千葉県長生郡長南町:能満寺と古墳(その1)

過日,天台宗・慈眼山能満寺(千葉県長生郡長南町芝原)を参拝した。
能満寺の境内は,岬状の細長い台地の上にあり,そこに通ずる坂道の途中に能満寺古墳の説明板がある。その説明板のある場所付近にも小さな古墳または塚があったようなのだが,現在では円形様の地形しか残されていない。円形部分の半分くらいは現況道路敷地となっている。
坂道を登ったところに駐車場と寺務所があり,その奥(北西)に墓地区画と本堂がある。この墓地区画と本堂付近は,本堂の建替えに伴って整地されたものらしく,かなり綺麗な状態となっている。この場所一帯は,能満寺裏遺跡と呼ばれる複合遺跡の包蔵地(縄文・弥生・古墳・近世)であり,方形周溝墓や住居跡等が発見されているらしい。方形周溝墓の存在は,この場所が,非常に古い時代から周辺一帯を支配した一族の住んだ場所だったということを示している。
能満寺の本堂は,とても立派なものだった。

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能満寺に通ずる道の途中にある説明板


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本堂供養塔


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参道


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本堂


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板碑など


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石塔


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庭園


能満寺本堂の裏(北西側)は,すぐに大きな山となっている。この山自体は自然の山であり,そこから北西~西に向かって馬の背状の尾根が続いている。正確な調査報告書を入手できていないので確実ではないが,この部分には3基程度の小古墳または塚があったらしい。
そして,馬の背状の尾根道の西端付近には,ひな塚古墳(千葉県長生郡睦沢町長楽寺)と呼ばれる古墳がある。ひな塚古墳は,墳長45m・後円部直径21m・前方部幅18mの前方後円墳とされている。
本堂裏の山に登る山道のようなものがあったので,それを登った。
この山の頂上付近に塚状の地形があり,馬の背状の尾根道の途中に塚状の地形が2か所あった。このブログ記事では,仮に,東側の塚状地形をA,西側の塚状地形をBと呼ぶことにする。
更に進み,尾根道の西端終点付近に至ると,そこから先は,急峻な山状の地形となっていた。
その場所の現況は竹林なのだが,かなり荒れており,登るのは無理だと判断して引き返した。しかし,尾根道から見ると,その竹林となっている部分の形状が前方後円墳に見えるので,その所在地の緯度・経度からしても,その部分がひな塚古墳であることは間違いないだろうと思う。


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本堂裏(北西側)の山


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山頂付近


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山頂の塚状地形


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尾根道東端付近


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東の方から見た塚状地形A


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西の方から見た塚状地形A


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尾根道


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尾根道北側の景色


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北東の方から見た塚状地形B


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西の方から見た塚状地形B


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ひな塚古墳所在地と思われる場所


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西の方から見た尾根道



 房総史譚:長南町の史跡めぐり(17) 能満寺古墳
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