テーマ:エッセイ

茨城県稲敷郡阿見町島津:長泰寺

過日,曹洞宗・嶋津山長泰寺(茨城県稲敷郡阿見町島津)を参拝した。本尊は,聖観音菩薩。 本堂建設記念碑に刻まれた縁起によれば,長泰寺は,天正14年(1586年),島津城跡に隣接する台地上に創建された寺院。その後,何度も火災に遭い,現在の場所に移って再建されたものの,堂宇が古くなってしまったため,平成27年に本堂が再建されたとのこと。現在…
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牛久市奥原町:願名寺

過日,時宗・奥雲山龍池院願名寺(茨城県牛久市奥原町)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。 願名寺は,弘安3年(1280年)に一遍上人が開山した寺院。その後,堂宇を焼失し,現在の本堂は,天明4年(1784年)再建されたものとのこと。 本堂の前には,1セットの箱式石棺が復元・保存されている。ほぼ完全なものなのだが,この箱式石棺がどこから出土…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その8)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 塚原古墳群を構成する古墳の個別の測量は行われていないようなのだが,大きな古墳は直径20前後,小さな古墳は直径10m前後の円墳状のものが多い。前方後円墳も含まれているとされている。しかし,現況を観る限り,円墳のような外見をもった古墳しかないように思う。…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その7)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 塚原古墳群を構成する古墳の個別の測量は行われていないようなのだが,大きな古墳は直径20前後,小さな古墳は直径10m前後の円墳状のものが多い。前方後円墳も含まれているとされている。しかし,現況を観る限り,円墳のような外見をもった古墳しかないように思う。…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その6)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 塚原古墳群を構成する古墳の個別の測量は行われていないようなのだが,大きな古墳は直径20前後,小さな古墳は直径10m前後の円墳状のものが多い。前方後円墳も含まれているとされている。しかし,現況を観る限り,円墳のような外見をもった古墳しかないように思う。…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その4)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 塚原古墳群を構成する古墳の個別の測量は行われていないようなのだが,大きな古墳は直径20前後,小さな古墳は直径10m前後の円墳状のものが多い。前方後円墳も含まれているとされている。しかし,現況を観る限り,円墳のような外見をもった古墳しかないように思う。…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その3)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 塚原古墳群を構成する古墳の個別の測量は行われていないようなのだが,大きな古墳は直径20前後,小さな古墳は直径10m前後の円墳状のものが多い。前方後円墳も含まれているとされている。しかし,現況を観る限り,円墳のような外見をもった古墳しかないように思う。…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その2)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 塚原古墳群を構成する古墳の個別の測量は行われていないようなのだが,大きな古墳は直径20前後,小さな古墳は直径10m前後の円墳状のものが多い。前方後円墳も含まれているとされている。しかし,現況を観る限り,円墳のような外見をもった古墳しかないように思う。…
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鹿嶋市沼尾:塚原古墳群再訪(その1)

過日,塚原古墳群(茨城県鹿嶋市沼尾)を再訪し,見学可能な古墳を丁寧に観て回った。 前回は,北側にある説明板設置場所から古墳群所在地の森の中に入り,矢形の案内表示の順番に従って概ね時計と逆周りに見学した後,常福院付近に出た。 今回は,まず常福院を参拝した後,常福院付近の入口から古墳群所在地の森の中に入り,概ね時計周りに見学し,説明板設…
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鹿嶋市沼尾:常福院

過日,真言宗豊山派・金砂山保福寺常福院(茨城県鹿嶋市沼尾)を参拝した。本尊は,大日如来。 天正19年(1591年)から慶長7年(1602年)頃に創建された寺院とのこと。佐竹氏が鹿島・行方地域に侵攻し,その領地とした時代に創建された寺院ということになる。金砂山という山号も佐竹氏の本拠地付近であった金砂郷にちなむものだろうと思う。 元の…
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水戸市元石川町:江東古墳群(その2)

過日,江東古墳群(茨城県水戸市元石川町)を見学した。 「江東」は,「えとう」と読む。 江東古墳群は,6基の円墳と墳形不明の4基の古墳(合計10基)で構成される古墳群とされている。 江東古墳群に関しては,水戸市教育委員会編『水戸市埋蔵文化財調査報告書(平成10年度版)』の16頁に説明があり,添付図面(水戸市遺跡地図2)の中に6基の古…
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水戸市元石川町:江東古墳群(その1)

