長野県上田市真田町長:山家神社・真田神社

過日,山家神社(長野県上田市真田町長)を参拝した。祭神は,大国主神・伊邪那美神・菊理媛神。日本武尊・神八井耳神を配祀している。 式内社であり,真田氏ゆかりの神社であると共に白山信仰とも関係する神社。 天安元年(857年)に現在の場所に遷座し,その後何度か社殿が焼失したけれども再建されて今日に至っているとのこと。 境内には真田神社が…
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上田市殿城:塚穴古墳

過日,塚穴古墳(長野県上田市殿城)を見学した。 塚穴古墳は,現況で直径6.6m×4.1m・高さ4.1mの円墳とされている。横穴式石室が露頭している。 塚穴古墳の所在地は,永沢古墳群と同じような山の斜面(沢筋)に構築された棚田の中にある。おそらく,かつては同様の古墳が多数あったのだろうと想像される。塚穴古墳所在地のある斜面を南西方向に…
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笛吹市八代町北:団栗塚古墳

過日,団栗塚古墳(山梨県笛吹市八代町北)を見学した。 八代町誌編纂室編『八代町史 上巻』(昭和50年)の398頁及び406頁によれば,団栗塚古墳(番号58)は,元は前方後円墳だったとされる古墳。その前方部は明治時代の道路敷設工事の際に掘削されたとのこと。現況は,直径約18×16m・高さ約2.8mの円墳のようになっている。 墳頂には勝…
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笛吹市八代町北:真根子塚古墳

過日,真根子塚古墳の所在地(山梨県笛吹市八代町北)付近を見学した。 八代町誌編纂室編『八代町史 上巻』(昭和50年)の398頁及び406頁によれば,真根子塚古墳(番号54)は,周囲15m・高さ0.5mのマウンド状のものであり,「東北の隅(道路敷)が空洞になっている」との注記がある。現況に関しては,「乱掘,全壊」,「畑」と記されている。…
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笛吹市八代町北:伊勢塚古墳

過日,伊勢塚古墳(山梨県笛吹市八代町北)を見学した。 八代町誌編纂室編『八代町史 上巻』(昭和50年)の398頁及び406頁によれば,伊勢塚古墳(番号55)は,高さ3.5m・周囲35mの円墳とされており,編纂当時における墳丘の現況は「原形に近い形で残存」,「竪穴式石室?」と記載され,所在地の現況は「山林 熊野神社(国有地)」と記載され…
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笛吹市八代町北:熊野神社と古墳

過日,熊野神社(山梨県笛吹市八代町北)を参拝した。祭神は,伊弉冉命・速玉男命・事解男命。 説明板によれば,熊野神社は,朱鳥年中(686年頃)に紀州熊野社領八代荘に勧請された古社とのこと。熊野神社近くにある団栗塚等の古墳も熊野神社領内にある。 熊野神社には「長寛勘文」と呼ばれる非常に貴重な古文書が保管されており,この地域の古代の様子を…
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笛吹市:経塚古墳再訪

過日,四ツ谷古墳群を見学した後,徒歩で移動して散策しながら四の橋を渡って金川の東岸に移動し,山梨県森林公園金川の森(山梨県笛吹市一宮町国分)の中にある経塚古墳を再訪した。 以前経塚古墳所在地を訪問した時には草の生えている時期だったのだが,今回は草の生えていない時期。新型コロナの関係もあるのだろう,人気はまばらだった。 公園内の経塚古…
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笛吹市:四ツ塚古墳群

過日,四ツ塚古墳群(山梨県笛吹市一宮町国分)の23号墳,24号墳及び25号墳を見学した。時間の関係等から,26号墳及び27号墳の所在地は見学しなかった。 四ツ塚古墳群の23号墳,24号墳及び25号墳は,一宮御坂ICの東側緑地内にある。 鳥の糞のようなもので汚れていて判読困難だったけれども,24号墳は墳丘の直径7.0m・高さ1.9mの…
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笛吹市:甲斐国分寺

過日,臨済宗妙心寺派・護国山甲斐国分寺(山梨県笛吹市一宮町国分)を参拝した。本尊は,薬師如来。 甲斐国分寺は,天平13年(741)に全国に聖武天皇によって建てられた国分寺の1つであり,元は甲斐国分寺跡の所在地にあった。建長7年(1255年)に堂宇が焼失し,その後,紆余曲折を経て,武田信玄により再興された。甲斐国分寺跡が国有地となり,史…
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笛吹市一宮町:石船神社

過日,石船神社(山梨県笛吹市一宮町国分)を参拝した。祭神は,高寵神・闇淤加美神。 石船神社は,甲斐国分寺跡の南西に鎮座している。 下記の山梨県神社庁のサイトによれば,「神殿下に船に似た石あり」ということなので,境内にある舟形石とは別のものが社殿下にあるということなのだろう。それがどういうものなのかはわからないけれども,「舟形石棺とい…
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笛吹市:甲斐国分尼寺跡

過日,甲斐国分寺跡を見学した後,甲斐国分尼寺跡(山梨県笛吹市一宮町東原)を見学した。 甲斐国分尼寺跡は,甲斐国分寺跡の北の方に位置し,道路によって失われている部分が少なくないとはいえ,金堂跡と講堂跡付近が残されており,史跡公園として整備されている。 南門跡付近の十字路角には道祖神が祀ってあった。道祖神は,地域によって様式が異なる。笛…
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笛吹市:甲斐国分寺跡

過日,甲斐国分寺跡(山梨県笛吹市一宮町国分)を見学した。 遺跡の発掘調査結果等は,笛吹市教育委員会『国指定史跡甲斐国分寺跡-金堂跡確認調査の概要報告書-』(2012年)の中にまとめられている。この報告書中にある航空写真と図面を見ると,当時の伽藍配置等を理解しやすい。 遺跡の東側にある駐車場にクルマを停め,そこから先は徒歩で見学して回…
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つくば市若栗:念向寺

過日,時宗・智光山定正院念向寺(茨城県つくば市若栗)を参拝した。本尊は阿弥陀如来。 創建は,創建は大同元年(806年)とされている。元は真言宗の寺院だったらしいのだが,若栗城が落城した際に堂宇全てが焼失した。その後,戦国時代末になって再興され,現在では時宗(浄土宗)の寺院となっている。 念向寺は,一見すると普通の寺のように見えるかも…
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群馬県佐波郡玉村町:梨ノ木山古墳など

過日,梨ノ木山古墳(群馬県佐波郡玉村町下茂木)を見学した。 梨ノ木山古墳は,芝根村3号古墳とも呼ばれる古墳。現況は,直径42m×45m・高さ7mの円墳とされている。ただし,元は前方後円墳だったと考える見解が有力となっているようだ。滑石製模造品等が出土しており,非常に興味深い。 梨ノ木山古墳の周囲には小さな古墳が点在している。それらの…
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群馬県佐波郡玉村町:軍配山古墳

過日,軍配山古墳(群馬県佐波郡玉村町角渕)を見学した。 軍配山古墳は,御幣山古墳または玉村町1号古墳とも呼ばれ,直径約40m・高さ約6mの円墳とされている。粘土槨から内行花文鏡,勾玉,管玉,鉄鏃等が出土している。当時の朝廷と直接の関係をもち,この地を支配した者の墓所なのだろう。 軍配山との呼称は,天正10年(1582年)の神流川合戦…
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コクワガタ?

