墳で構成される古墳群とされていた。その当時に刊行された鉾田町史編さん委員会編『鉾田町史 原始古代史料編』(1995年)の141~143頁に旧1号墳~旧4号墳(新3号墳~新6号墳)の…
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鉾田市:野友古墳群(その1)

野友古墳群(茨城県鉾田市野友)を見学してきた。 野友古墳群は,野友串挽一里塚ロードパーク駐車場のすぐ南側にある崖上付近に分布している。自動車が走行可能な道路は,長峰商店鉾田南給油所と株式会社鹿行機材のある交差点付近から南西に登り,株式会社鹿行機材の南約60mのところから東に折れるやや狭い道路があるけれども,駐車スペースに難があるので,…
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栃木県芳賀郡益子町:長堤八幡古墳群(その2)

長堤八幡宮の境内地及びその周辺は,長堤八幡古墳群の所在地であり,現在でも幾つかの古墳が残さている。長堤八幡古墳群に関しては,益子町史編さん委員会編『益子町史 第1巻 考古資料編』(昭和62年)の545~555頁に配置図と解説がある。 12号墳は,11号墳と長堤八幡宮との間の境内林の中にあり,直径15m・高さ0.5mの円墳とされてい…
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栃木県芳賀郡益子町:長堤八幡古墳群(その1)

長堤八幡宮の境内地及びその周辺は,長堤八幡古墳群の所在地であり,現在でも幾つかの古墳が残さている。長堤八幡古墳群に関しては,益子町史編さん委員会編『益子町史 第1巻 考古資料編』(昭和62年)の545~555頁に配置図と解説がある。 長堤八幡古墳群は,昭和62年の時点において2基の前方後円墳と18基の円墳の合計20基の古墳で構成される…
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栃木県芳賀郡益子町:長堤八幡宮

過日,長堤八幡宮(栃木県芳賀郡益子町長堤)を参拝した。祭神は,譽田別命。大物主命・大山祇命・素盞嗚命を配祀している。 長堤八幡宮は,巨大な石鳥居で有名だったのだが,東日本大震災の時に倒壊してしまい,現在の鳥居は,その後に再建されたもの。元の石鳥居の残骸と台座岩が新鳥居の脇にある。 その台座岩は,かなり大きなもので,古墳石室の天井石の…
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最近立ち寄った蕎屋と食堂

寺社や古墳を見学するためにクルマで移動中,コンビニのサンドイッチや弁当でランチを済ませてしまうことが多い。しかし,良さそうな店を見かけると立ち寄ることもある。たいていの場合,昼食時には満席で入れないので,そういう店に入るのは11時頃とか1時半過ぎとか変則的な時刻となってしまう。 新型コロナの関係でどの店も対応に大変そうだ。 そうした…
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印西市小林:浅間山古墳群

過日,浅間山古墳群(千葉県印西市小林)を見学した。 千葉県文化財保護協会編『千葉県所在古墳群詳細分布調査報告書』(平成2年3月)の105頁及び図10によれば,浅間山古墳群は,JR成田線小林駅南東約200mのところある浅間山公園内にあり,15m級の2基の円墳で構成されている。 浅間山公園は,全体として小山のような場所で,その山頂付近は…
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成田市猿山:宰府神社と古墳

過日,宰府神社(千葉県成田市猿山)を参拝した。祭神は,菅原道真。 宰府神社は,JR成田線滑川駅のすぐ西側にある。鳥居には「天満宮」と記されている。 方墳のような形状をした基壇の上に社殿が2つあり,一方が天満宮で他方が神明宮となっている。 千葉県文化財保護協会編『千葉県所在古墳群詳細分布調査報告書』(平成2年3月)の118頁及び図5…
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千葉県香取郡神崎町:西の城貝塚と古墳群

