栃木県芳賀郡益子町:荒久台古墳群9号墳・10号墳

2020年3月初旬と2020年4月初旬(緊急宣言発令前)の2回にわたり,荒久台古墳群(栃木県芳賀郡益子町大字益子)を見学した。
荒久台古墳群は,天王塚古墳と呼ばれる1基の前方後円墳(1号墳)と17基の円墳(2号墳~18号墳)によって構成されている。古墳群の南西部分に所在する2基の古墳(17号墳及び18号墳)は既に湮滅しているように見えるが,それ以外の古墳は,1号墳が所在する山林内に現存しており,益子町史編さん委員会編『益子町史第1巻 考古資料編』(昭和62年)の435~493頁の記述に従い,それらの現存古墳を見学した。

荒久台10号墳は,天王塚古墳(1号墳)の南西約100mのところにあり,直径8m・高さ約1.5mの円墳とされている。
荒久台10号墳は,天王塚古墳(1号墳)に至る山道の脇(東側)に小円墳のような墳丘が見える。その墳丘のあたりで東側に分岐する道の方に回ってみると,既に掘られている主体部が見える。主体部の掘削痕の前には棒で仕切られており,立入禁止になっていると判断したので,道路から見える範囲内で見学した。
なお,この分岐する道は,古い地図上では益子参考館の裏の方に続いているように記されているけれども,現況では民家の敷地で終わっている。

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西の方から見た10号墳


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南の方から見た10号墳


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南東の方から見た10号墳


荒久台10号墳の南東には9号墳が所在することになっている。『益子町史第1巻 考古資料編』の436頁には,直径約10m・高さ約1.5mの円墳であり,「墳頂部に石祠有」と記され,また,現況として「畑地隅」と記されている。しかし,この畑地とは,9号墳の南側の斜面付近の土地を指すものと思われる。ただし,そのあたりの土地は,現在では耕作されていない。つまり,9号墳は,元畑地だったと思われる土地部分の北側隅に所在するものと推定される。
この宅地の入口付近に小さな塚のようなものがあり,石祠が祀られている。その塚のようなものの所在地は,上記のように元畑地だったと思われる土地部分の北側隅に合致する。そのことから,この塚のようなものが9号墳だと考えられるが,あるいは,9号墳の名残りのようなものかもしれない。宅地の敷地入口手前の道路部分からズームでその塚のようなものの写真を撮った。
なお,荒久台9号墳の南側裾(斜面)のあたりには石材があるとのことで,『益子町史第1巻 考古資料編』の488頁にその写真がある。しかし,民家敷地であることから近くまでアクセスせず,石材の有無を確認しなかった。もしその石材が現存するとすれば,下の写真の左手に写っているイノシシ対策用と思われる鉄柵の下のほう(南側斜面)にあると思われる。


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9号墳?


なお,荒久台17号墳及び18号墳の所在地付近に行き,『益子町史第1巻 考古資料編』の493頁にある写真を参考にしながら墳丘を探してみたけれども,明確に墳丘と視認可能なものを見つけることができなかった。


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17号墳及び18号墳所在地付近

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