本日,つくば市周辺の低山を散策していたところ,狭い舗装道路の上を小型のクワガタムシが横断しているのを見つけた。あまり自動車の通らない道路なのだけれども,当地では生活道路の1つなので,自動車に踏みつぶされてしまうかもしれない。 そっとつまんで路傍に置き,写真を撮ってから越冬できそうな場所に放した。 たぶん,コクワガタ(Dorcus r…
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群馬県佐波郡玉村町:神楽寺

過日,天台宗・八幡山偏照院神楽寺(群馬県佐波郡玉村町下新田)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。 神楽寺は,玉村八幡宮の西側隣地にある。明治時代の神仏分離前は,玉村八幡宮の別当だったようだ。 神楽寺の山門には「神樂寺」と記されている。 神楽寺の創建は不詳だが,永正年間に白井城(群馬県渋川市)の城主・長尾憲景の家臣吉里対馬入道が再建し,…
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群馬県佐波郡玉村町:玉村八幡宮

過日,玉村八幡宮(群馬県佐波郡玉村町下新田)を参拝した。 玉村八幡宮は,建久6年(1195年)に鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請した角渕八幡宮がはじまりで,その後,現在地に遷座して玉村八幡宮となったのだそうだ。 社殿,随神門,神楽殿等の建物は,とても立派なものだった。これらの建物は,いずれも玉村町の指定重要文化財となっている。 国魂神社,厳…
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群馬県佐波郡玉村町:玉村町歴史資料館と古墳

玉村町歴史資料館(群馬県佐波郡玉村町福島)を見学し,その敷地内にある玉村町15号墳移築石室などを見学した。新型コロナの関係を心配したけれども,他に来館者はないだろうと予測し,3密にはならないことを期待していたのだが,実際そのとおりだった。資料館の展示室を出る頃にもう1人来館者があったので,正直言ってちょっと驚いた。 玉村町歴史資料館に…
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前橋市:亀塚山古墳

過日,亀塚山古墳(群馬県前橋市山王町)を見学した。 亀塚山古墳は,上陽村20号古墳または上陽20号墳とも呼ばれ,推定全長約60m・後円部直径約40m・後円部高さ約6.5m,前方部長さ約20m・前方部高さ約1.5mの帆立貝式前方後円墳とされている。 亀塚山古墳は,金冠塚古墳の北西約300mのところにあり,亀塚山古墳の東側はすぐに段丘崖…
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前橋市:王山古墳

過日,王山古墳(群馬県前橋市大渡町)を見学した。 王山古墳は,王山公園の中にあり,全長75.6m,後円部直径50m・後円部高さ4.5m,前方部幅63.1m・前方部高さ3.9m,2段築成で,前方部を北西の方に向けた前方後円墳とされている。 横穴式石室があるが,現在では埋め戻されている。後円部の墳頂付近に石室位置を示す石の配列がある。 …
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群馬県邑楽郡邑楽町中野:横町古墳

過日,横町古墳(群馬県邑楽郡邑楽町中野)を見学した。 横町古墳は,形状不明の古墳とされている。一般には直径10m前後の円墳と考えられているようなのだが,南の方から見ると小型の前方後円墳のようにも見える。ただし,後代の塚である可能性は否定されないのではないかと思う。発掘調査等が行われたのかどうかについては,不明。 横町古墳は,段丘の崖…
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群馬県邑楽郡邑楽町中野:永明寺

過日,曹洞宗・精勤山永明寺(群馬県邑楽郡邑楽町中野)を参拝した。本尊は,薬師如来。 永明寺は,元弘元年(1331年)に夢窓国師開基の寺院とのことで,境内には夢窓国師手植えのキンモクセイがある。このキンモクセイは,国指定天然記念物となっている。 永明寺の入口付近右脇(北側)には地蔵尊と思われる御堂と石仏等がある。境内にも地蔵菩薩がある…
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館林市:町屋1号墳

過日,町屋1号墳(群馬県館林市楠町)を見学した。 町屋1号墳は,「JA邑楽館林農産物直売所ぽんぽこ」の南約100mのところにあり,直径約30mの円墳とされている。現況は,墳丘の一部が道路等によって掘削され,少し小さくなっているように見える。 町屋1号墳の近隣には幾つかの古墳が残されており,公道から見学可能なものもあるようだ。この日に…
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栃木県栃木市藤岡町赤麻:赤麻古墳群

過日,赤麻古墳群(栃木県栃木市藤岡町赤麻)の所在地を訪問した。赤麻古墳群は,赤麻愛宕塚古墳群の西に位置している。 赤麻古墳群は,4基の古墳によって構成される古墳群とされている。 赤麻1号墳は,直径約20m・高さ約2mの円墳とされている。南向きに横穴式石室が開口しているのだが,その開口部付近に直接にアクセスできる道が存在せず,また…
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栃木県栃木市藤岡町赤麻:赤麻愛宕塚古墳群

過日,四所神社の境内地(赤麻愛宕塚古墳群3号墳所在地)を含め,赤麻愛宕塚古墳群の所在地を訪問し,古墳所在地を見学した。 赤麻愛宕塚古墳群は,3基の古墳で構成される古墳群とされているけれども,1号墳は,既に湮滅している。2号墳及び3号墳は,素人目には判別が非常に難しい。 赤麻愛宕塚1号墳(赤麻愛宕塚古墳)は,金福寺境内にあった直径…
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栃木県栃木市藤岡町赤麻:四社神社と古墳

過日,四社神社(栃木県栃木市藤岡町赤麻)を参拝した。 この神社は,永承5年(1050年)に厳島神社を勧請したのが創始とのこと。その後,兵火で社殿が焼失したけれども,再建され,他の神社を合祀して今日に至っているようだ。その結果として,稲荷大明神(豐宇氣大神),雷電神(別雷大神),厳島神社(市杵島姫命・田心姫命・湍津姫命)及び柿本大明神(…
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多々良沼で観た鳥

過日,クルマで移動中,多々良沼の岸辺を通った。 野鳥観察棟(群馬県館林市日向町)の前を通ったので,その駐車場にクルマを停めた。そこから見える範囲内で野鳥の観察をした。 その日や薄曇りだったので,ズームで撮影すると鳥の輪郭が明確ではなくなってしまうという問題はあったけれども,どうにか識別可能な写真を何枚か撮影することができた。 コウ…
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福島県東白川郡棚倉町棚倉:秋葉神社

