潮来市:聖観世音堂など

長勝寺を参拝した後,稲荷神社に至るまでの間,徒歩で移動した。
途中には小さな祠などがあり,稲荷神社の手前(南西側)には聖観世音堂と地蔵堂がある。また,稲荷神社の階段下には青面金剛明王の石碑などがあった。
江戸時代の潮来は,港町であり,海運業で大いに賑わい,現代風に言えば,ハブ港湾都市だった。そして,江戸と同様に大規模な遊郭街があったことでも知られている。西円寺にある遊女の墓もそのような歴史と関係するものだ。
かつての雰囲気の残す狭い道を歩き,聖観世音堂と地蔵堂の前で合掌しながら,かつての遊女達もこの道を歩き,寺社に参拝したのだろうかと想像をめぐらせた。
現在の潮来市には遊郭街は存在しない。遊郭とその業務それ自体に関しては各人各様の意見があるだろうと思う。私は,過去の遊郭について,それも人間の社会的な営みの一部であり,歴史上の文化現象の一部を構成するものなのだと理解している。現代の価値観だけを判断基準にして善悪を決定するのみでおしまいというのでは,文化現象の認識・理解に至ることはできない。それは,単純に野蛮(βάρβαροι)の思考だと思っている。
小林一茶がこの地方を訪問したのは,大きな遊郭街ができるほど経済的に豊かになり,大勢の富裕な旦那衆とその子孫が文人として生きることができたという経済的素地があってのことだ。
そのような人間の生活それ自体が文化現象になっている場合,直接的に残される文化財というものがあり得ないので,間接的な記録資料だけとなる。間接的な証拠によって推定できる事柄以外は,全て想像に任せるしかない。

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道祖神・薬師如来


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石祠


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聖観世音堂


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聖観世音堂の脇にある道祖神など


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地蔵堂


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地蔵堂脇にある青面金剛明王
(右手は稲荷神社に登る階段)

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