栃木県芳賀郡益子町:古聖古墳群18号墳

2020年4月初旬(緊急事態宣言発令前)のことだが,古聖古墳群の18号墳(栃木県芳賀郡益子町益子)を見学した。
益子町史編さん委員会編『益子町史 第1巻 考古資料編』(昭和62年)の421頁の分布図によれば,古聖18号墳は,正宗寺の本堂の東側に所在し,直径約23m・高さ約4mの円墳とされている。
現在,本堂の東側は段丘崖の斜面となっており,その斜面には竹林がある。その竹林の中には円墳様の塚がある。所在地としては,その円墳様の塚が古聖18号墳に該当すると思われる。ただし,現況の規模は,直径約23m・高さ約4mの円墳のようには見えず,もっと小さい。

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本堂東側にある竹林


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西の方から見た竹林内の円墳様の塚(18号墳?)


古聖18号墳と思われる塚のある竹林の少し上(北側・墓地区画の東側)に比較的大きな円墳様の塚がある。これが古墳であるとすれば,古聖17号墳なのかもしれない。
ところが,『益子町史 第1巻 考古資料編』の422頁によれば,古聖17号墳は,「墓地のため大部分が削平」とされている。

この問題をどう考えるべきかということが問題となる。
『益子町史 第1巻 考古資料編』の422頁の記述が誤りであり,17号墳が現存しているとすれば,竹林の上(北側)にある円墳様の塚が17号墳に該当すると判断することになるだろう。
あるいは,竹林の上(北側)にある円墳様の塚は移築された復元物としての17号墳であるかもしれない。
あるいは,竹林の上(北側)にある円墳様の塚が18号墳であり,竹林内にある円墳様の塚は未記載の古墳ということになるのかもしれない。

確実な判断が難しいので,現時点では,正宗寺の東側竹林内の古墳を古聖18号墳とし,その上(北側)にある円墳様の塚を17号墳または17号墳移築復元物かもしれない円墳様の塚と理解することにしておく。

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北の方から見た円墳様の塚(17号墳?)


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東の方から見た円墳様の塚(17号墳?)


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南西の方から見た円墳様の塚(17号墳?)


1号墳~18号墳で構成される古聖古墳群の残存古墳を観て回ったのだが,これらの古墳が益子氏の祖先の墓所だとすれば,紀氏の一族の貴人の墓所ということになりそうだが,もっと古いものかもしれない。造営の年代等については不詳。

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