栃木県那須郡那珂川町小川:春日神社

過日,春日神社(栃木県那須郡那珂川町小川)を参拝した。祭神は,天津児屋根命。 由緒書によれば,春日神社は,神護景雲3年(769年)に奈良春日神社から分霊を勧請して創建され,往時には両部神道(神仏混淆)の祭礼を行っていたけれども,その後寺院が没落し,春日神社のみが残されたとのこと。 参道は,那須官衙跡の縁付近を通っていることから,由緒…
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栃木県那須郡那珂川町小川:匠の館・民俗資料館

過日,匠の館・民俗資料館(栃木県那須郡那珂川町小川)を見学した。 ここには2棟の古い民家が移設され,展示・公開されている。それぞれの民家内には近隣で使用されていた民具等が展示されている。 建物はどちらも立派なもので,とても勉強になった。 私が訪問した時には特に問題はなかったのだが,このブログ記事を書くために念のため調べてみたところ…
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栃木県那須郡那珂川町浄法寺:大日堂と薬師堂

過日,真言宗智山派・大日山遍明院浄法寺の大日堂と薬師堂(栃木県那須郡那珂川町浄法寺)を参拝した。 下記のサイトによれば,須藤貞信が創建した御堂であり,応永25年(1418年)に那須資重によって現在の所在地に移されたとのこと。境内には薬師堂もあり,参拝した。大日堂の建物は,那珂川町指定の文化財となっている。 大日堂の近くには「浄法寺縄…
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大田原市:蛭田富士山古墳

過日,蛭田富士山古墳(栃木県大田原市蛭田)を見学した。 説明板によれば,蛭田富士山古墳は,多数の小古墳と共に古墳群を構成していたけれども,開田等に伴い,他の古墳は消滅してしまっているとのこと。土地改良事業の際に調査された4基の小古墳等に関しては,説明板の中に配置図等が示されている。配置図を見ると,石棺だけが残されている場所等も示されて…
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潮来市:道の駅いたこ

本日は,鹿嶋市方面に出かけた。 途中で休憩のために「道の駅いたこ」に寄った。1月19日までということで「虹どら」というどら焼きの半額販売をしていたので,家族のお土産に購入した。以前にも購入して食べたことがある。 良い施設だし,正月のイベントも開催中だったのだけれども,寒さのせいか,あるいは,新型コロナの影響があるのかどうか,混雑して…
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安中市松井田町:九十九村30号墳~32号墳など

過日,九十九村30号墳,31号墳及び32号墳の所在地(群馬県安中市松井田町小日向)を見学した。 九十九村30号墳は,直径8mの円墳とされている。 九十九村31号墳は,直径6mの円墳であり,横穴式石室があるとされている。 九十九村31号墳は,直径9mの円墳であり,横穴式石室があるとされている。 九十九村31号墳の所在地の現況は,空…
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安中市松井田町:九十九村7号墳

過日,九十九村7号墳(群馬県安中市松井田町小日向)を見学した。 九十九村7号墳は,庚申塚とも呼ばれ,直径12mの円墳とされている。墳丘上に石仏がある。長い花茎の上の蓮華に坐す阿彌陀仏を示すもので,一般的に見かける庚申塔とはかなり異なる様式のものなのだが,このような様式の庚申塔もあるのかもしれない。詳しいことはわからない。 九十九村7…
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安中市松井田町:九十九村4号墳

過日,九十九村4号墳(群馬県安中市松井田町小日向)を見学した。 九十九村4号墳は,直径10m前後の円墳とされている。墳丘の南側に横穴式石室が開口しているということなのだが,民家の敷地内に所在する古墳であり,新型コロナの関係等もあるので,所有者の方にお願いして石室近くまで寄ることは断念し,公道から見える範囲内で見学した。 墳丘のすぐ東…
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安中市松井田町:天皇塚古墳

過日,天皇塚古墳(群馬県安中市松井田町小日向)を見学した。 天皇塚古墳は,九十九村第1号古墳(九十九村1号墳)とも呼ばれ,直径東西10m×南北15m・高さ7mの円墳とされている。墳頂に絹笠大明神がある。その下に石室があるとのこと。絹笠大明神の前には長方形に石が積んである。その下が石室という趣旨なのだろうか? 墳丘は,自然堤防のような…
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安中市下後閑:後閑3号墳

過日,後閑3号墳(群馬県安中市下後閑)を見学した。 後閑3号墳は,墳丘部直径約12.8m・高さ約2.2m(基壇部直径約20m)の円墳とされている。墳丘の南側にT字形の横穴式石室があり,開口している。ただし,石室内には立入禁止となっており,柵が設けられている。柵越しに石室内を見学した。 後閑3号墳の所在地は,土地改良事業が行われる前と…
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安中市上後閑:榛名神社と源義国の墓所