過日,秋葉神社(福島県東白川郡棚倉町棚倉)を参拝した。祭神は,火之迦具土神。 この神社は,文政元年(1818年),浜松から転封により城主となった松平正甫が秋葉神社(静岡県浜松市天竜区春野町領家)を勧請したのが始まりとのこと。 境内地は,棚倉城外堀(外濠)の北門付近に位置している。 小さな神社なのだが,境内には欅の巨木がある。また,…
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福島県東白川郡棚倉町:棚倉城跡

過日,棚倉城跡(福島県東白川郡棚倉町棚倉)を見学した。 棚倉城の所在地は,元は近津明神(都々古別神社)の境内地だったけれども,同社を棚倉町馬場に遷座させた上で築城されたものとのこと。遷座後の神社が,馬場都々古別神社となっている。 本丸南西側(追手)の土橋付近には欅の巨木がある。この欅は,近津明神(都々古別神社)の神木だったとのことな…
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福島県東白川郡棚倉町八槻:如意輪寺

過日,真言宗智山派東奥密林・聖武密山持寳院如意輪寺(福島県東白川郡棚倉町八槻)を参拝した。本尊は,如意輪観音菩薩。 天平11年(739年)に行基によって創始された古い寺院とのこと。仙道三十三観音霊場第二十三番目札所となっている。 「東奥密林」は,陸奥の檀林寺であることを示すもので,神社で言えば「陸奥一宮」と同じような格付けとなるよう…
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福島県東白川郡棚倉町八槻:八槻都々古別神社

過日,八槻都々古別神社(福島県東白川郡棚倉町八槻)を参拝した。祭神は,味耜高彦根命・日本武尊。 八槻都々古別神社は,都々古別三社の一社(中宮)とされている。式内社「都都古和気神社 名神大社」の論社。 本殿と随身門は,福島県の重要文化財に指定されている。都々古別神社の御田植は,国の重要無形民俗文化財に,八槻都々古別神社の神楽は,福島県…
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福島県石川郡浅川町:染の虚空蔵様と古墳

過日,染の虚空蔵堂(福島県石川郡浅川町染中内迎)を参拝し,虚空蔵堂となっている石室を拝見した。 道路から山道に入る場所付近に,染縁満虚空蔵尊鞘堂落慶記念碑がある。 そこからかなり急峻な山道を登ると,山頂付近に石室の露頭があり,その石室が虚空蔵堂となっている。 虚空蔵菩薩像の前で合掌し,その周辺を拝見した。 この石室の古墳は,浅川…
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須賀川市日照田:団子山古墳

過日,団子山古墳(福島県須賀川市日照田)を見学した。 団子山古墳は,令和2年までに9回にわたり発掘調査が重ねられている。 団子山古墳は,従来は直径約50m・高さ約10mの円墳とされてきたけれども,現在では,全長65mの前方後円墳として理解されている。令和2年の調査では,墳頂付近に埴輪列が存在することなどが確認されている。非常に貴重な…
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須賀川市和田:蝦夷穴古墳

過日,蝦夷穴古墳(福島県須賀川市和田蝦夷穴)を見学した。 蝦夷穴古墳は,果樹園の中にある。その果樹園の経営者の方にお願いして見学の許可を得た上で,見学した。 蝦夷穴古墳は,直径約35m・高さ約4~5mの円墳とされており,一部削平されているとのことなのだが,現況でもかなり大きな古墳のように見える。 大きな石室が開口している。東日本大…
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福島県東白川郡棚倉町:塚原古墳

過日,塚原古墳(福島県東白川郡棚倉町塚原)を見学した。 塚原古墳は,直径約20m・高さ約2mの円墳とされている。かつて,塚原古墳群と呼ばれる古墳群を構成する多数の古墳があったけれども,現在では1基しか残されていないとのこと。 横穴式石室があるとのことなのだが,センダングサの類が密生しており,説明板のあたりまで登るのがやっとで,墳丘を…
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福島県西白河郡泉崎村太田川:原山古墳

過日,原山古墳(福島県西白河郡泉崎村太田川原山)を見学した。 原山古墳は,泉崎村泉崎農産物直売所はにわの里(福島県西白河郡泉崎村泉崎山崎)の西約100mのところに位置する山の上にある。 古墳所在地に登る階段の入口付近と古墳所在地の2か所に説明板があった。 原山古墳は,現況では墳形も不明な状態になってしまっているけれども,元は全長約…
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郡山市静町:静御前堂と針生古墳

過日,静御前堂(福島県郡山市静町)の境内にある針生古墳を見学した。 静御前堂は,曹洞宗・磐石山長泉寺が管理する御堂。源義経の妻・静御前の霊を弔うための御堂とされており,境内には静御前の乳母・さいはらの石碑と従者・小六の石碑がある。ただし,これらの碑は,文体が現代文のものとなっていることやその体裁等から,現代において新しくつくり直された…
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茨城県稲敷郡美浦村:木原清月古墳群再訪

先日,木原清月古墳群(茨城県稲敷郡美浦村木原)の5号墳~8号墳所在地を再訪した。 木原清月古墳群の5号墳~8号墳は,曹洞宗・実照山永巖寺の本堂裏(北東側)の土塁状になった尾根の上にある。 今年(2020年)の初夏に現地を訪問し,古墳を探してみたところ,2基しか見つけられなかった。その時は,5号墳と8号墳ではないかと判断した。そのブロ…
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須賀川市舘ケ岡:神成横穴墓群

過日,神成横穴墓群(福島県須賀川市舘ケ岡)を見学した。 神成横穴墓群は,福島県道55号郡山矢吹線にまたがって分布しているが,主な横穴墓がある場所は,県道の東側に少し入った場所の段丘崖のような場所となっている。県道をはさんだ西側の崖にも数基の横穴墓がある。 東側部分の入口付近には1台程度の駐車スペースがあり,説明板が立てられている。 …
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福島県岩瀬郡天栄村:龍ヶ塚古墳

過日,龍ヶ塚古墳(福島県岩瀬郡天栄村白子)を見学した。 龍ヶ塚古墳は,墳丘長約36 m,後円部直径約14 m・後円部高さ約4.5 m,前方部幅約17 m・前方部高さ約4mで,西の方に前方部を向けた前方後円墳とされている。後円部よりも前方部の方が大きくなっている特殊な形状をもつ古墳。前方部の頂には淡島神社の石祠がある。 須賀川市教育委…
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上田市真田町:藤沢古墳群

過日,藤沢古墳群(長野県上田市真田町本原)を見学した。 藤沢古墳群は,砥石城登山口・駐車場の東約250mのところにあり,3基の古墳によって構成されている。ただし,3号墳は,鉄道建設工事に伴い線路敷地となって湮滅した。1号墳の墳丘の一部も線路工事のため掘削され,墳形が変形しているとのこと。 藤沢1号墳は,南北径13.2m×東西径8…
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上田市真田町:信綱寺

