福島県西白河郡泉崎村:新田東山古墳

過日,新田東山古墳(福島県西白河郡泉崎村北平山)を見学した。 新田東山古墳は,全長約28mの帆立貝式前方後円墳とされている。 関和久官衙遺跡の北東約1kmのところにある山の尾根のような場所にあり,一応,古墳公園のような感じで整備された区画の中にある。ただし,墳丘の周囲にロープがはられていて墳丘に直接アクセスすることが禁止となっている…
コメント:0

続きを読むread more

福島県西白河郡泉崎村:関和久官衙遺跡

過日,関和久官衙遺跡(福島県西白河郡関和久)を見学した。 関和久官衙遺跡は,古代の陸奥国白河郡の郡家跡と推定されている遺跡。ただし,大網本廟遺跡の脇にある駐車場敷地内に説明板が立てられているだけで,遺跡包蔵地のほぼ全部が埋め戻されており,現地における郡衙の区画や施設等の復元は行われていないけれども,関和久遺跡で発見された正倉跡をモデル…
コメント:0

続きを読むread more

白河市:小峰城

過日,小峰城跡(福島県白河市郭内)を見学した。 古代から交通・軍事の重要地点だった白河の小峰城は,『集古十種』の編纂者としても知られている松平定信が住んだ城であり,また,戊辰戦争の際の白河口の激戦地でもある。『集古十種』に関しては,以前,ある項目に関して徹底的に調べたことがあり,是非とも訪問してみたいと思っていた城跡の1つだった。 …
コメント:0

続きを読むread more

福島県東白川郡棚倉町:馬場都々古別神社と古墳

過日,馬場都々古別神社(福島県東白川郡棚倉町棚倉)を参拝した。式内社・都都古和氣神社及び陸奥一宮の論社。祭神は,味耜高彦根命。日本武尊を配祀している。 馬場都々古別神社は,日本武尊が建鉾山(白河市)に鉾を祀ったのがはじまりで,大同2年(807年)に坂上田村麻呂が棚倉城所在地に遷座させ,寛永元年(1624年)に棚倉藩主・丹羽長重が棚倉城…
コメント:2

続きを読むread more

白河市:笊内古墳群4号墳(移築・復元)

過日,白河市東風の台運動公園(福島県白河市東釜子)の体育館裏に移築・復元されている笊内古墳群の4号墳を見学した。 石室全部が移築・復元されているのだが,保護のための扉があり,施錠されていた。訪問時にはどこで鍵を借りればよいのかちゃんと調べていなかったので開錠できず,復元墳丘を見学するだけとなった。ちょっと残念。 下記の趣味の案件のサ…
コメント:0

続きを読むread more

白河市:福島県文化財センター白河館まほろん(その2)

過日,福島県文化財センター白河館まほろん(福島県白河市白坂一里段)を訪問し,同所の展示施設内に展示されている出土物等のほか,屋外に展示されている復元古墳や復元家屋等を見学した。 屋外展示は,縄文時代から室町時代までの遺跡から移築・復元したものを含め,復元家屋等が時代順に並べて展示されており,とても勉強になった。 製鉄炉の復元物は…
コメント:0

続きを読むread more

白河市:福島県文化財センター白河館まほろん(その1)

過日,福島県文化財センター白河館まほろん(福島県白河市白坂一里段)を訪問し,同所の展示施設内に展示されている出土物等のほか,屋外に展示されている復元古墳や復元家屋等を見学した。 展示施設の受付担当者の対応はとても良く,展示内容も随分と勉強になるものばかりだったのだけれども,新型コロナの影響かどうか,来場者があまりいないように感じられ,…
コメント:0

続きを読むread more

稲敷市飯出:広畑貝塚と脇鷹神社

過日,広畑貝塚(茨城県稲敷市飯出)を見学し,その隣地にある脇鷹神社を参拝した。「脇鷹」は「そばたか」と読む。 広畑貝塚は,縄文時代における製塩を実証する土器等が大量に出土したことで知られている。現在では,保護のために柵が設けられ,貝塚所在地内に立ち入ることができないし,所在地には草が生えていて単なる草地のようにしか見えない。説明板を読…
コメント:0