過日,江東古墳群(茨城県水戸市元石川町)を見学した。 「江東」は,「えとう」と読む。 江東古墳群は,6基の円墳と墳形不明の4基の古墳(合計10基)で構成される古墳群とされている。茨城県開発公社が水戸東部工業団地を造成した先に10基ほどの古墳が破壊されたということなので,古墳群全体では,合計20基前後の古墳があったということになりそう…
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水戸市:千波山古墳群再訪

以前,千波山古墳群(茨城県水戸市千波町)を見学した際,1号墳を誤認してしまったので,過日,千波公園を再訪し,1号墳を見学し直した。 すぐにわかるところにある古墳なのに,どうして間違ってしまったのか・・・老化によるものかもしれない(笑) 千波山1号墳は,千波山児童遊園地の敷地内にあり,直径15m・高さ1.8mの円墳とされている。水…
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水戸市飯島町:鹿島神社と古墳(その2)

過日,鹿島神社(茨城県水戸市飯島町)を参拝した。祭神は,武甕槌命。 鹿島神社の境内地には,3基の円墳で構成される飯島町古墳群が現存している。飯島町古墳群に関しては,水戸市教育委員会編『水戸市埋蔵文化財調査報告書(平成10年度版)』の52頁に詳細な説明がある。 ただし,個々の古墳に正式の付番はないようだ。このブログ記事では,仮に,社殿…
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稲敷市江戸崎:金毘羅神社と五百羅漢

過日,金毘羅神社(茨城県稲敷市江戸崎)を参拝した。 金毘羅神社は,臨済宗妙心寺派・江上山瑞祥院竜雲寺の隣地にあり,東日本大震災により社殿等が大きな被害を受けたが,その後,再建されたとのこと。竜雲寺も再度参拝した。 以前竜雲寺を参拝した際には道がよくわからなかったため見学できなかった五百羅漢に関し,竜雲寺の裏からも金毘羅神社社殿の裏か…
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行川市矢幡:前塚古墳

過日,前塚古墳(茨城県行方市矢幡)を見学した。 前塚古墳は,瓢箪塚古墳の南東約200mのところにある。現況は,1辺10m程度の方墳のような形状をしている。佐々木憲一・田中裕編『続 常陸の古墳群』(六一書房)の200頁では,8×12m・高さ2mの規模の古墳としており,「方墳か」との注記がある。実際に見学した結果の印象としては,元は円墳で…
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行方市矢幡:瓢箪塚古墳

過日,瓢箪塚古墳(茨城県行方市矢幡)を見学した。 矢幡瓢箪塚古墳は,矢幡瓢箪塚古墳と呼ばれ,稲荷森古墳の南東の方にある。 矢幡地区には瓢箪山古墳や赤坂山古墳群などの古墳が多数あり,その中には前方後円墳も含まれている。しかし,その多くは台地尾根上の山林内となっており,アクセス可能な経路がよくわからない。 矢幡瓢箪塚古墳は,台地裾にあ…
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行方市麻生:麻生城跡(羽黒山公園)

過日,常安寺を参拝した後,現在では羽黒山公園となっている麻生城跡を見学した。 麻生城は,約400年続いた麻生氏の居城だった。 麻生氏は,常陸大掾氏の一族である行方景幹の三男家幹が行方郡麻生郷に住んで麻生氏を称したのに始まるとのこと。常安寺の裏(北側)に麻生城跡があり,現在では羽黒山公園として公開されている。常安寺の北西側にある墓地区…
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ひたちなか市中根:虎塚古墳群再訪

過日,笠谷古墳を見学した際,虎塚古墳群(ひたちなか市中根)の3号墳及び4号墳の所在地を再訪した。やはり,草のない冬の時期の方が観察しやすい。ただし,遮蔽物のない平坦な台地上なので,強く冷たい風が吹くとちょっと厳しい。 4号墳は石室の一部しか残されておらず,墳丘はないのだけれども,その石室材を見れば見るほど元はとても大きな石室だったとい…
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ひたちなか市中根:笠谷古墳群再訪(その2)

過日,笠谷古墳群(茨城県ひたちなか市中根)を再訪した。 笠谷2号墳の周囲にあった笹が綺麗に刈り取られており,とても見学しやすい状態となっていた。 前回見学した際に5号墳だと思った古墳が4号墳の残存部分であることを認識し,その墳丘の北側の様子を見学することができた。草刈りが行われていた結果,そのように認識できた。勝田市史編さん委員会編…
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ひたちなか市中根:笠谷古墳群再訪(その1)