過日,曹洞宗・大柏山信綱寺(長野県上田市真田町長)を参拝した。本尊は,釈迦如来。 信綱寺は,室町時代頃に横尾采女守が一族の菩提寺として建立した打越寺がはじまり。その境内地は,天文17年(1548年)の上田原合戦の際に横尾氏が滅亡した後に真田氏の領地となった「内小屋」と呼ばれる場所の中心地付近にある。横尾氏の祖は,諏訪大社の神氏と何らか…
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上田市真田町:内小屋城跡

過日,内小屋城跡(長野県上田市真田町長)の一部を見学した。 城跡の所在地は,戸澤神社の西(真田運動公園の北)であり,東西に細長く伸びる尾根状の台地となっている。平野部の方から見るとこの尾根状の台地しか見えないが,その陰(北側)に信綱寺(打越寺)があり,そのあたりが「内小屋」と呼ばれる横尾氏の支配地だったらしい。天文17年(1548年)…
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上田市真田町長:戸澤神社

過日,戸澤神社(長野県上田市真田町長字柳又)を参拝した。祭神は,建御名方命・八坂刀売命。 下記の長野県神社庁のサイトによれば,延暦年中(782年~806年)信濃国一の宮諏訪神社の御分霊をうつし祀って諏訪大明神と称したのがはじまりで,明治16年3月に戸澤神社と改称したとのこと。 非常に古い神社の1つということになる。また,古代における…
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上田市殿城:赤坂将軍塚古墳

過日,赤坂将軍塚古墳(長野県上田市殿城)を見学した。 赤坂将軍塚古墳は,良泉寺の北西約150mのところにあり,東西径約18m×南北径約17m・高さ約5mの円墳とされている。 かつて,赤坂将軍塚古墳周辺には多数の古墳があったようなのだが,現在ではそれらの古墳のほとんど全部が湮滅してしまっているとのこと。ただし,近隣の石垣等には古墳石室…
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上田市殿城:良泉寺

過日,曹洞宗通幻派・大安山良泉寺(長野県上田市殿城)を参拝した。本尊は釈迦牟尼仏。 天正3年(1575年)に矢沢薩摩守綱頼が創立。矢沢氏は,諏訪神氏系の豪族だったけれども,戦国時代に真田幸隆の弟である綱頼が継ぎ,その菩提寺とするために良泉寺を建立したとのこと。その後,真田氏と矢沢氏が松代に移った後には,矢沢地区周辺は旗本・矢沢仙石氏の…
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上田市真田町:広山寺と古墳(その2)

過日,曹洞宗・上原山広山寺(長野県上田市真田町本原)を参拝した。 広山寺の境内地は,広山寺古墳群と呼ばれる古墳群の所在地となっている。 上田市立信濃国分寺資料館編『平成24年度特別展 権力者と富裕者の幽世ー上田市域の古墳総まくり-』の3頁及び5頁によれば,広山寺古墳群は,2基の古墳によって構成されているとのこと。 広山寺1号墳…
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上田市真田町:広山寺と古墳(その1)

過日,御屋敷公園にある真田氏歴史館(長野県上田市真田町本原)と真田氏館跡を見学した後,曹洞宗・上原山広山寺(長野県上田市真田町本原)を参拝した。本尊は,釈迦牟尼佛。 広山寺は,正式には「廣山寺」と書くようだ。元は十輪寺という寺院があった場所で,同寺が廃れた後,広山寺が建立されたらしい。 下記の真田山種月院長谷寺のサイトによれば,白山…
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上田市真田町:御屋敷公園と真田氏歴史館周辺(その3)

過日,御屋敷公園にある真田氏歴史館(長野県上田市真田町本原)と真田氏館跡を見学した後,広山寺の方に向かって西の方に歩いた。 途中でちょっと道を間違ってしまい,公衆トイレのある場所から南西の方に下る道に入ってしまった。大きな道祖神があった。 間違いに気づき,北西の方に戻ると,大松農園の方から声をかけられた。地理不案内で道に迷っている老…
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上田市真田町:御屋敷公園と真田氏歴史館周辺(その2)

過日,御屋敷公園にある真田氏歴史館(長野県上田市真田町本原)を見学した後,真田氏館跡を見学した。真田氏館跡には土塁等が比較的良く残されている。 真田氏館跡のほぼ中心部には皇太神社がある。祭神は,天照皇大神。 下記の長野県神社庁のサイトによれば,「社伝によると真田昌幸が上田城に移るにあたって、この居館跡を保存するため伊勢神宮の御分霊を…
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上田市真田町:御屋敷公園と真田氏歴史館周辺(その1)

過日,御屋敷公園にある真田氏歴史館(長野県上田市真田町)を見学した。 御屋敷公園真田歴史館に向かう途中で,大きな石材を積み上げた上に石祠や供養塔等が並び,鳥居のある場所があった。この石材は,石室材のように見える。 真田氏歴史館の周辺には幾つかの駐車場が用意されている。このあたりには非常に多数の遺跡があるのだが,広山寺境内等のごく少数…
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上田市殿城:稲倉の棚田と永沢古墳群

過日,稲倉の棚田(長野県上田市殿城)を訪問し,棚田の中にある永沢古墳群を見学した。 稲倉の棚田は,上田市殿城地区の山間にある谷のような場所の斜面を小さな棚として開墾し,全体として比較的広範囲な棚田を構成しているもので,現在ではボランティア団体により管理・保全されている。 稲倉の棚田は,元禄時代から明治時代にかけて開田されたものと考え…
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小美玉市堅倉:加藤家の門と「かと屋」旅館

過日,貴布禰神社を参拝した際,歴史の香りが漂う近隣地域もちょっとだけ散策した。 貴布禰神社の西の方に続く通りは,古くからあるもので,道路に面してとても立派な屋敷塀や門をもつ家が多い。 それらの中に幕末の天狗党の乱の際に焼け残った柱材等を用いて復元したという加藤家の復元門があり,その旨を説明する石碑が立てられていた。 このあたりの景…
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小美玉市堅倉:貴布禰神社

過日,貴布禰神社(茨城県小美玉市堅倉)を参拝した。祭神は,高龗神・金山彦神。 長元元年(1028年)創始の貴布禰神社と弘安年間(1278年)創始の金刀比羅神社を合祀した神社とのこと。 境内には欅の巨樹があり,壮観と言える。また,非常に興味深い石造物等があった。 なお,いつもどこでも思うことだが,千社札等の御札の貼付を歓迎していない…
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小美玉市:永福寺

過日,天台宗・蓬莱山薬師院永福寺(茨城県小美玉市竹原中郷)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。 本尊の阿弥陀如来坐像は,室町時代に作成されたものと推定されている。また,江戸時代に永福寺第22世尭雄法印が願主となって元禄9年(1696年)に製作された釈迦如来涅槃曼荼羅刺繍がある。これらの文物から,永福寺の創始は,相当古い時代に遡ると推定でき…
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川越市小仙波町:仙波仙芳眞人入定塚