過日,西の城貝塚(千葉県香取郡神崎町並木)を見学した。 西の城貝塚は,神崎町の「わくわく西の城」という施設のある台地上にある。新型コロナの関係で若干面倒だったけれども,「わくわく西の城」の事務室窓口で所定の手続をし,貝塚保護用の覆屋の鍵を借り,自分で開錠し,見学の後に施錠した。 この貝塚は,縄文時代早期初頭の貝塚とされ,保護用覆屋の…
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茨城県稲敷郡美浦村:永巖寺と木原清月古墳群

過日,曹洞宗・実照山永巖寺(茨城県稲敷郡美浦村木原)を参拝した。応永元年(1394年)に木原城主近藤利貞が開基した寺院とのこと。 木原城址公園二の曲輪入口付近にある説明板(木原城の復元図)によれば,永巖寺の境内地は,三の曲輪の西に位置する寺郭とされており,永巖寺の裏手(東~南東側)には古墳を二次利用した櫓台のようなものが幾つか点在して…
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茨城県稲敷郡美浦村:木原白籏古墳群3号墳~6号墳

過日,木原白籏古墳群の所在地(茨城県稲敷郡美浦村木原)を再訪した。 木原白籏古墳群の1号墳は,愛宕山古墳と呼ばれ,2号墳は白籏石尊古墳と呼ばれている。 木原白籏古墳群の3号墳~6号墳の所在地は,白籏石尊古墳の西~南西にかけての段丘西側縁付近。木原白籏古墳群の配置図等は,高橋嘉朗「美浦村の古墳と古墳群」美浦村史研究6号27~46頁(平…
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茨城県稲敷郡美浦村:茂呂根本台古墳群1号墳

過日,茂呂根本台古墳群の所在地(茨城県稲敷郡美浦村茂呂)を訪問し,その1号墳を見学した。 高橋嘉朗「美浦村の古墳と古墳群」美浦村史研究6号27~46頁(平成2年)によれば,茂呂根本台1号墳は,茂呂地区田園都市センターの敷地内東側にある小山がそれに該当し,長さ77.6m・幅37.1mの楕円形のような形状をした古墳であり,北側の方の墳頂付…
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栃木県下都賀郡壬生町:磐裂根裂神社と安塚内原古墳群(その3)

過日,磐裂根裂神社(栃木県下都賀郡壬生町安塚字内屋敷405)を参拝した。 壬生町史編さん委員会編『壬生町史 資料編 原始古代・中世』(昭和62年)の364頁及び添付図面・壬生町遺跡分布図2によれば,磐裂根裂神社が鎮座する森の中及びその南側付近は,4基の円墳で構成される安塚内原古墳群の所在地となっている。 安塚内原3号墳は,安塚内…
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栃木県下都賀郡壬生町:磐裂根裂神社と安塚内原古墳群(その2)

過日,磐裂根裂神社(栃木県下都賀郡壬生町安塚字内屋敷405)を参拝した。 壬生町史編さん委員会編『壬生町史 資料編 原始古代・中世』(昭和62年)の364頁及び添付図面・壬生町遺跡分布図2によれば,磐裂根裂神社が鎮座する森の中及びその南側付近は,4基の円墳で構成される安塚内原古墳群の所在地となっている。 安塚内原1号墳を基壇部と…
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栃木県下都賀郡壬生町:磐裂根裂神社と安塚内原古墳群(その1)

過日,磐裂根裂神社(栃木県下都賀郡壬生町安塚字内屋敷405)を参拝した。祭神は,磐裂命・根裂命。 今回参拝した磐裂根裂神社は,栃木県下都賀郡壬生町安塚1772に鎮座し,亀塚古墳のある磐裂根裂神社とは別の神社。いずれの神社も同じ名前の神社であり,同じ安塚地内にあり,重要な古墳の墳丘上に鎮座しているという点でも同じなので,混同してしまうか…
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下野市薬師寺:二月堂と古墳