続きを読むread more

潮来市上戸:観音寺と古墳石棺

過日,真言宗豊山派・瑠璃光山明應院観音寺(茨城県潮来市上戸)を参拝した。 下記の観音寺のサイトの説明によれば,観音寺は,大同2年(807年)に創建されたが,大火によって移転を余儀なくされ,観応2年(1351年)に現在の所在地に移転して今日に至っているとのこと。 私は,大同年間に『大同類聚方』と『医心方』が編纂され,日本国における標準…
コメント:0

続きを読むread more

今宵の月

自宅のベランダから何となく夜空を観ていた。 日中はとても暑いが秋の虫が鳴きだしている。 久しぶりに高速小型ジェット機が通り過ぎた。 月が出ているのでその写真を撮った。
コメント:0

続きを読むread more

潮来市潮来:素鵞熊野神社

過日,素鵞熊野神社(茨城県潮来市潮来)を参拝した。素鵞社の祭神は,須佐之男命・奇稲田姫命。熊野社の祭神は,伊弉諾命・伊弉册命・速玉男命・事解男命。 由緒書によると,文徳天皇の天安2年(857~858年)に最初に奉祀された神社とのこと。この由緒の最初の部分には当地の古い時代の歴史が隠されているように思う。何らかの政変により水面下に隠され…
コメント:0

続きを読むread more

神栖市高浜:三渡神社

過日,日本武尊ゆかりの三渡神社(茨城県神栖市高浜)を参拝した。 多数の境内社があり,また,三渡神社と並んで水神社がある。 三渡神社の鳥居と参道の位置(配置)はちょっと変わっているけれども,古代の地形・地理という制約条件によってこのようなものとなっているのだろう。 一の鳥居脇に立てられている説明板によると,三渡神社の所在地付近は,明…
コメント:0

続きを読むread more

神栖市芝崎:廣福寺と芝崎古墳群

過日,真言宗智山派・廣福寺(茨城県神栖市芝崎)を参拝した。 廣福寺の山門付近には古い供養塔等が並んでいる。 茨城県教育委員会編『重要遺跡調査報告書Ⅲ』(昭和61年3月)の131頁によれば,廣福寺の周辺には芝崎古墳群と呼ばれる古墳群があり,廣福寺の境内には5基の円墳があったけれども湮滅しており,それ以外の古墳所在地は宅地化しているとの…
コメント:0

続きを読むread more

神栖市:極楽寺と浄妙塚

過日,真言宗智山派・無量壽山極楽寺(茨城県神栖市筒井)を参拝した。極楽寺は,『平家物語』に登場する筒井浄妙明秀が流罪となった後,親鸞の弟子となって開基した寺院とのこと。説明板の記載では,神栖市筒井の地を浄妙の故郷(出身地)としている。 極楽寺の境内地南側には妻恋稲荷神社がある。参拝した。 浄妙の墓所といわれる浄妙塚は,極楽寺の北にあ…
コメント:0

続きを読むread more

栃木県芳賀郡益子町:山本稲荷神社古墳

過日,山本稲荷神社古墳(栃木県芳賀郡益子町山本)を見学した。 益子町史編さん委員会編『益子町史 第1巻 考古資料編』(昭和62年)の530~531頁によれば,山本稲荷神社古墳は,直径15m・高さ2mの円墳であり,ほぼ南向きに横穴式石室が開口しているとのこと。 古墳の所在地は,益子町農村環境改善センター(栃木県芳賀郡益子町前沢)の東約…
コメント:0

続きを読むread more

栃木県芳賀郡市貝町:御嶽山神社と長寿山古墳

過日,御嶽山神社(栃木県芳賀郡市貝町市塙)を参拝した。主祭神は,祭神伊許速別命(垂仁天皇の第九皇子)。圀常立命・大己貴命・少彦名命を合祀している。 他に多数の境内社がある。 御嶽山神社の南側山裾に伊許山園地第一駐車場があり,そこに「御嶽山神社・伊許山参道口」との表示があったので,その駐車場にクルマを停め,伊許山の山頂にある御嶽山神社…
コメント:0

