千葉県印旛郡栄町:千葉県立房総のむら(その2)

過日,千葉県立房総のむら(千葉県印旛郡栄町龍角寺)を見学した。
この施設は,龍角寺古墳群の所在地と同じ場所にあり,房総のむらの敷地内にも3基の古墳と多数の供養塚がある。
施設内には,過去の街並みを再現した区画があり,豪農の屋敷等の貴重な建物が再現されているほか,遊歩道の脇などに古い民俗文化が再現されている。

武家屋敷を見学した後,上総の農家屋敷の方に向かって歩いた。途中に炭焼小屋が再現されていた。木炭の需要は現在でもあるので,炭焼小屋が完全に消滅してしまったわけではないけれども,どこでも普通に見られるものではなくなっている。

IMG_7258.JPG


IMG_7260.JPG


IMG_7263.JPG


そこから更に歩くと,上総の農家屋敷の立派な長屋門が見えてくる。山武郡大網町に現存する秋葉家の屋敷をモデルに名主クラスの豪農の屋敷を再現したものとのこと。
長屋門の外には畑の区画があり,農作業が行われていた。長屋門を入ると立派な屋敷となっている。平安時代後期以降における長者(頭領)の館も一般的には同じ程度の規模だったと推定されるので,このような豪農の屋敷を見れば,武将の生活環境も想像できるかもしれない。
館遺跡から屋根瓦が大量に出土している場合などを除き,一般に,武士の館や砦にあった建物の大部分は,茅葺だったと想像される。
それはさておき,母屋の土間には竈も再現されていた。古代の竈は,各地の史跡公園等で再現されていることがあり,福島県文化財センター白河館まほろんでもそのような再現物を見学した。
私が小さい頃には自宅に竈があり,その竈を使って母が炊飯をしていた。日本中どこでもそうだったろうと思う。
古代においては土器を用いていたのに対し,後の時代には鉄製の釜を用いるようになったという点の相違はあるけれども,それは用具の材質における相違に過ぎず,基本的なモデルには全く変化がない。要するに,炊飯に関しては,古代から昭和まで,人々は基本的に何も変わらない生活をしていたことになると考えられる。現代のセラミック製の炊飯用具は,土器の一種なので,用具において古代と同じということになろう。


IMG_7266.JPG
長屋門


IMG_7270.JPG
母屋


IMG_7277.JPG
居間


IMG_7279.JPG
仏壇と神棚


IMG_7280.JPG
床の間


IMG_7274.JPG
土間


IMG_7286.JPG
土蔵


IMG_7287.JPG
納屋


IMG_7285.JPG
井戸


IMG_7283.JPG
氏神


上総の農家屋敷を見学した後,再現された街並みのある方に少し戻った。途中に庚申塔があった。再現品と思われるのだが,覆屋がある。
現在では路傍などで野ざらしになってしまっている庚申塔や供養塔の類は,元はこのような覆屋のあるものだったのかもしれないと思った。


IMG_7291.JPG
庚申塔

この記事へのコメント