茨城県東茨城郡大洗町:磯浜海防陣屋と日下ヶ塚古墳

過日,海防陣屋と日下ヶ塚古墳(茨城県東茨城郡大洗町磯浜町)を見学してきた。日下ヶ塚古墳を含む磯浜古墳群は,大洗町の中心部にある島状の独立の台地の上にある。古墳造営当時においては,実際に島だったと思われる。町営駐車場にクルマを停め,徒歩で台地下の商店街まで行き,商店街の駐車場にある磯浜古墳群全体の説明版を読んでから,段丘崖にあるやや急な道を登った。
海防陣屋は,江戸時代末期につくられた防衛施設だ。素人の考えに過ぎないかもしれないが,湮滅した別の古墳または日下ヶ塚古墳の一部を二次利用してつくられた施設のように見える。日下ヶ塚古墳の前方部の一部も掘削され,土塁のように二次利用されているように見える。要するに,現在の海防陣屋跡と日下ヶ塚古墳とは全く別の独立の構造物なのではなく,一体として坊城として構想された施設なのだろう。海防陣屋の建物は,天狗党の乱の際に焼失して残っておらず,現在は,土台となっている土の部分のみだけなのだが,海防陣屋跡の土台部から見える太平洋から吹き上げる涼風とその眺めは,とても素晴らしい。
日下ヶ塚古墳は,復元全長約105mの前方後円墳で,実際に後円部に高さがあるだけではなく(約12m),後円部の北側が急斜面となっているため,北側から見ると,かなり大きな古墳のように見えるように設計されている。この古墳が造営した人々が生きていた時代,その近くを往来する船に乗った人々は,この古墳を目にして畏怖しただろうと想像する。また,古代の霞ケ浦は,現在のものよりもずっと大きく広い。磯浜古墳群のある台地のある場所から筑波山麓あたり及び現在の涸沼あたりまでは,海がずっと続いていたので,日下ヶ塚古墳の墳頂からは,太平洋だけではなく,内海である周辺の様子をつぶさに把握できたのに違いない。その意味で,日下ヶ塚古墳は、隣接する車塚古墳と共に,政治的・軍事的にも極めて大きな重要性をもつ施設だったことは,疑いようがない。

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商店街駐車場にある説明板


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海防陣屋跡


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海防陣屋跡からの眺め


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日下ヶ塚古墳の説明板


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海防陣屋付近から見た日下ヶ塚古墳前方部


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前方部付近から見た後円部


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後円部墳頂付近


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墳頂の石碑


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後円部からの眺め


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後円部


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周堀(東方)から見た後円部


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古墳全景



 大洗町:磯浜海防陣屋跡
 http://www.town.oarai.lg.jp/~syougai/syogai/info-295-288_3.html

 大洗観光協会:日下ヶ塚古墳
 http://www.oarai-info.jp/page/page000209.html

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