日立市:甕の原古墳群

過日,甕の原古墳群(茨城県日立市大みか町)を見学した。
佐々木憲一・田中裕編『続常陸の古墳群』(六一書房)の91頁によれば,甕の原古墳群は,1基の前方後円墳と4基の円墳の合計5基の古墳によって構成される古墳群とされている。ただし,円墳3基は既に湮滅しているとの記載がある。
日立市教育委員会編『茨城県日立市埋蔵文化財分布地図』(1985)の103頁及び109頁に示されている分布図に従って順に見学した。ただし,現在の付番と『茨城県日立市埋蔵文化財分布地図』における付番とが一致していない部分があるので,『茨城県日立市埋蔵文化財分布地図』における付番を「旧甕の原*号墳」として記載することにした。
なお,甕の原2号墳(全長33mの前方後円墳)は,既に湮滅している六ッヶ塚古墳群の2号墳と同一の古墳と判断した。現地説明板によれば,甕の原2号墳(六ッヶ塚2号墳)の所在地は,甕の原4号墳(旧甕の原3号墳)の東(海側)約20m付近だったようだ。その甕の原2号墳(六ッヶ塚2号墳)の所在地のすぐ南には田楽鼻古墳がある。
旧甕の原4号墳(現在の付番不明)の所在地は民家敷地内なのだが,現在では完全に消滅している。

旧甕の原1号墳(現在の付番不明)は,民家敷地内にあるが,その所在地は道路角の庭のような場所であり,公道から墳丘全部が見えるので,公道から見える範囲内で見学した。
規模に関する詳細資料をまだ入手していないけれども,目測で直径10m前後の円墳のように見える。
非常に丁寧に管理されているように思った。

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北東の方から見た旧甕の原1号墳


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南の方から見た旧甕の原1号墳


甕の原3号墳(旧甕の原2号墳)は,直径25m・高さ3.8mの円墳とされている。3号墳の前(北側)に説明板がある。


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説明板


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北東の方から見た3号墳(旧甕の原2号墳)


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西の方から見た3号墳(旧甕の原2号墳)


甕の原4号墳(旧甕の原3号墳)は,直径13.5m・高さ2.1mの円墳とされている。3号墳の東約30mのところにある。公道から墳丘が見えるのだが,敷地内へは立入禁止となっているようなので,公道から見える範囲内で見学した。


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北東の方から見た4号墳(旧甕の原3号墳)


遺跡分布図の中には,旧甕の原2号墳を甕の原4号墳とし,旧甕の原3号墳を甕の原3号墳としているものがある。
しかし,仮にそれが正しいとすれば,現地説明板の記載が支離滅裂なものであることになる。なぜなら,現地説明板によれば,甕の原2号墳(六ッヶ塚2号墳)は4号墳から海側約20mのところに所在することになるのだが,その場所は,まさに旧甕の原3号墳の所在地となるからだ。しかし,甕の原2号墳(六ッヶ塚2号墳)は既に湮滅している。
加えて,甕の原3号墳の実測値と甕の原4号墳実測値が逆になってしまうというかなり深刻な問題がある。
甕の原3号墳の所在地と甕の原4号墳の所在地を逆に記載している分布図は,明らかに誤り(誤記の一種)だと言える。
それでもなお,そのような分布図が正しいという見解を維持するのだとすれば,現地説明板を直ちに撤去し,(旧付番を含め)詳細かつ完全に正しい文章内容の新たな説明板と交換すべきだと考える。私の見解では,それぞれの実測値と一致していないので,そのような新たな文面を作成することは不可能なことだと考える。

もっとも,そのような分布図の付番が「甕の原古墳群」としての付番ではなく,「六ッヶ塚古墳群」としての付番であるとすれば,全体として整合性のある説明がつき,現地説明板の内容を修正すべき必要性も全くなくなる。
要するに,現行の甕の原4号墳は,旧甕の原3号墳であり,かつ,六ッヶ塚3号墳であると考え,また,現行の現行の甕の原3号墳は,旧甕の原2号墳であり,かつ,六ッヶ塚4号墳であると考えれば足りる。

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