茅野市:神長官守矢史料館とその周辺(その2)

過日,神長官守矢家屋敷とその敷地内にある神長官守矢史料館(長野県茅野市宮川)を訪問し,その周辺を見学した。
帰宅すべき時刻が迫っていたので,時間が許す範囲内で神長官守矢史料館とその周辺を見学した。
御左口神社の基壇部やその周辺の土地は,斜面を階段状に整形してあり,そのような斜面上に古墳が点在している。御左口神社の基壇部は石垣となっており,30年近く前に伯耆~出雲を旅したときに目にした情景と何となく共通点があるような印象を受けた。
御左口神社のすぐ近く(南東)に神長官裏古墳がある。
神長官裏古墳は,現況で直径約10mの円墳とされており,横穴式石室が開口している。樋沢古墳と同様,7世紀頃に築造された古墳と考えられている。
墳丘を北の方から見ると,大きな杉の木が墳丘裾付近に生えており,巨大な鉾を立てているように見える。

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北西の方から見た様子


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古墳であることを示す標柱


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説明板


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石室開口部付近


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北の方から見た様子


御左口神社の西の方には小さな墓地区画のような場所がある。この場所は,大祝諏方家御廟とされている。


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大祝諏方家御廟


大祝諏方家御廟のある場所から南西の方に道を進むと,空飛ぶ泥舟や高過庵の近くに至る。いずれも藤森照信氏の作品とのこと。


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空飛ぶ泥舟(右)と高過庵(左奥)


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空飛ぶ泥舟


そこから更に進み,古い石塔などを見ながら山道に入ると,疱瘡神塚古墳の説明板のある場所に至った。
疱瘡神塚古墳の墳丘は,この説明板所在地の崖上の尾根のような場所にあり,その場所からも墳丘の一部を見上げることができるのだが,ちょうどそのあたりで時間切れとなってしまったので,墳丘近くまでアクセスすることは断念し,説明板を読むだけで引き返すことにした。
このあたりには複数の古墳があるので,もし機会があったら再訪したいと思っている。


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古い石塔


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疱瘡神塚古墳所在地


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説明板


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馬頭観世音


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神長官守矢氏の系譜について,物部氏の系統に属すると考える見解が多い。その中でも物部守屋の子孫と考える見解の中には,神長官裏古墳が物部守屋またはその子孫の墓所と考える見解もある。
関東甲信越地方には物部守屋やその子孫とされる物部系の人々と関係する遺跡がかなり多数ある。畿内における激しい政争の結果,蘇我氏が実権を握ることとなった結果生じたことなのだろうと思われる。
中国内の戦乱・分裂した状態が隋帝国による統治によって大きく変化した影響が倭国にも及び,そのことが蘇我氏の興隆を促し,物部氏のような有力氏族との間で勢力関係の変更を生じさせたと考えられる。
隋帝国から唐帝国へと中国が変化した時期及び白江(白村江)における敗戦時には倭国内の有力氏族間に同じように大きな抗争が発生し,それらの勢力関係が更に大きく変化したのだろう。
一般に,中国内の国情が安定している時期には,倭国と中国との交易の独占によって莫大な利益を得る氏族が発生しやすい状況になるので,そのような経済的利益の争奪戦という側面も無視できない。それどころか,逆に,それこそが倭国(日本国)内における大きな戦乱や抗争の最大の発生要因となっていた可能性が高いと考える。大義名分とは別に,経済的動因が考究されなければならない。
一般に,多くの人々は,大義名分だけでは動かない。
一般に,人々は,国家的なレベルの経済の基本構造や重要な財の流れに非常に大きな変化が生じており,それが永続する可能性があると予見しない限り,現状に不満があっても,そのまま現状維持を望むものだ。

現代のEUは,デジタル財を重視しており,財の流れそのものが大きく変化すると理解し,そのような経済政策を重視している。
日本国ではデジタル財の財産価値を軽視し,(それが違法行為であるか適法行為であるかは別として)「要するに,コピーして入手すれば足りる」と考える傾向の強い人々が多いかもしれない。
中国も基本的には同じだろうと想像される。実際,中国は,先進国の技術やデータの模倣によって電子技術に関して大国に成長・変貌させることができた。
しかし,将来,量子コンピュータと量子通信及び関連技術が普及すると,全てが一変することになる。
EUの指導者は,量子コンピュータが主流となる時代まで見越した上で,その通過点に位置する一定期間継続する時代に対応するものとして,IoTやM2Mを重視した現在のデジタル経済政策を構築しているように思われる。かつて,テスラ(Nikola Tesla)が描いた未来技術を実装・運用したいと考える技術者は,決して少なくない。軍事関係ではもっとそうだろう。現実にそうなりつつある。

それほど遠くない将来,中国がそのような量子技術の時代に即応するために現在の国家体制を本質的に変更させる時代が到来するとすれば,その影響が日本国に大きく及ぶことを避けることはできない。

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