日立市十王町:友部海防陣屋跡と稲荷塚古墳

昨日,友部海防陣屋跡(茨城県日立市十王町友部)を訪問し,その遺跡の隅にある稲荷塚古墳を見学した。
茨城県内には,磯浜海防陣屋(茨城県東茨城郡大洗町磯浜町)を含め,多数の海防陣屋遺跡がある。
十王町教育委員会編『十王町の遺跡-十王町埋蔵文化財包蔵地分布調査報告書-』(1991年)の54頁によれば,友部海防陣屋は,天保7年(1836年)に水戸藩の海防政策の一環として設置された海防施設とのこと。当時,北の方からは帝政ロシアの軍艦が押し寄せ,帝政ロシアによって日本国が征服される脅威が高まっていると認識されていたものと思われる。

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南西の方から見た陣屋跡付近に登る坂道


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説明板


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陣屋跡


稲荷塚古墳は,陣屋跡の北西端付近にあり,直径約20m・高さ約4mの円墳とされている。墳丘の西側は道路によって一部掘削されていように見え,また,海防陣屋の設置により改変されている可能性もあると考えられる。墳頂は平坦にされており,稲荷神社がある。参拝した。


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鳥居


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社殿


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南西の方から見た様子


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東の方から見た様子


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南東の方から見た様子


幕末における尊王攘夷思想の高まりをどのように理解するかは,人によって相当に異なるだろうと思う。
私が興味があるのは,「どうして尊王攘夷思想が高まったのか?」という社会心理的なメカニズムに尽きる。
列強による植民地支配が全世界を覆い,清国や日本国等の少数の例外を除き独立国がほとんどないという状況認識にたつと,愛国心と国防意識が高揚するのは当然のことで,そのような流れの中で,徳川幕府を頂点とする幕藩体制という連合国家的な政治体制ではダメで,天皇を中心とする統一国家に戻し,国力を高めて列強に対抗すべきだという考え方が強まるのは,むしろ自然のことだと言える。
しかし,一般に,国家の政治体制を任意に変更することはそもそも無理なことだ。なにしろ,官僚として平穏な給料生活を送っていた人々が職を失い,単なる浪人となってしまうからだ。
このことは,現代においても同じで,根本的な国家体制または社会体制の変革はできない。現時点では合理性や機能性を失ってしまった体制であっても,それに依存して生活している人々が圧倒的多数を占めている以上,自己の生活基盤を自己否定することなどあり得ないことだからだ。
現状においても,超大国との間で微妙なバランスをとらないと日本国が生存し続けることができないという意味では幕末とそんなに変わらない国際情勢の下にあると言えるのだが,しかし,真の脅威は別のところにある。
グローバル化により世界規模のパンデミックが短期間の間に発生してしまうというリスクは,人類がこれまで対処できていない脅威の1つであり,しかも,人間が相手ではないので交渉による解決ができない。太陽の活動によるものを含め,人為的なCO2排出とは無関係な大規模な気象変動もそうだ。
ところが,世界各国の指導層の中には「地球のために何をすべきか?」ではなく,「自己の欲望を最大限に充足させるためにはどうすべきか?」だけで発想する者が少なからず含まれているので,救いようのないような事態を招いている。
このような欲望の中には,金銭欲だけではなく,名誉欲や権力欲も含まれる。
為政者は,「自己の名誉や地位のために仕事をしてはならない」というのが理想なのだが,世界史的にみると,理想どおりの為政者が存在した時代は存在しないし,これからもないだろう。そもそも,凡人のレベルでは,名誉欲や権力欲がなければ,「人の上に立とう」と思ったり,「国家の指導者になろう」と思ったりしない。
人類は,救いの全くない終末点を目の前にしているのかもしれない。

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