過日,仙波仙芳眞人入定塚(埼玉県川越市小仙波町)を見学した。 仙波仙芳眞人入定塚は,喜多院の山門の南東約70mのところにある。 住宅街の中に取り残されたような場所で見つけにくいのだが,「仙芳眞人入定塚入口」との表示がある場所から小路を入ると仙波仙芳眞人入定塚のある場所に到達できた。塚の前で合掌した。 塚の敷地一帯は,貝塚遺跡の一部…
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川越市小仙波町:星野山無量寿寺南院(多聞院)遺跡

過日,三変稲荷神社古墳の見学を終え,喜多院の方に向かって歩いていたところ,古い石仏や墓石等が多数集められた区画を通りかかった。 この場所は,平安時代の天長年間に創建された天台宗・星野山無量寿寺南院(多聞院)の境内が存在した場所とのことで,その旨の表示板と絵図の掲示板があった。 墓石中の中央付近には「昭和4年3月再建」との記載のある閻…
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川越市小仙波:三変稲荷神社と古墳

過日,三変稲荷神社(埼玉県川越市小仙波)を参拝し,同社の基壇部になっている古墳を拝見した。 神社の鳥居脇にある石柱には「三變土田稲荷神社」と記されている。 三変稲荷神社は,喜多院が所有する神社とのこと。境内地の隅の方には,古い墓石や供養塔等を集めた場所があった。もともとそのあたりにあった供養塔等ではないのだろうと思われるけれども,詳…
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川越市南大塚:菅原神社と古墳

過日,菅原神社(埼玉県川越市南大塚)を参拝した。 菅原神社は,西福寺の西側隣地に鎮座しており,その社殿の基壇部は,菅原神社古墳と呼ばれる直径約20mの円墳とされている。 菅原神社古墳は,南大塚古墳群と呼ばれる古墳群を構成する円墳の1つ。かつては多数の古墳があったらしいのだが、現在では中原古墳などが残されているだけのようだ。時間の関係…
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川越市南大塚:西福寺

過日,天台宗・木宮山地蔵院西福寺(埼玉県川越市南大塚)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。 西福寺の創建は不明だが,寛永10年(1633年)に中興開山した寺院とのこと。本堂正面の額には「無量光」と記されている。 西福寺の境内では「南大塚の餅つき踊り」と呼ばれる行事が行われるらしい。 境内の山門両脇には古い石仏や供養塔等が並んでいる。正…
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笠間市:箱田四所神社と古墳(その4)

過日,四所神社(茨城県笠間市箱田)を参拝した。祭神は,天太玉命。参道の鳥居の額には「箱田大明神」と記されている。 四所神社の周辺には,箱田宮後古墳群または四所神社古墳群と呼ばれる古墳群がある。この古墳群は,1基の前方後円墳と7基の円墳の合計8基の古墳によって構成されている。そして,この古墳群を構成する個々の古墳に関しては,笠間市史…
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笠間市:箱田四所神社と古墳(その3)

過日,四所神社(茨城県笠間市箱田)を参拝した。祭神は,天太玉命。参道の鳥居の額には「箱田大明神」と記されている。 四所神社の周辺には,箱田宮後古墳群または四所神社古墳群と呼ばれる古墳群がある。この古墳群は,1基の前方後円墳と7基の円墳の合計8基の古墳によって構成されている。そして,この古墳群を構成する個々の古墳に関しては,笠間市史…
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笠間市:箱田四所神社と古墳(その2)

過日,四所神社(茨城県笠間市箱田)を参拝した。祭神は,天太玉命。参道の鳥居の額には「箱田大明神」と記されている。 四所神社の周辺には,箱田宮後古墳群または四所神社古墳群と呼ばれる古墳群がある。この古墳群は,1基の前方後円墳と7基の円墳の合計8基の古墳によって構成されている。そして,この古墳群を構成する個々の古墳に関しては,笠間市史…
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笠間市:箱田四所神社と古墳(その1)

過日,四所神社(茨城県笠間市箱田)を参拝した。祭神は,天太玉命。 大同2年(807年)に太玉神社(奈良県橿原市)から勧請したのがはじまりとのこと。忌部(斎部)氏の神社ということになる。 「四所」は,旧笠間藩領内の4所にある宮の中の1社という意味で,同一の神社の中に4柱の神を祀っているという趣旨ではないようだ。 四所神社の鳥居と参道…
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笠間市箱田:金剛寺

過日,真言宗豊山派・箱田山地蔵院金剛寺(茨城県笠間市箱田)を参拝した。本尊は,延命地蔵菩薩。 承久年間に開山の寺院とのことなのだが,その後衰退した時期等を経て,明治24年に再興されて今日に至っている。 あとで気づいたのだが,本堂を正面から撮った写真が見当たらなかった。境内にある様々なものに気を奪われ,本堂正面の撮影を失念してしまった…
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桜川市:雨引千勝神社

過日,雨引千勝神社(茨城県桜川市本木)を参拝した。祭神は,猿田彦命。 由緒書によれば,雨引千勝神社は,大同2年(807年)に千勝民部大輔藤原国定が鹿島から勧請奉祀したのが始まりとのこと。 雨引千勝神社は,楽法寺(雨引観音)のある雨引山の山裾近くにの山腹に鎮座している。そのため,境内地は階段状になっている。 境内には欅の巨樹がある。…
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桜川市:楽法寺(雨引観音)

過日,雨引観音として知られる真言宗豊山派・雨引山楽法寺(茨城県桜川市本木)を参拝した。本尊は,延命観世音菩薩。 楽法寺は,用明天皇2年(587年)に梁の国人の法輪独守居士によって開かれた寺院とのこと。当時,倭国においては,盛んに墳丘墓(特に群集墳)が造営されていた。 ここでいう梁とは,一般に後梁と呼ばれている中国南北朝時代の王朝であ…
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秩父市伊古田:五所神社

過日,山の神古墳(埼玉県秩父郡小鹿野町下小鹿野)を見学した帰路,五所神社(埼玉県秩父市伊古田)を参拝した。祭神は,大日霊尊。 境内社として疱瘡神社・稲荷社,天神社,諏訪神社,熊野神社及び八坂神社があるとされている。合計5柱以上になる。 諏訪神社,熊野神社及び八坂神社の石祠があるとされる場所は,よくわからなかった。 五所神社の南西約…
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埼玉県秩父郡小鹿野町:山の神古墳

過日,山の神古墳(埼玉県秩父郡小鹿野町下小鹿野)を見学した。 山の神古墳は,おがの化石館の駐車場の東約50mのところにあり,直径約13m・高さ1.5mの円墳とされている。 山の神古墳の所在地は,道路に面しており,見学しやすい。山の神古墳の墳頂には小さな神社が祀られている。 墳丘には登らず,道路から見える範囲内で見学した。 …
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埼玉県秩父郡小鹿野町:おがの化石館

過日,おがの化石館(埼玉県秩父郡小鹿野町下小鹿野)と「ようばけ」を見学した。 おがの化石館は,国指定の古秩父湾堆積層及び海棲哺乳類化石群の中の「ようばけ」と呼ばれる場所近くにある施設。おがの化石館の中にはパレオパラドキシアの骨格復元模型やチチブサワラの化石,「ようばけ」周辺で採取された化石等のほか,モササウルスの化石を含め,世界各地の…
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埼玉県秩父郡小鹿野町:小鹿塚古墳

