ひたちなか市中根:笠谷古墳群再訪(その2)

過日,笠谷古墳群(茨城県ひたちなか市中根)を再訪した。
笠谷2号墳の周囲にあった笹が綺麗に刈り取られており,とても見学しやすい状態となっていた。
前回見学した際に5号墳だと思った古墳が4号墳の残存部分であることを認識し,その墳丘の北側の様子を見学することができた。草刈りが行われていた結果,そのように認識できた。勝田市史編さん委員会編『勝田市史 別編Ⅱ 考古資料編』(昭和54年)の195頁には,4号墳の所在地に関し,「2号墳の南約20mに位置する」と記している。
まことにありがたいことだと思う。
従前の記事を修正した。
なお,笠谷4号墳に関し,『勝田市史 別編Ⅱ 考古資料編』の195頁には,「戦時中に高射砲陣地のため削平したらしいという話があるので注意する必要があろう」との注記がある。

笠谷5号墳の現況は,明瞭な墳丘を視認できない。
笠谷5号墳に関し,『勝田市史 別編Ⅱ 考古資料編』の195頁には,「第6号墳の北側にあり,ほとんど墳丘の裾に接している」,「6号墳の周堀に墳丘の一部がかかっており,周堀の埋没後に築造されたと見るよりは,6号墳に先行する可能性がある」との記載がある。
この場所は,過去記事の中で6号墳の周溝付近を西側から撮影した写真の範囲内に所在するものと思われる。
今回は,『勝田市史 別編Ⅱ 考古資料編』の197頁にある6号墳測量図の中にある5号墳所在地付近を4号墳の方から観察してみることができた。
戦時中に墳丘が削平されたのは,4号墳ではなく5号墳だったのではないだろうか?

8号墳の北側に隣接して9号墳の残骸があることになっているのだが,現況では明瞭に確認できるものがないので,湮滅したと判断して差支えないのではないかと思う。

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東の方から見た4号墳の所在地付近
(左手奥は6号墳)


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北東の方から見た4号墳


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北の方から見た4号墳
(奥は6号墳)


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4号墳付近から見た6号墳の北西側周溝部分


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西の方から見た8号墳


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北西の方から見た9号墳所在地付近

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