山形県東置賜郡川西町:下小松古墳群(その1)

過日,下小松古墳群(山形県東置賜郡川西町下小松)を見学した。とても広範囲に分布する古墳群であり,夏場で蛇や熊等の危険もあるので,古墳群中の小森谷支群と鷹待場支群にある主要な古墳に絞って見学することにした。
現地にあるはずの標柱等が壊れている可能性があるため,事前に関連資料を全部読み,新番号と旧番号を併記した私製の地図(小森山支群のみ)を作っておいた。関連資料をどう読んでも付番を確定できない小円墳が複数あるため,古墳群を見学した後に川西町立埋蔵文化財資料展示館(山形県東置賜郡川西町吉田)を訪問し,同館の担当者の方から極めて懇切丁寧な解説を受け,展示されている貴重な出土物(写真撮影禁止)の見学をした。とても勉強になった。特に周辺遺跡から出土した木簡(写真撮影禁止)とその文面には驚いた。当時の国営寺院に収蔵されていた仏教経典の目録の一部と思われる。しかし,古墳群の分布図に関する結論としては,下小松古墳群全体の古墳を確定するための公式かつ完全な地図は存在しないとのことだった。
私が事前に準備した地図は,川西町立埋蔵文化財資料展示館内で展示されている古墳分布図パネル(写真撮影禁止)や現地に立てられている標柱とは異なる部分がないわけではないが,もともと発掘調査報告書の中に明らかな重複や誤記等が存在することも明らかな事実であるため,誰がやっても公式の図面を作成することが客観的に不可能であると判断した。
国指定の史跡なので,古墳群全域にわたり,全ての古墳に関し,可能な限り精密な再調査と付番の確定が求められる。発掘調査報告書の中に収録されている古墳台帳及び古墳の付番の新旧対照表には明らかな誤記等が多々認められるので,全て完全に精査した上で,適切な修正を要する。特に識別子(identifier)としての付番に誤りがあると,学術研究上においてもかなり深刻な支障がある。
なお,現地の個々の古墳所在地に立てられているはずの標柱等の多くが既に失われ,壊れたまま放置され,あるいは,劣化により何も読めない状態になっている。豪雪地帯なので,石製の堅牢な標柱に全て交換する必要性がある。ただし,1基だけ(K36号墳)は既に堅牢な標柱となっている。

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駐車場にある説明板

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駐車場付近から見た小森山支群付近の山


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事前に作成しておいた私製の分布図


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駐車場脇にある長掘開鑿顕彰碑


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駐車場脇にある石仏と供養塔など


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小森山支群入口手前(東側)にある水路(長堀)


下小松古墳群の小森山支群に至る山道は,小森山支群入口の南西側にある。舗装されており,歩きやすい。山道に入ってすぐのところにも説明板があった。しばらく登ると左手(北西側)に四阿が見える。そのあたりにK50号墳の方向を示す標識があり,その場所から右手(北東側)の方に小路を少し登ると尾根に出る。その尾根のあたりに前方部のようにも見える地形があるけれども,それは小路によって尾根の一部が掘削された結果形成された地形であり,前方部ではない。その場所から東の方にちょっとだけ登るとK50号墳(旧78号墳)がある。
K50号墳は,全長33.8m,後円部直径22×17.3m,後円部高さ4.4m,前方部幅14.5mの前方後円墳とされている。


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小森山支群入口付近


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見学コース案内板


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下小松古墳群マップ


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小森山支群所在地に登る山道の入口付近


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説明板


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四阿


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K50号墳の方向を示す標識


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西の方から見たK50号墳
(手前が前方部・奥が後円部)


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K50号墳のくびれ部付近から見た後円部


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K50号墳の後円部付近から見た前方部


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K50号墳の墳頂付近から見える景色



 川西町:下小松古墳群
 https://www.town.kawanishi.yamagata.jp/kyoiku/bunka/kofun.html

 川西町交流館あいぱる
 http://aipal-kawanishi.jp/into/

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