過日,二月堂(栃木県下野市薬師寺)を参拝した。二月堂は,下野市薬師寺コミュニティセンターの北約100mのところにあり,龍興寺が管理する御堂。十一面観世音菩薩像を安置している。 二月堂は,元は東大寺の二月堂を模して建立されたものだったけれども,東日本大震災で被害を受けたため,再築されたとのこと。現在,二月堂があるのは東大寺と龍興寺だけと…
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下野市箕輪:産王神社と古墳

過日,産王神社(栃木県下野市箕輪)を参拝した。祭神は,大山咋神。 産王神社は,「みのわ古城公園」の北西約200mの台地上にある。地元では「さんのうさん」と呼ばれているようだ。鳥居の額には「日枝神社」と記されている。 産王神社の基壇部は,産王神社古墳または国分寺村27号墳と呼ばれ,直径30m・高さ3.5mの円墳とされている。現況は,一…
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下野市上坪山:日光三神社

過日,日光三神社(栃木県下野市上坪山)を参拝した。祭神は,三犂高彦根命・大己貴命・田心姫命。 一般に,三犂高彦根命は阿遅鉏高日子根神の別命とされており,大己貴命は大国主神の別命とされており,田心姫命は多紀理毘売命の別命とされており,そして,阿遅鉏高日子根神は大国主神と多紀理毘売命との間の子とされている。 日光三神社の参道には生馬神が…
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下野市上坪山:東福寺

過日,真言宗智山派・東福寺(栃木県下野市上坪山)を参拝した。 幸運なことにも住職に境内を案内していただくことができた。まことにありがたいことだと思う。 東福寺は,江戸時代には寺子屋として有名な寺院だったらしい。明治維新後には本堂を校舎として吉田西小学校が仮設置され,大正時代まで続いたとの趣旨の歴史を記した記念碑が境内に立てられている…
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散策中に観たキノコ

雨の日が多いせいかどうか,里山などを散策中,キノコを見かけることがしばしばある。この時期に生えるキノコの中には食用になるものもあるけれども,絶対確実なもの以外には手を出さないほうが良い。私自身は,かつては,田舎で暮らしていたこともあり,食用となるキノコを採取して食べることを楽しみにしていたけれども,現在では,観察するだけとし,採取しない…
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稲敷市:三次古墳

過日,三次古墳(茨城県稲敷郡三次)を見学した。「三次」は「みつぎ」と読む。 三次古墳は,天台宗・東浄寺のすぐそば(北東側)にあり,佐々木憲一・田中裕編『続常陸の古墳群』(六一書房)の234頁によれば,直径13m・高さ3mの円墳とされている。実際に観てみると,道路等によって一部掘削されてはいるけれども,目測で直径20m前後の円墳のような…
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稲敷市:東大沼古墳群5号墳と26号墳

過日,東大沼古墳群(茨城県稲敷市東大沼)の所在地を訪問し,幾つかの古墳を見学した。 東大沼古墳群は,東大沼地区の台地上に分布する合計30基の古墳で構成される古墳群とされている。現在では湮滅した古墳もあるけれども,集落の中にある古墳群であるにも拘らず,比較的多くの古墳が残存している古墳群として知られている。佐々木憲一・田中裕編『続常陸の…
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稲敷市:東大沼古墳群21号墳

過日,東大沼古墳群(茨城県稲敷市東大沼)の所在地を訪問し,幾つかの古墳を見学した。 東大沼古墳群は,東大沼地区の台地上に分布する合計30基の古墳で構成される古墳群とされている。現在では湮滅した古墳もあるけれども,集落の中にある古墳群であるにも拘らず,比較的多くの古墳が残存している古墳群として知られている。佐々木憲一・田中裕編『続常陸の…
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かすみがうら市戸崎~土浦市沖宿町:戸崎古墳群2号墳と3号墳