過日,榛名神社(群馬県安中市上後閑)を参拝した。祭神は,埴山姫命。 榛名神社は,満行寺の北に鎮座している。鳥居から参道を登ると榛名神社に至るが,鳥居の右手に裏参道のような道があり,こちらの道を登ると東側の山裾(榛名神社参道の仁王門の東付近)に源義国夫婦の墓所がある。その山の姿は,何らかの遺跡包蔵地であるような印象を強く受ける。古墳や窯…
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安中市上後閑:満行寺

過日,真言宗豊山派・青木山満行寺(群馬県安中市上後閑)を参拝した。榛名神社(安中市上後閑)の別当寺であり,本尊は地蔵菩薩。 久安2年(1145年)に深秀上人が開山,源義国が開基・源信純が中興の寺院とのこと。源義家の子・源義国は,八幡荘(上野国碓氷郡)を領地としていたので,渋川~安中周辺を支配していた武将ということになる。源信純は,新田…
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安中市上後閑:長源寺

過日,曹洞宗・青木山護国院長源寺(群馬県安中市上後閑)を参拝した。本尊は,釈迦如来。 長源寺は,嘉吉3年(1443年)に依田信濃守源政知により開基の寺院とのこと。関東地方に広く曹洞宗を広めた人材育成に優れた寺院だったようだ。 天文10年(1541年)に起きた海野平の合戦において,武田信虎・村上義清・諏訪頼重等の甲斐国人連合軍に敗れた…
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土浦市:中内山古墳群

過日,中内山古墳群(茨城県土浦市大岩田)の一部を見学した。 土浦市教育委員会編『土浦の遺跡-埋蔵文化財包蔵地-』(1984年)の26~27頁によれば,中内山古墳群は6基の円墳で構成される古墳群とされている。ただし,同書175頁にある配置図から考えると,同書27頁にある相対的位置関係を示す距離の表示はほぼ全面的に誤りだと思われる。正確な…
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茨城県稲敷郡美浦村:日枝神社と山王山古墳

過日,山王山古墳(茨城県稲敷郡美浦村山王)を見学した。 山王山古墳の墳丘の南西側裾部分は日枝神社(山王様)の境内地となっているので,まず同社を参拝した。祭神は,大山咋神。 日枝神社の社殿は,簡素ながらもしっかりとしたものだった。日枝神社の境内地には,境内社のほか,石棺材を立てた庚申塚があった。 山王山古墳の墳頂部分は日枝神社の社殿…
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ジョウビタキ(メス)

このところ,ジョウビタキと出逢うことが多い。先日は,ジョウビタキのオスと出逢った。 昨日は,散策中,ジョウビタキのメスと出逢った。 [追記:2021年1月10日] 本日,散策中,またジョウビタキのメスと出逢った。その写真を追加する。
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茨城県稲敷郡美浦村:木原白籏古墳群再訪

以前木原白籏古墳群(茨城県稲敷郡美浦村木原)を訪問した時には草や木の葉がいっぱい茂っていたので,墳丘の様子がよくわからなかった。 葉が枯れ落ちる季節まで待つことにした。 そろそろ墳丘が見えるかもしれないと思い,過日,木原白籏古墳群を再訪した。 木原白籏3号墳と4号墳は,葉のある季節よりは墳丘を見学しやすい状態となっていた。 木原…
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大田原市:銭室塚古墳

過日,銭室塚古墳(栃木県大田原市北滝)を見学した。 銭室塚古墳は,下段直径約26m・下段高さ約2m,上段直径約18m・上段高さ約2.5mの二段築成の円墳とされている。墳丘の東側に石室が開口している。 古墳の周囲には条里制の遺構があるとのこと。また,銭室塚古墳の西の方には二ツ室塚古墳と観音塚古墳がある。 この古墳のことは以前から知っ…
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大田原市:大雄寺(その2)

過日,曹洞宗・黒羽山久遠院大雄寺(栃木県大田原市黒羽田町)を参拝した。本尊は,釈迦如来。 大雄寺は,応永11年(1404年)に創建の寺院で,大関氏の菩提寺。天正4年(1576年)に大関高増が白旗城(栃木県大田原市余瀬)から黒羽城へ移った際,大雄寺も現在の所在地に移転したとのこと。 大雄寺の本堂,総門等の建物は,茅葺きとなっており…
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大田原市:大雄寺(その1)

過日,曹洞宗・黒羽山久遠院大雄寺(栃木県大田原市黒羽田町)を参拝した。本尊は,釈迦如来。 大雄寺は,応永11年(1404年)に創建の寺院で,大関氏の菩提寺。天正4年(1576年)に大関高増が白旗城(栃木県大田原市余瀬)から黒羽城へ移った際,大雄寺も現在の所在地に移転したとのこと。 大雄寺の境内地の構造から推察すれば,戦国時代において…
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