水戸市杉崎町:三軒屋古墳群の一部

過日,三軒屋古墳群または三軒屋塚群(茨城県水戸市杉崎町)の一部と思われる塚状のものを見学した。
内原町史編さん委員会編『内原町の遺跡-内原町遺跡分布調査報告書-』(平成6年)の25頁及び65頁によれば,三軒屋古墳群は,旧内原町の南西端付近に位置する旧友部町との境界付近に分布する古墳群。旧友部町内にある古墳群は柳沢古墳群とも呼ばれており,古墳群全体としては8基の円墳で構成される古墳群とされている。
ただし,同書の25頁には1号墳~5号墳及び7号墳の合計6基の古墳の記述しかない。同書88頁の分布図と25頁及び65頁の解説を総合して解釈すると,1号墳~5号墳及び7号墳は,古墳群全体の分布域の中では東側に位置する現況資材置場及びドライブイン敷地のような場所及びその周辺の山林内が該当すると思われるから,これらの古墳の中の幾つかは既に湮滅しているものと推測される。ただし,勝手に入りこむわけにはいかない場所なので,その付近には近寄らなかった。
8基中の残りの2基は,料亭「游々禮楽竹水亭」(茨城県笠間市小原)の敷地の南東約50~100mのところに位置する山林内にあり,旧内原町と旧友部町との境界と思われる狭い道からその墳丘らしきものが見える。いずれも直径10m前後・高さ1~1.5m程度で,主体部と思われる部分が抜き取られて陥没した後のU字形または馬蹄形の墳丘残存部分があるのみとなっている。これら2基の古墳に関しては,正式の付番がわからないので,このブログ記事では,西端の塚をA号墳と呼び,その南東側にある塚をB号墳と呼ぶことにする。
『内原町の遺跡-内原町遺跡分布調査報告書-』の65頁及び88頁の記載では,これらの2基の古墳と上記6基の古墳中の3号墳(直径12m・高さ2.5mの円墳)との間に,町境に沿って三軒屋塚群と呼ばれている6基の塚が並んでいるとのことなのだが,それらの塚は直径1m内外・高さ0.5mと記載されている。一応探してみたのだけれども,A号墳とB号墳との間にそれらしい小さな塚があるのを見つけることができたものの,それ以外には,よくわからなかった。既に湮滅したのかもしれない。

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北西の方から見たA号墳及びB号墳所在地付近


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南の方から見たA号墳


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A号墳の主体部付近


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A号墳とB号墳との間にある小塚と思われるもの


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西の方から見たB号墳


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B号墳の主体部付近

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