続きを読むread more

成田市高:月輪神社と古墳(その2)

過日,月輪神社(千葉県成田市高)を参拝し,同社の境内地及びその周辺にある月輪台古墳群を見学した。 月輪台古墳群は,5基の古墳で構成されている。1号墳~4号墳を見学した。 月輪台5号墳は,全長28mの前方後円墳とされているのだが,月輪神社の社殿の南に位置する民家敷地内が所在地となっているので,そちらの方には行かなかった。 月輪台…
コメント:0

続きを読むread more

成田市高:月輪神社と古墳(その1)

過日,月輪神社(千葉県成田市高)を参拝した。祭神は,月讀命。 それほど大きな神社ではない。しかし,本殿は,とても立派なもので,優れた彫刻によって装飾されている。 月輪神社の「月輪」は,「つきのわ(ツキノハ)」と読むようだ。 月輪神社の境内地及びその周辺には古墳があり,月輪台古墳群と呼ばれている。古墳群の呼称としては「月輪」を「げつ…
コメント:0

続きを読むread more

鉾田市上幡木:鉾山神社と古墳

過日,鉾山神社(茨城県鉾田市上幡木)を参拝した。祭神は,武甕槌命。 応永6年(1399年)に鹿島大神を奉って創建された神社とのことなのだが,境内地を含め周辺一帯が上幡木A古墳群と呼ばれる古墳群の所在地となっていることから,相当古い時代から信仰の対象となっていた場所だろうと推測される。 いばらきデジタルマップによれば,上幡木A古墳群は…
コメント:0

続きを読むread more

鹿嶋市須賀:長吉寺と塚原卜伝の墓

過日,塚原卜伝ゆかりの真言宗豊山派・須賀山長吉寺(茨城県鹿嶋市須賀)を参拝し,塚原卜伝の墓を訪問した。 長吉寺は,塚原城跡や塚原古墳群のある台地の南側裾にあり,塚原卜伝とその妻の位牌が安置されているとのこと。 塚原卜伝の墓は,長吉寺の近くにある。墓の前で合掌した。 塚原古墳群はまだ訪問していない。多数の古墳が残されているとのことな…
コメント:0

続きを読むread more

千葉県香取郡神崎町:神崎城跡と古墳(その5)

以前,西の城古墳群(千葉県香取郡神崎町並木)の1号墳(湮滅した前方後円墳)と3号墳(夏母古墳)を見学していたのだが,西の城古墳群の北東側にある古墳(現在では古墳として扱われていない塚状地形を含む。)を見学しようと思い,古墳所在地ともなっている神崎城跡を訪問した。 神宮寺を参拝した後,クルマを置いてある神崎ふれあいプラザ(千葉県香取…
コメント:0

続きを読むread more

千葉県香取郡神崎町:神崎城跡と古墳(その4)

以前,西の城古墳群(千葉県香取郡神崎町並木)の1号墳(湮滅した前方後円墳)と3号墳(夏母古墳)を見学していたのだが,西の城古墳群の北東側にある古墳(現在では古墳として扱われていない塚状地形を含む。)を見学しようと思い,古墳所在地ともなっている神崎城跡を訪問した。 中の城古墳を見学した後,遊歩道を南西~南の方向に下ると,真言宗智山派…
コメント:0

続きを読むread more

千葉県香取郡神崎町:神崎城跡と古墳(その3)

以前,西の城古墳群(千葉県香取郡神崎町並木)の1号墳(湮滅した前方後円墳)と3号墳(夏母古墳)を見学していたのだが,西の城古墳群の北東側にある古墳(現在では古墳として扱われていない塚状地形を含む。)を見学しようと思い,古墳所在地ともなっている神崎城跡を訪問した。 東の城古墳と思われる塚を見学した後,竹林の中の小路を通って疱瘡神宮の…
コメント:0

続きを読むread more

千葉県香取郡神崎町:神崎城跡と古墳(その2)