戸崎古墳群の2号墳(茨城県かすみがうら市戸崎)及び3号墳の所在地(茨城県土浦市沖宿町)を見学した。 霞ヶ浦町教育委員会・茨城大学考古学研究室編『霞ヶ浦町遺跡分布調査報告書-遺跡地図編-』(2001)の136頁によれば,戸崎2号墳は,直径10m・高さ1mの円墳とされている。 戸崎2号墳は,霞ヶ浦環境科学センターの南東側隣地にあり,…
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かすみがうら市戸崎:八坂神社と古墳

過日,八坂神社(茨城県かすみがうら市戸崎)を参拝した。祭神は,須佐之男命。 私が訪問した時には本堂の改築工事中だった。工事が完了すれば,相当立派なものに仕上がるだろうと思った。 境内には,多数の境内社や供養塔等がある。元は,神仏習合の神社だったと推察される。 八坂神社の境内地は,戸崎古墳群の範囲内にあり,本殿のすぐ裏にも墳丘様のも…
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土浦市:霞ヶ浦環境科学センター敷地内で展示されている石棺

過日:茨城県霞ヶ浦環境科学センター(茨城県土浦市沖宿町)を訪問し,同センター北西側にある「森の広場」に屋外展示されている石棺を見学した。 現在,霞ヶ浦環境科学センターの敷地一帯は戸崎中山遺跡と呼ばれる遺跡包蔵地となっているのだが,同センター建設の際,2基の古墳(円墳である1号墳及び帆立貝形前方後円墳である2号墳)が確認され,その中の2…
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エゾノギシギシの花にとまるノシメトンボ

里山を散策していたら,ノシメトンボ(Sympetrum infuscatum)がいっぱい飛んでいた。カメラを向けると逃げるのでなかなか撮影できなかったのだが,エゾノギシギシ(Rumex obtusifolius)の上にとまっている個体をみつけ,どうにか写真を撮った。コノシメトンボ(Sympetrum baccha)または他の類似種かどう…
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かすみがうら市:龍福寺と古墳

過日,真言宗豊山派・熊野山寶珠院龍福寺(茨城県かすみがうら市有河)を参拝し,同寺の背後(北側)にある古墳を見学した。 龍福寺の住職に挨拶したところ,本堂にあがって観ていきなさいということだったので,ご厚意に甘えてお邪魔することにし,古い仏像・仏具やかなり昔の過去帳などの貴重な文化財を拝見できたほか,同寺周辺の遺跡の昔の様子などを伺うこ…
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かすみがうら市:御手洗古墳群

過日,御手洗古墳群(茨城県かすみがうら市上稲吉)を見学した。 御手洗古墳群は,真言宗豊山派・福性寺の周辺に所在し,8基の円墳で構成される古墳群とされている。古墳の配置図は,佐々木憲一・田中裕編『常陸の古墳群』(六一書房)の207頁にあり,詳細情報は同書の218頁にある。 現地で見学したところ,現存することが明らかな古墳は福性寺のすぐ…
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茨城県稲敷郡美浦村舟子:海源寺と古墳

過日,曹洞宗・海源寺(茨城県稲敷郡美浦村舟子)を参拝した。本尊は,薬師如来。 海源寺のある台地は,中世の舟子城の所在地として知られている。主たる館があったと見られる「城ノ内」と呼ばれる場所の現況は,太陽光パネル群となっている。地元の方の話によると,海源寺~舟子城跡を含む周辺の台地は,かつては,開墾されて畑地となっている部分が多かったと…
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稲敷市:多聞天堂と下馬渡古墳

過日,多聞天堂(茨城県稲敷市下馬渡)を参拝した。境内には,幾つかの小神社の祠があり,また,多門天堂の背後(東側)には,下馬渡古墳と呼ばれる古墳がある。その墳丘上には地蔵堂があり,供養塔等が立てられている。多門天堂のすぐ南側には宇賀神社がある。同社も参拝した。神仏習合の雰囲気を現代に残す貴重な文化財の1つだと思う。 佐々木憲一・田中裕編…
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