過日,小鹿塚古墳(埼玉県秩父郡小鹿野町下小鹿野)を見学した。 小鹿塚古墳は,秩父エレクトロン株式会社の東にあり,整備された公園の中がその所在地となっている。墳丘様の築山が存在するけれども,これは墳丘ではないとのことで,元の墳丘は現存していないらしい。 札幌ラーメンどさん子小鹿野店のある交差点付近に,小鹿塚古墳の方向を示す道標がある。…
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埼玉県秩父郡小鹿野町:氷雨塚古墳と千尋原古墳群

過日,氷雨塚古墳(埼玉県秩父郡小鹿野町下小鹿野)を見学した。 氷雨塚古墳は,直径15mの円墳とされており,現況の墳頂付近に横穴式石室が開口している。石室の位置や形状等から見て,元はもっと大きな古墳だったのだろうと思われる。古代において,朝廷の命によりこの地に屯田し,支配した武人の墓所ではないかと考えた。 氷雨塚古墳の所在地の旧地名は…
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埼玉県秩父郡下小鹿野町下小鹿野:小鹿神社

過日,小鹿神社(埼玉県秩父郡小鹿野町下小鹿野)を参拝した。小鹿野町小鹿野にある小鹿神社とは別の神社。 祭神等の詳細は不明だが,鹿島神社と同じと考えると,武甕槌命ではないかと思う。 境内社として諏訪神社がある。 鳥居の脇に安積良斎の小鹿野碑がある。安積良斎は,江戸時代の学者であり,小鹿野碑は,小鹿野町周辺にある日本武尊伝承に関して後…
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埼玉県秩父郡小鹿野町:鳳林寺

過日,曹洞宗・長慶山鳳林寺(埼玉県秩父郡小鹿野町下小鹿野)を参拝した。本尊は,釈迦牟尼仏。 天文12年(1543)に創立の寺院とのこと。秩父七福神・毘沙門天の札所となっている。 山門は非常に立派なもので驚いた。境内地は,全体として,中世の砦のような印象を与える剛毅なものとなっている。ただし,現時点においては,鳳林寺の境内地は,遺跡包…
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埼玉県秩父郡小鹿野町:丸山古墳

過日,丸山古墳(埼玉県秩父郡小鹿野町下小鹿野)を見学した。 丸山古墳は,ファミリーマート秩父小鹿野町店の南西約100mのところにあり,直径11m・高さ1.7mの円墳とされている。 丸山古墳の墳丘裾(東側)の一部は墓地となっている。道路から見える範囲内で見学した。 南東の方から見た様子 北東の方から見た様子
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埼玉県秩父郡小鹿野町:丸山塚古墳

過日,丸山塚古墳(埼玉県秩父郡小鹿野町小鹿野)を見学した。 丸山塚古墳は,西武観光バス小鹿野車庫の南西約50mのところにあり,直径30m・高さ5mの円墳とされている。道路端にあるのだが,墳丘上に 墳頂付近には神社が祀られている。東側に鳥居と参道があるらしいのだが,どうも民家敷地内のように思われたので,参拝を断念し,道路から見える範囲…
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埼玉県秩父郡小鹿野町:小鹿神社

過日,小鹿神社(埼玉県秩父郡小鹿野町小鹿野)を参拝した。祭神は,武甕槌命・天児屋根命・斎主命・比賣神。 由緒書によれば,小鹿神社(小鹿明神)は,古い歴史をもつ神社であり,元は別の場所に鎮座していたけれども,明治時代に豪雨被害を受けたために現在の場所に遷座し,その後他の神社を合祀するなどして現在に至っているとのこと。 オートバイの神社…
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茨城県稲敷郡阿見町:北原1号墳

過日,北原1号墳(茨城県稲敷郡阿見町吉原)を見学した。 北原1号墳は,一辺13.5m・高さ2.5mの方墳とされており,北原古墳群を構成する古墳中の1基。北原古墳群は4基の古墳で構成される古墳群だったけれども,現在では北原1号墳だけが残されている。 北原1号墳は,幹光運輸株式会社の敷地内にあるけれども,道路脇にあるので,道路から観察で…
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茨城県稲敷郡阿見町福田:高照寺

過日,天台宗・日江山放光院高照寺(茨城県稲敷郡阿見町福田)を参拝した。 高照寺は,天喜3年(1055年)開山の寺院とのこと。立派な本堂だと思う。 高照寺の境内地及びその周辺は,福田城跡とされている。高照寺の境内地が主郭所在地となるようだ。 高照寺の東に福田阿弥陀堂がある。福田阿弥陀堂の前で合掌した。 高照寺境内地と福田阿弥陀堂の…
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茨城県稲敷郡阿見町:下小池城跡

過日,下小池城跡(茨城県稲敷郡阿見町小池)を見学した。下小池城は,土岐氏の城とされている。土岐氏滅亡後,廃城となった。 下小池城跡は,理想科学工業筑波事業所(茨城県稲敷郡阿見町福田)の南に位置しており,同事業所の東側~南側を回る道路を経由すると比較的容易に現地に至ることができる。 下小池城の3郭北側に入口と駐車場がある。 3郭内は…
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山茶花と紅葉と銀杏と・・・

午後,雑用を済ませに出かけ,その帰りにちょっとだけ散策した。寺の生垣で山茶花(Camellia sasanqua)の花が咲いていた。 その近くの城跡の林内には紅葉。とても美しい。 そして,銀杏は最盛期。 エンジン音がしたので見上げると,セスナ機(JA35HA)が頭上を通過しているところだった。
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掛川市本郷:長福寺と古墳(その3)

過日,曹洞宗・安里山長福寺(静岡県掛川市本郷)を参拝した。 その境内にある長福寺古墳を見学した後,更に山を登り,行者堂を参拝した。 この行者堂には,役行者尊像が安置されているけれども,33年に1度しか開帳されないとのこと。私がこの世にいる間にその像を目にすることはできない。行者堂の前で合掌した。 行者堂の背後地には水道施設のような…
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掛川市本郷:長福寺と古墳(その2)

過日,曹洞宗・安里山長福寺(静岡県掛川市本郷)を参拝した。 長福寺境内の薬師堂脇にある参道階段を登ると,天神社がある。参拝した。 その天神社の背後(北西側)に古墳がある。この古墳は,3基の円墳で構成される長福寺古墳群中の1基であり,長福寺古墳または長福寺1号墳と呼ばれている。ただし,2号墳及び3号墳の所在地は不詳。 長福寺古墳は,…
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掛川市本郷:長福寺と古墳(その1)