過日,笠谷古墳群(茨城県ひたちなか市中根)を再訪した。 笠谷2号墳の周囲にあった笹が綺麗に刈り取られており,とても見学しやすい状態となっていた。 前回見学した際に5号墳だと思った古墳が4号墳の残存部分であることを認識し,その墳丘の北側の様子を見学することができた。草刈りが行われていた結果,そのように認識できた。 まことにありがたい…
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ひたちなか市東大島:大島古墳群

過日,大島古墳群(茨城県ひたちなか市東大島)を見学した。 大島古墳群は,東坪第2公園の敷地内に所在し,2基の円墳で構成される古墳群とされている。東坪第2公園の周辺は完全に宅地化されている。かつては,他にも多数の古墳があったのだろうと推測される。 大島古墳群を構成する2基の円墳中の1基の墳丘は現存しており,その墳丘上には富士浅間神社が…
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ひたちなか市武田:武田氏館

過日,武田氏館(茨城県ひたちなか市武田)を見学した。 武田氏館のある場所は,武田信玄の祖先が甲斐國に流されるまで居城としたところとのことで,その意味で甲斐武田氏発祥の地とされている。 武田氏館は,かなり広い範囲に及んでいると推定されているけれども,現在では,その一部に復元館建物が建てられ,その中に関連する文物が展示されている。新型コ…
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ひたちなか市:馬渡埴輪製作遺跡

過日,馬渡埴輪製作遺跡(茨城県ひたちなか市馬渡)を見学した。茨城県内では,小幡北山埴輪製作遺跡(茨城県東茨城郡茨城町小幡)などの大規模な埴輪製作場所遺跡が発見されおり,史跡公園として整備・公開されている。 馬渡埴輪製作遺跡は,小幡北山埴輪製作遺跡と同様,古代の小河川の両側にある台地斜面に登り窯をつくり,その周囲に埴輪工房のような建物を…
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ひたちなか市馬渡:成等寺と古墳(その2)

過日,浄土宗本願寺派・青塚山無量院成等寺(茨城県ひたちなか市馬渡)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)。 成等寺の境内地及びその近隣地は馬渡古墳群と呼ばれる古墳群の所在地となっている。馬渡古墳群は,4基の円墳で構成される古墳群であり,その中の2基は,成東寺境内地の西側及び南西側にあり,他の2基は,ミニストップひたちなか馬渡店…
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ひたちなか市馬渡:成等寺と古墳(その1)

過日,浄土宗本願寺派・青塚山無量院成等寺(茨城県ひたちなか市馬渡)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)。 成等寺のサイトの説明によれば,健保5年(1217年)に藤原孝秀入道唯順(藤原基親朝臣藤原孝秀丸)により青塚村で建立された寺院で,後に浄土真宗に改宗し,馬渡に移動したとのこと。何度も火災に遭っており,現本堂は昭和18年に再…
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古河市仁連:八幡塚古墳の所在地

過日,八幡塚古墳(茨城県古河市仁連)の所在地を見学した。 八幡塚古墳は,雷電神社(茨城県古河市東諸川)の南西約500mのところにある竹林の中にある。八幡塚古墳に関し,三和町史編さん委員会編『三和町史 資料編 原始・古代・中世』(平成4年)の67頁は,直径約40m・高さ4mの円墳であり,「北は谷によって切り落とされている」としている。八…
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古河市東山田:五十塚古墳群

過日,五十塚古墳群(茨城県古河市東山田)の一部を見学した。 五十塚古墳群に関しては,三和町史編さん委員会編『三和町史 資料編 原始・古代・中世』(平成4年)の70~74頁に解説があるが,1号墳と2号墳の解説が主であり,古墳群全体の基数に関しては「現在前方後円墳1基,円墳2基が確認されているのみ」と書かれているだけだ。この2基の円墳とは…
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古河市久能:ベッタリ塚古墳

過日,ベッタリ塚古墳(茨城県古河市久能)を見学した。 総和町史編さん委員会編『総和町史 資料編 原始・古代・中世』(平成14年)の264頁によれば,ベッタリ塚古墳は,南北25m×東西33mのほぼ円形の古墳とのこと。ただし,茨城県教育委員会編『重要遺跡調査報告書Ⅲ』(昭和61年3月)の290頁は,墳形が約28m×26mの長方形を呈してい…
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古河市北利根:久能向原古墳群の所在地

過日,久能向原古墳群(茨城県古河市北利根)の所在地を見学した。旧久能地区の範囲内にある。 現地には駐車場がないので,北利根北公園の駐車場にクルマを停め,徒歩で現地に向かった。そのあたりは工場地帯であり,大規模な工場が続いている。ただし,某社の敷地内では,ピンク色のシャツを来た管理職者のような人がゴルフの練習中だった。新型コロナの影響で…
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