太田市:寺山古墳

寺山古墳(群馬県太田市強戸町)を見学してきた。北関東自動車道の太田強戸PAと太田桐生ICとの間を走行していると南の方向に見える古墳で,一般に,非常に古い前方後方墳として知られている。古墳は,金山の北西に突き出たような半島状の部分の端の尾根上にあり,その南側にある道路部分から登る階段が1箇所だけある。短い階段を登ると石柱と説明版がある。ここからは,古墳の後方部が見える。

寺山古墳
説明板と寺山古墳後方部


寺山古墳
説明板


この説明板に書かれているところによると,この古墳は,4世紀前半に築造されたものと推定されているとのことなのだが,発掘調査は行われていないようなので,古墳の築造時期に関しては何とも言えないのではなかろうか。
それはさておき,とても見晴らしの良い場所なので,古墳を見学しつつ,周囲に見渡すことのできる光景を確認した。

寺山古墳
南側から見た全景


寺山古墳
後方部墳頂から見た前方部北面


寺山古墳
後方部墳頂付近


寺山古墳
東側から見た後方部


寺山古墳
南側から見た後方部


古墳の前方部は,北西方向に向いている。正確ではないと思うが,地図によってその方向を調べてみたところ,群馬県の渋川市付近に相当するのではないかと判断した。仮にそれが正しいとした場合,その先には,高遠山古墳(長野県中野市新野高遠)のある長野県中野市付近,雨の宮古墳群(石川県鹿島郡中能登町西馬場)のある七尾市付近,そして,海を隔てて,中国の現在の吉林省あたりが位置する。
かつて,現在の中国吉林省あたりには鮮卑族が本拠地をもっていた。「鮮卑」の「卑」は,古代の中華思想による蔑称的な表現の一種であり,本来であれば別の字によって表現されるべきものだろうと考える。「鮮」は「魚」+「羊」で構成されている。非常に興味深いことだと思う。

見学を終えてクルマを停めた場所まで戻る途中,路傍でヤマハギの花が咲いているのを見つけた。

Lespedeza bicolor

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