過日,曹洞宗・安里山長福寺(静岡県掛川市本郷)を参拝した。本尊は,聖観世音菩薩。 長福寺は,神亀3年(726年)に行基によって真言宗の寺院として創始されたのがはじまりで,後に天台宗に改宗して大いに栄えたけれども戦火により堂宇を焼失し,その後,曹洞宗の寺院として再興されて今日に至っているとのこと。 長福寺は,曹洞宗の寺院でありながら,…
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掛川市吉岡:東登口古墳群

過日,東登口古墳群(静岡県掛川市吉岡)を見学した。 東登口古墳群の所在地は,行人塚古墳(静岡県掛川市高田)の北西約150mのところにある台地の縁であり,南北に並ぶ合計6基の円墳(または,円墳及び方墳)で構成される古墳群とされている。 北端が東登口1号墳とされているのだが,よくわからなかった。 段丘縁の農道に沿って4基の古墳が並んで…
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掛川市高田:行人塚古墳

過日,行人塚古墳(静岡県掛川市高田)を見学した。 行人塚古墳は,和田岡古墳群を構成する古墳の1つであり,全長43.7m,後円部直径25.4m,前方部幅16m・前方部長さ18.3mの前方後円墳とされている。ただし,西の方を向いている前方部は,周辺の発掘調査の結果として遺構が発見されたものであり,その墳丘は既に掘削されている。現況は,後円…
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掛川市高田:瓢塚古墳

過日,瓢塚古墳(静岡県掛川市高田)を見学した。 瓢塚古墳は,和田岡古墳群を構成する古墳の1つであり,全長63m,後円部直径37.8m・後円部高さ5m,前方部幅25.2m・前方部高さ3.5mの前方後円墳とされている。後円部の一部と前方部の隅が掘削されてしまっているけれども,全体としては比較的良好に保存された古墳ではないかと思う。 瓢塚…
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掛川市高田:永住寺

過日,曹洞宗・正瑞山永住寺(静岡県掛川市高田)を参拝した。本尊は,延命地蔵菩薩。 永住寺は,元亀3年(1572年)に建立された寺院であり,現在の掛川市の吉岡~高田地区における茶(小笠茶)の栽培草創期と深く関係する寺院らしい。境内周辺には茶畑が広がっている。 質素な寺院ではあるけれども,境内隅にはその当時のものとされる地蔵尊が祀られて…
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掛川市吉岡:吉岡大塚古墳

過日,吉岡大塚古墳(静岡県掛川市吉岡)を見学した。 吉岡大塚古墳は,和田岡古墳群を構成する古墳の1つであり,全長55m,後円部直径41.3m・後円部高さ7.2m,前方部幅27.5m・前方部高さ2.5mの前方後円墳とされている。 国指定の史跡なのだが,私が訪問した時には,古墳の復元作業は完了していたものの,古墳公園としての周辺施設の整…
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掛川市吉岡:八王子神社

過日,八王子神社(静岡県掛川市吉岡)を参拝した。 八王子神社は,春林院の南側隣地に鎮座し,祭神は,正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命・天之菩卑能命・天津日子根命・活津日子根命・熊野久須毘命・多紀理毘賣命・市寸島比賣命・多岐津比賣命。 永禄年間に勧請された神社とのこと。 社殿等は立派に管理されていた。 一の鳥居 二の…
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掛川市吉岡:春林院と古墳(その2)

曹洞宗・鞍渕山春林院(静岡県掛川市吉岡)の本堂の裏(北西側)には小山のように見える場所があり,そこに古墳がある。 春林院本堂の西側に狭い山道があったので,その山道を登って古墳所在地に至った。本堂付近から見ると独立の小山のように見えるけれども,比較的広い台地の縁のような場所だった。つまり,春林院の境内地は,台地の斜面上にあることになる。…
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掛川市吉岡:春林院と古墳(その1)

2020年11月初旬の休暇期間を利用した浜松市~磐田市方面への2泊3日の見学旅行2日目の日程を無事に終え,3日目となった。午前中に掛川市方面の寺院・神社を参拝し,古墳を見学しながら,午後には帰路につくことにした。 見学旅行3日目の最初の訪問地は,曹洞宗・鞍渕山春林院(静岡県掛川市吉岡)だった。 春林院の南に春林院古墳自然公園ビオトー…
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磐田市鎌田:御厨堂古墳

過日,御厨堂古墳(静岡県磐田市鎌田)を見学した。 御厨堂古墳は,兔山公園中央にある芝生広場の東側にあり,全長34.5mの前方後円墳とされている。前方部を北の方に向けている。 御厨堂古墳の所在地に到達した頃には日没が迫る時刻となってきており,かなりの強行軍で古墳を巡り,寺院や神社を参拝し続けていたので,体力的にも限界となっていた。御厨…
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磐田市鎌田:高根山古墳と神明古墳群

過日,高根山古墳と神明古墳群(静岡県磐田市鎌田)を見学した。 高根山古墳は,神明中学校の西側にあり,高根山古墳と鎌田神明宮との間が神明古墳群の所在地とされている。 神明古墳群は,鎌田神明宮の境内地及びその周辺に分布し,6基の円墳で構成される古墳群とされている。 鎌田神明宮の社殿の北東側に比較的大きな墳丘様の地形が残されており,これ…
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磐田市鎌田:兔山古墳

過日,兔山古墳(静岡県磐田市鎌田)を見学した。 兔山古墳は,兔山遊園の北側にある四阿付近に位置している。 その北西側の方に神明古墳群が所在していることになっており,当初,兔山古墳を含む古墳群と神明古墳群の両者を混同してしまったけれども,よく調べてみると,別の古墳群を形成しているものだということを理解した。 兔山古墳を含む古墳群は,…
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磐田市鎌田:八王子古墳群

過日,八王子古墳群(静岡県磐田市鎌田)を見学した。兔山公園の南側駐車場にクルマを停め,そこから先は徒歩で往復。 八王子古墳群は,7基の古墳で構成される古墳群とされている。八王子古墳群に含まれている古墳は,現在のところ,国史跡御厨古墳群には含められていない。 八王子古墳群の所在地は,兔山公園の南側一帯となっている。民家敷地内にも古…
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磐田市鎌田:鎌田神明宮

過日,鎌田神明宮(静岡県磐田市鎌田)を参拝した。祭神は,伊勢神宮外宮の祭神である豊受姫之神。瓊々杵之尊・天児屋根命・天之太玉命を配祀している。 式内社・遠江國山名郡嶋名神社に比定されている。 白鳳2年(651年)に創建された古い神社。鎮座地周辺の地域が伊勢神宮と密接な関係をもつ土地であったことを示している。 社殿は,とても立派なも…
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磐田市新貝:松林山古墳

過日,松林山古墳(静岡県磐田市新貝)を見学した。 松林山古墳は,磐田市立神明中学校の北にあり,墳丘長107m,後円部直径66.5m・後円部高さ10.6mで,3段築成の前方後円墳とされている。その前方部の一部は,東海道新幹線の工事の際に掘削されているが,現存部分でもかなり大きな古墳であることには変わりがない。国指定の史跡・御厨古墳群を構…
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磐田市新貝:三白山連城寺と古墳(その2)

