行方市矢幡:西ノ下塚群と御岳塚

過日,西ノ下塚群と御岳塚(茨城県行方市矢幡)を見学した。
西ノ下塚群は3基の塚で構成されており,御岳塚と合わせて4基の塚が矢幡営農センター裏の山の尾根上に並んでいる。これらの塚は,かつては古墳と考えられていたようなのだけれども,現在では近世の塚として扱われている。
塚のある尾根の南側は矢幡共同墓地となっており,また,この尾根の北西側台地上の現況は,平坦な畑地となっていた。この畑地部分は,上ノ台遺跡と呼ばれる縄文時代~古墳時代~奈良・平安時代の遺跡包蔵地に指定されている。その南西側には草餅遺跡と呼ばれる縄文時代と古墳時代の遺跡包蔵地がある。
なお,これらの塚に関し,現時点において,いばらきデジタルマップ上の所在地表示は間違っており,実際には所在地表示される場所よりも北の方にある。

矢幡営農センター裏の尾根上(矢幡共同墓地の東)付近にある2基の塚の付番に関しては,その存否を含め,詳細がわからないので,このブログ記事では,仮に,最も南東側の塚を塚Aと呼び,最も北西側の塚を塚Cと呼び,塚Aと塚Cとの間にある塚を塚Bとぶことにする。御岳塚は,塚Cの北側の急斜面上の台地南東端付近にある。

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南東の方から見た遺跡所在地付近
(右端:西ノ下塚群と御岳塚)
(右の少し高いところ:御岳塚所在地)
(中央付近:上の台遺跡付近)
(中央より左の山の裏側:草餅遺跡所在地)


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移動の途中で出逢ったヤギ


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矢幡営農センター脇(北東側)からの登り道
(中央奥は,御岳塚所在地付近)


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北西の方から見た塚A


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南の方から見た塚A


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塚A所在地付近から見た北浦


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南東の方から見た塚B


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塚B上に建立された鎮霊碑


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南西の方から見た塚B


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北西の方から見た塚B


IMG_5265.JPG南の方から見た塚C


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塚C付近にあった供養塔


御岳塚には神社の石碑が建立されており,裾には金比羅神社等のほか,多数の石造物が並べられている。この塚を守り続けてきた人々にとって極めて大事な塚なのだと思う。敬意を表する趣旨で,塚の前で一礼した。


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御岳塚


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御岳塚上に建立された神社
(圀常立命・天照大御神・大己貴命・少彦名命)


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御岳塚の右側に並ぶ多数の石造物


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御岳塚の裾に並ぶ多数の石造物


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御岳塚付近から見える景色


西ノ下塚群と御岳塚のすぐ北側の山は,要害城跡とされており,道があれば寄ってみたかったのだが,完全に藪化しており,要害城跡へアクセスすることは物理的に不可能と判断した。元は上ノ台遺跡のある畑地から続く平坦地だったらしい。下記のサイトによれば,かつては小学校の敷地となっていたようだ。
下記のサイトの中にある要害城の見取り図で「A」と表示されている土壇状の部分は,瓢箪山古墳の所在地に該当すると思われる。しかし,アクセスできない。この瓢箪山古墳は,全長30mの前方後円墳とされている。瓢箪塚古墳(矢幡瓢箪塚古墳)とは別の古墳なのだが,同じような名前なので紛らわしい。


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北東の方から見た遺跡所在地付近
(左手の小山:西ノ下塚群と御岳塚)
(中央奥の山:御岳塚所在地)
(右端付近:要害城所在地の一部)



 余湖くんのホームページ:石神城・石堂砦・小牧館・出志館・楯の台城・矢幡館・要害城
 http://yogokun.my.coocan.jp/ibaraki/asounif.htm

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