自宅のラン:長生蘭「仁王丸」

仁王丸」は,どうにかこうにか葉を残すことができた。葉が立ってきて,それなりの風格が出てきたように思う。私の好きな品種の一つだ。ずっと観察しているのだが,各器官の特性や変化の具合などから推定して,ノビル(Den. nobile)系の交配選抜品であることは100パーセント間違いないと思う。

Dendrobium cv.
仁王丸


ノビル系の交配由来の長生蘭・石斛は,寒さに比較的強いけれども,本来は暖かい地域に自生する植物の遺伝子が濃厚に残っている。そこで,上手に芸を出し維持する方法としては,春~夏に適切に栽培して芸が出るように工夫した上で,冬は寒さに当てながらも氷点下にならないような場所で栽培し,葉を落としたり矢(茎)が痩せたりしなようにする工夫が必要だと思う(矢を痩せらせることにより芸を出す品種は別)。

江戸時代の栽培書を読んでみても,加温装置や温室のない当時において,金持ちは室内に鉢をとり入れ,特別の保温用の棚で直接に寒風に当てないように工夫しながら栽培してたことがわかる。つまり,当時から既に南方系のデンドロビウムの交配品等が長生蘭として日本に持ち込まれ流通していたことがわかる。

中国商人が雲南や四川や福建や広東などで交配し育成した上で,薩摩や長州などの密貿易を通じて日本に持ち込んだものだろうと思う。

名前をみても,「金龍」や「銀龍」は,江戸時代から「唐物石斛」とされており,中国からの輸入品であることが明示されていた。おそらくもともとはノビルの派生品だったのだろうと推定している。

問題は,日本に自生していた石斛との交配だ。これがなかなか難しい。


この記事へのコメント

2015年04月01日 04:23
電脳中年Aさん

「仁王丸」は私は持っていないので^^; 昔は凄く高かったんですよ。
機会は何度かあったのですが これだけは買わないでおきました^^;

江戸時代の加温技術は凄いです今でも通用するのでは?と思いますよ。
2015年04月01日 05:18
緑屋さん

私が苗を買ったときはとても安かったです。上手に育てると増殖しやすく,株分け苗を得やすいのかもしれませんね。

当初,育て方が間違っていて苦心しました。現在は,何となくわかってきて,こういう感じの葉になってきました。

葉が斜上するような感じにピンと立っていて,とても格好良いです。

今度の冬場には少し暖かい場所に鉢を置いて,矢(茎)が痩せないようにしてみたいと思っています。

それから,江戸時代の交配技術は凄いです。ツツジにしてもサクラにしても,おそらくその品種の大半が巣鴨植木町でつくられたものだろうと推定できます。そこから土産品として全国に広まり,その経緯がすっかり忘れられて,今では希少な野生種と扱われるようになったものが圧倒的に多いようです。ツツジについては遺伝子解析によりほぼ全部解明されてしまいました。他の園芸植物も同じでしょう。

長生蘭も,最初は素朴なノビル系交配品やイセ系交配品が中国から輸入され,日本国内で更に交配されて多種多様な品種群になったのかもしれません。
2015年04月01日 05:37
電脳中年Aさん

そうですね私も同意です、私も良く言います江戸時代の交配技術をなめてはいけないと・・・・昔は言えば馬鹿にされていましたがここにきてようやく認識が変わっているようですね^^;

あれだけの沢山の品種を作出した江戸時代の方々は凄すぎます、今でもあれだけ形質が違った物を作出するのは困難なことだと思います。

ですが栽培だけに目を向けても・文献だけに目を向けても理解できないのだと感じます。

大抵は概略的にメンデルの法則として交配技術は西欧の方が発展していたとの見解が世界的に見ても一般論ですが、改めるべき時がくるでしょう遺伝子解析が進めば進むほどに・・・・
2015年04月01日 07:29
緑屋さん

ラン科植物は,ワシントン条約においても最も重要で保護すべき植物群だとされています。結論においては私も賛成です。

ただ,すべての種が野生原種だという誤った認識は根幹から改められるべきでしょう。特にデンドロビウム属の中でも美麗な花を咲かせるものはそうです。中国の商人が商売繁盛の目的で交配したものがあると思います。また,欧米のプラントハンター達が貴族に献呈してご褒美の大金をもらうために自生地で花粉をつけて交配したものもあると思います。要するに,種の捏造事件がかなり大規模に存在したと推定しています。

日本の古代においては,人々が生きるための交配による品種改良がなされたと推定しています。

江戸時代には,利殖目的による交配が大量になされたことが確実です。日本にある希少種とされる植物の大半はそのプロセスの中で人工的に作出されたと推定しています。しかし,単なる利殖目的だけで優れた品種を大量に作出することはできません。異常なまでの植物に対する執念と研ぎ澄まされた感性と卓越した技術がなければ実現しないんですよ。江戸時代における利殖目的での狂乱(花狂い)は,そのような技術が社会的に活かされるための触媒のようなものだったと考えることもできます。

自然保護に関しては,文字(符号)だけで考えてはぜんぜんダメです。実際に500種くらいの植物を何年も継続して栽培・育成してみると,そのことを身に染みて理解することができます。

自分には本当につたない栽培技術しかないのに,緑屋さんをはじめ非常に優れた栽培家の方々と出会うことができたことは天や神仏の恵みだと思っています。適切なアドバイスのおかげでどうにかこうにか今日まで続けることができました。今後ともよろしくお願いします。

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