過日,連城寺(静岡県磐田市新貝)の裏(西側)に位置する山の上にある古墳を見学した。 かつて,この山の上には4基の古墳があったとのことなのだが,現存するのは秋葉山古墳と稲荷山古墳の2基だけとなっている。 これらの古墳は,御厨古墳群の一部を構成する古墳として位置づけられている。 平重盛・平清盛の供養塔のある場所の右手から山に登る狭い道…
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磐田市新貝:三白山連城寺と古墳(その1)

過日,曹洞宗・三白山連城寺(静岡県磐田市新貝)を参拝した。本尊は,聖観世音菩薩。 保元3年(1158年),遠江守に任じられた平重盛が建立した寺院とのこと。 連城寺境内の墓地区画の奥には平重盛・平清盛の供養塔がある。 連城寺の所在地周辺は,古くは伊勢神宮との関係の深いところで,交通の要衝であったようだ。現在,連城寺境内地のすぐ南には…
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磐田市三ケ野台:二子塚古墳

過日,二子塚古墳(静岡県磐田市三ケ野台)を見学した。 二子塚古墳は,全長55m,後円部直径30m・後円部高さ3m,前方部先端幅33mの前方後円墳とされている。 二子塚古墳の周辺一帯は,土地区画整理事業が完成した後,住宅地として開発されているので,かつての面影はほとんどない。 二子塚古墳は,その住宅街の中に二子塚公園として整備された…
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磐田市見付:遠江国分寺跡

過日,遠江国分寺跡(静岡県磐田市見付)を見学した。 遠江国分寺跡は,府八幡宮の西(磐田市役所の北)にある。国の特別史跡に指定されており,遠江国分寺史跡公園として整備されている。 現在,土塁の一部,金堂跡,講堂跡等が見学可能な状態となっている。敷地内の主要部分を見て回り,とても勉強になった。 金堂付近を見学していた際,何の気なしに空…
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磐田市中泉:府八幡宮

過日,府八幡宮(静岡県磐田市中泉)を参拝した。祭神は,足仲彦命・気長足姫命・誉田別命。 式内社・遠江國磐田郡御祖神社に比定する見解が多い。式内社・遠江國磐田郡入見神社及び式内社・遠江國磐田郡須波若御子神社に比定する見解もある。 府八幡宮は,天武天皇の曽孫・桜井王が遠江国府守護として赴任時に国府庁内に祀ったのが始まりとされている。 …
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磐田市国府台:京見塚公園の古墳など(その2)

過日,京見塚公園(静岡県磐田市国府台)を訪問し,公園内にある京見塚古墳等の遺跡を見学した。 この遺跡の発掘調査結果等は,磐田市埋蔵文化財センター『京見塚古墳群発掘調査報告書』(2001年)の中にまとめられている。 京見塚公園内には,京見塚古墳のほか,小円墳,埴輪窯跡及び方形周溝墓がある。これらのような異なる性質をもつ古代の構築物が比…
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磐田市国府台:京見塚公園の古墳など(その1)

過日,京見塚公園(静岡県磐田市国府台)を訪問し,公園内にある京見塚古墳等の遺跡を見学した。 この遺跡の発掘調査結果等は,磐田市埋蔵文化財センター『京見塚古墳群発掘調査報告書』(2001年)の中にまとめられている。 京見塚公園内には,京見塚古墳のほか,小円墳や方形周溝墓等がある。 京見塚古墳は,直径47mの円墳とされている。墳丘の西…
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磐田市国府台:白山神社と本性寺

過日,白山神社(静岡県磐田市国府台)を参拝した。祭神は, 菊理姫命とのこと。 白山神社の境内には白王稲荷神社と忠霊殿がある。「白王」は「白山」と同義と解される。 白山神社の境内地とほぼ一体化したような位置関係にある隣地(北側)には,日蓮宗・常住山本性寺がある。本性寺の本尊は,久遠実成本師釈迦牟尼仏とのこと。 本性寺も参拝した。 …
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磐田市向笠竹之内:真豊院と古墳群(その3)

過日,曹洞宗・鷲渓山真豊院(静岡県磐田市向笠竹之内)を参拝し,本堂の裏(北側)の山の尾根上にある真豊山古墳群を見学した。 真豊山古墳群は,2基の古墳(1号墳・2号墳)と1基の方形墓(3号墓)で構成される古墳群で,古墳群の西端(3号墓の南西側)付近には弥生時代の土坑墓群もある。 2号墳は,3号墓の南東側に隣接しており,全長28mの…
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磐田市向笠竹之内:真豊院と古墳群(その2)

過日,曹洞宗・鷲渓山真豊院(静岡県磐田市向笠竹之内)を参拝し,本堂の裏(北側)の山の尾根上にある真豊山古墳群を見学した。 真豊院の南側には別の山があり,その山は,向笠城跡という遺跡になっている。向笠氏(無笠氏)の城とされているのだが,後に土取りで山形が大きく変形しているため,城跡当時の地形はほとんど残されていないようだ。想像としては,…
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磐田市向笠竹之内:真豊院と古墳群(その1)

過日,曹洞宗・鷲渓山真豊院(静岡県磐田市向笠竹之内)を参拝した。 私が訪問した時には本堂の改修工事中だったので,本堂の手前で合掌した。 この改修工事の関係で,本堂裏側の山上にある真豊院山古墳群に続く小路が閉鎖されていたので,休憩中の大工職人の方に他の経路はないのか尋ねたところ,庫裏の裏から行けるかもしれないということだった。そこで庫…
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磐田市寺谷:米塚古墳群

過日,米塚古墳群(静岡県磐田市寺谷)を見学した。 米塚古墳群は,銚子塚古墳の北約500mのところにあり,12基の古墳で構成される古墳群とされている。磐田市教育委員会「磐田台地の遺跡」の中に古墳配置図があり,2号墳,3号墳及び11号墳は既に湮滅,12号墳は半壊とされている。現地で実際に観てみたところ,1号墳(米塚古墳)は非常に良好な状態…
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磐田市寺谷:小銚子塚古墳など

過日,小銚子塚古墳(静岡県磐田市寺谷)を見学した。 小銚子塚古墳は,銚子塚古墳の西側に隣接して所在しており,全長46m,後方部長さ27m・後方部高さ5.0m,前方部幅19m・前方部高さ2.7mの前方後方墳とされている。隣に巨大な銚子塚古墳があるのでどうしても小さく見えてしまう。しかし,単体としては,大きな前方後方墳だと言える。 現地…
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磐田市寺谷:銚子塚古墳

過日,銚子塚古墳(静岡県磐田市寺谷)を見学した。 銚子塚古墳は,長者屋敷遺跡の北西約250mのところにあり,全長108m,後円部直径60m・後円部高さ8m,前方部幅50m・前方部高さ4.5mの前方後円墳とされている。 銚子塚古墳の墳丘はとても大きく,後円部から日月銘三角縁神獣文帯三神三獣鏡が出土していることから,その被葬者は,相当に…
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