行方市井上:井上古墳群(その1)

過日,井上古墳群(茨城県行方市井上)を見学した。
井上古墳群に関しては,玉造町遺跡調査会・玉造町教育委員会編『井上古墳群第1号墳発掘調査報告書』(2002年2月)及び玉造町教育委員会編『井上古墳群第4号墳発掘調査報告書』(1986年3月)に詳細な記述がある。『井上古墳群第4号墳発掘調査報告書』では7基の古墳によって構成される古墳群とされている。
井上古墳群の1号墳~7号墳の所在地を示す配置図は『井上古墳群第4号墳発掘調査報告書』の11頁にある。『井上古墳群第1号墳発掘調査報告書』の5頁には8号墳(全長45mの前方後円墳・後円部は墓地)及び9号墳(直径25mの円墳)の所在地が記載されている。8号墳及び9号墳の所在地には行かなかった。Googleストリートビューで観る限り,旧玉川小学校入口前の斜面にあるコブ状の地形部分が9号墳に該当するものと思われる。
『井上古墳群第1号墳発掘調査報告書』の19頁によれば,従来は前方後円墳とされてきた1号墳が実は円墳であるということ(前方部と思われていた部分は後代の造作であること)が判明している。残存部分があるのかどうかわからないのだけれども,いずれにしても民家敷地の奥が所在地なので,1号墳の所在地には行かなかった。
なお,いばらきデジタルマップ上では「前方後円墳2基,円墳9基」となっている。4号墳所在地の東に位置する民家裏にある2箇所の塚状地形が新たに追加された2基の古墳の所在地かもしれない。しかし,正確な情報を入手できていないので,このブログ記事では,4号墳所在地の東に位置する民家裏にある2箇所の塚状地形に関し,仮に,塚A及び塚Bと呼ぶことにする。

井上古墳群の5号墳は,古墳群の最北端に位置し,円墳とされている。現存する墳丘部分は,目測で直径約10~15m・高さ2m程度であり,墳丘上に石祠が祀られている。道路と畑によって一部掘削されているように見える。特に墳丘の北側半分くらいが掘削されている可能性があり,元はもっと大きな古墳(円墳または前方後円墳)だったと思われる。

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東の方から見た5号墳所在地付近


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南の方から見た5号墳


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南西の方から見た5号墳


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西の方から見た5号墳


井上古墳群の4号墳は,5号墳の西約50mのところにあったけれども,道路工事等により湮滅し,現在では古墳所在地付近に供養塚があるのみとなっている。発掘調査の結果,円筒埴輪,石棺,直刀,管玉,人骨等が出土している。
なお,この供養塚の周囲の現況は,太陽光パネル群となっている。
ちなみに,茨城県内においては,古墳(高塚)や塚上の祠を粗末に扱うと祟りがあると広く信じられている。実際,あちこち見学して回っていると,地元の方からそのような実例のことを耳にする機会が決して少なくない。一般に,古墳等の発掘調査の際,御祓いが行われることが多い。また,地権者の信仰心が深い場合,諸般の事情によりやむを得ず掘削した塚の所在地またはその近くに地鎮のための供養塚や祠が設けられることが珍しくない。


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南の方から見た供養塚


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供養塚上にある石材


井上古墳群の4号墳~5号墳の所在地付近から観ると,4号墳の東の方に塚A及び塚Bが見える。これらの塚が古墳なのかどうか確実ではないが,新たに発見された古墳に該当するのではないかと思う。


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北の方から見た塚A


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北の方から見た塚B


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西の方から見た塚B
(左手奥は塚A)


井上古墳群の4号墳の所在地の南に3号墳の所在地がある。しかし,3号墳は,既に湮滅している。

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