かすみがうら市上稲吉:西田古墳群(その3)

過日,西田古墳群(茨城県かすみがうら市上稲吉)を見学した。
茨城県教育委員会編『重要遺跡調査報告書Ⅰ』(昭和57年3月)の209頁は,西田古墳群に関し,3基の前方後円墳(全長20~30m)と5基の円墳(いずれも直径20m)の合計8基の古墳によって構成される古墳群としている。南端にある古墳が1号墳(前方後円墳)であり,北端にある古墳が8号墳(円墳)になる。2号墳と3号墳は,前方後円墳とされている。
『重要遺跡調査報告書Ⅰ』の付番に従うのが妥当だと判断した。

西田古墳群の4号墳の所在地の東を通る道を更に北上すると,Y字路のようになっている場所がある。そのY字路のような場所の南東側は太陽光パネル群となっており,その南も開削・整地されている途中のようだったので,いずれ太陽光パネル群になってしまうのかもしれない。更には,2号墳及び3号墳所在地の林も伐採・整地されて太陽光パネル群になってしまうのではないかと想像した。

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南の方から見た4号墳所在地の東を通る道


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南の方から見たY字路付近


このY字路のような場所の南西側が5号墳の所在地となっている。
その場所の現況は荒地と笹薮なのだが,5号墳所在地と推定される場所付近だけは草刈りをした形跡があった。
5号墳は,既に湮滅していると思われるが,若干の地膨れのようなものがあり,その場所が5号墳の跡地かもしれないとも思った。ただし,確実ではない。


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北の方から見た5号墳所在地付近


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5号墳の痕跡所在地?


西田古墳群の6号墳及び7号墳は,5号墳所在地の北に位置する現況果樹園のような場所にあることになっている。そのあたりには明確に墳丘と認めることのできるようなものはなかった。もしかすると地下に遺構が残されているのかもしれないが,地表の様子を前提とする限り,6号墳と7号墳は既に湮滅していると理解すべきだろうと思う。


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北東の方から見た6号墳所在地付近
(奥は5号墳所在地付近)


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東の方から見た7号墳所在地付近


西田古墳群の8号墳は,6号墳及び7号墳の所在地から少し離れた台地の北端付近にある。立派な円墳が現存している。
8号墳所在地の周囲は果樹園となっているので,葉の繁っている時期には墳丘が見えないかもしれない。
果樹園の中に踏み入ることはできないので,道路から見える範囲内で見学した。
8号墳所在地の北の方は段丘崖の斜面となっている。西田古墳群所在地を南北に走る道を更に北上し,段丘崖から段丘裾のあたりまで降りる途中は,東側が竹林,西側が耕地となっている。立地から推測すると,かつて,そのあたりにも古墳があったのだろうと思った。しかし,現況では墳丘と認められ得るようなものが全く見当たらず,作業用の土砂を積み上げた塚状の築山がある程度のような状態となっている。
途中で源平咲きの椿を観た。とても綺麗だった。


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南西の方から見た8号墳所在地付近


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南東の方から見た8号墳


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西の方から見た8号墳


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源平咲きの椿


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段丘北側にある低地の様子


西田古墳群全体を見学した後の総括的な感想としては,全面的な精密調査のやり直しを要する古墳群だと判断した。関連記録の記載が混乱し過ぎている。

蛇足だが,一般に,太陽光パネルの耐用年数はそんなに長いものではなく,太陽光に直接に晒さないと意味のない道具なので紫外線によって液晶,樹脂部分,接点部分等の経年劣化が急速に進み,へたをすると使用開始後10年もたたない間に使用できなくなって修理・交換の必要性が出てくる可能性がある。そうなると,いつまでたっても黒字転換できない危険なリスクのある業種ということになるかもしれない。加えて,現在のところ,使用不能になって破棄される太陽光パネルの最終処分場は存在しないので,そのまま放置(不作為による不法投棄)されたような状態になってしまうかもしれない。
太陽光パネル発電会社に土地の利用を認めて対価を得るような場合でも,当該企業の収益が悪化すれば,施設を放置したまま夜逃げしてしまうことが当然に予想される。そのような場合,放置された施設の撤去・廃棄の費用は,地主の負担となる。
国や自治体が面倒を見ることはあり得ない。しかし,国や自治体がそのようなリスクが存在することをわかりやすく説明せず,逆にリスクを隠蔽しながら設置推進をした場合,国や自治体としては,裁判所が国や自治体の賠償責任を認めてしまうことになるような事態の発生は想定しておかなければならないだろうと思う。

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