千葉県印旛郡栄町:千葉県立房総のむら(その5)

過日,千葉県立房総のむら(千葉県印旛郡栄町龍角寺)を見学した。
この施設は,龍角寺古墳群の所在地と同じ場所にあり,房総のむらの敷地内にも3基の古墳と多数の供養塚がある。
施設内には,過去の街並みを再現した区画があり,豪農の屋敷等の貴重な建物が再現されているほか,遊歩道の脇などに古い民俗文化が再現されている。

辻切りや庚申塔などを見学しながら更に北西の方に進むと,右手に古墳が見えた。
この古墳は,龍角寺110号墳と呼ばれ,直径26mの円墳とされている。大きな古墳であり,近くに寄ってみたかったのだけれども,草が繁茂しており,しかも,「マムシに注意」との掲示が各所にあったので,散策路から見学するのにとどめた。

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110号墳


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110号墳


龍角寺110号墳のすぐ先に下総の農家屋敷がある。この屋敷は,江戸時代中期の名主クラスの豪農のもので,成田市掘之内にある平山家の屋敷をモデルに再現したものとのこと。
一般に,古代の國神が律令体制の下では郡司や長者となり,その中には後の時代の地頭や大名主となったものもあり,また,時代を経て,江戸時代には名主や庄屋として続いている家系が現在でも多数あるのだろうと思った。明治時代以降に郵便局(後の特定郵便局)となった豪農の中にはそのような例が含まれていると考えられる。佐倉惣五郎(木内惣五郎)もそのような意味での名主の一人だったのではなかろうか。
日本国の歴史学の通説における封建時代の理解の一部は改められるべきで,もともと豪農や豪商による合議体的統治があり,その上に武家による支配が重なった二重構造になっており,基本的には古代から近代までずっとそうだったと理解するほうが合理的だと考えられる。
また,一般に,西洋的な意味での民主制の概念はそれとして,社会学的な観点からは,日本国(倭国)における緩い寡頭制的な民主制の継続のようなものを肯定すべきだと思われる。政治学及び社会学における「寡頭制の鉄則」(Robert Michels)は無視できない。
そのようなことを考えながら更に見学を続けた。


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長屋門


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長屋門脇に置かれた舟


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母屋


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居間と神棚


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土間


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土蔵


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作業小屋


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作業小屋内に展示されている織機


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納屋


下総の農家屋敷の先に安房の農家屋敷がある。この屋敷は,安房郡三芳村増間(現在の地名は千葉県南房総市増間)にある平野家の屋敷を再現したものとのこと。
母屋の棟と土間の棟とを連結した独特の構造をもった屋敷となっている。
母屋の右手にある土間の部分への入口の上に蟹殻掛けというものがあった。蟹の甲羅なのだが,人の顔に見える。


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綱吊り


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左右に馬小屋と灰小屋のある入口付近


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母屋


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居間


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仏壇と神棚


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土間


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蟹殻掛け


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灰小屋


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氏神


安房の農家屋敷のあるところから三叉路の方に下る小路(階段)があり,その途中に古墳がある。
この古墳は,龍角寺109号墳と呼ばれ,直径26mの円墳とされている。
この円墳を見学した後,駐車場まで戻り,この日の見学を終了することにした。


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109号墳


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109号墳

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