以前,西の城古墳群(千葉県香取郡神崎町並木)の1号墳(湮滅した前方後円墳)と3号墳(夏母古墳)を見学していたのだが,西の城古墳群の北東側にある古墳(現在では古墳として扱われていない塚状地形を含む。)を見学しようと思い,古墳所在地ともなっている神崎城跡を訪問した。 疱瘡神宮の境内地の南東側は,切通しのようになっており,その南東側に高…
コメント:0

続きを読むread more

千葉県香取郡神崎町:神崎城跡と古墳(その1)

以前,西の城古墳群(千葉県香取郡神崎町並木)の1号墳(湮滅した前方後円墳)と3号墳(夏母古墳)を見学していたのだが,西の城古墳群の北東側にある古墳(現在では古墳として扱われていない塚状地形を含む。)を見学しようと思い,古墳所在地ともなっている神崎城跡を訪問した。 神崎城跡をクルマで巡ることは不可能なので,神崎ふれあいプラザ(千葉県香取…
コメント:0

続きを読むread more

千葉県香取郡神崎町:媛宮古墳

過日,媛宮古墳(千葉県香取郡神崎町立野)を見学した。 媛宮古墳は,堀込1号墳とも呼ばれ,現況の全長27m・高さ1.8mで,前方部を北の方に向ける前方後円墳とされている。墳丘の上部が平坦に均されているため,全体として長方形墳または長楕円形墳のように見える。前方部端に相当する場所付近に鳥居があり,後円部に相当する場所に媛宮神社がある。媛宮…
コメント:0

続きを読むread more

香取市大戸川:八坂神社

過日,宝聚院の南西側隣地にある八坂神社(千葉県香取市大戸川)を参拝した。 由緒等の詳細は不詳だが,毎年,7月に祇園祭が挙行されるとのこと。 本殿は,とても綺麗に装飾されている。よく手入れされた立派な神社だと思った。 八坂神社の所在地は,大戸川地区の最西端に位置し,そこから先は谷中地区となる。古代においては,古代の霞ヶ浦に浮かぶ小島…
コメント:0

続きを読むread more

香取市大戸川:宝聚院

過日,真言宗豊山派・塩島山宝聚院(千葉県香取市大戸川)を参拝した。本尊は,薬師如来。 境内には立派な板碑が多数ある。これだけの数の貴重な板碑が並んでいる寺院は,そう多くはない。これらの板碑には,阿弥陀如来や大日如来の種子が刻まれているようだ。 浅学にして細かいところまで読解することは不可能なのだが,しばし,それらの板碑を拝見し,合掌…
コメント:0

続きを読むread more

香取市大戸川:浄蓮寺と宝蔵院

過日,日蓮宗・東耀山浄蓮寺(茨城県香取市大戸川)を参拝した。 浄蓮寺の境内は綺麗に整備されている。長い参道の両脇に墓地があり,奥に立派な本堂がある。また,境内には疝気稲荷大明神がある。 浄蓮寺と禅昌寺との間に禅昌寺山古墳が所在している。 浄蓮寺入口付近 本堂 題目碑? 古い石碑 …
コメント:0

続きを読むread more

香取市大戸川:禅昌寺と古墳

過日,臨済宗妙心寺派・禅昌寺(千葉県香取市大戸川)を参拝した。 禅昌寺の境内には大きな板碑などがある。 私が訪問した時には,丁度,お盆の法話か何かの最中のようだったので,邪魔にならないように気をつけながら境内を拝見した。 禅昌寺の西約30mのところには禅昌寺山古墳と呼ばれる古墳がある。現在では小さな円墳または方墳のような形に見える…
コメント:0

続きを読むread more

香取市大戸川:稲荷神社

過日,稲荷神社(千葉県香取市大戸川)を参拝した。 稲荷神社の玉垣に掲げられた額には「正一位稲荷大明神」と記されている。 この稲荷神社は,セブンイレブン香取大戸川店の北東約50mのところにある。 一見すると,どの町にもある小さな稲荷神社のように見えるのだが,その境内にある板碑等をみると,驚くしかないものばかりだった。板碑の中には石室…
コメント:0

続きを読むread more

香取市谷中:塚越古墳所在地

過日,塚越古墳(千葉県香取市谷中)の所在地を見学した。 塚越古墳は,前方後円墳とされており,明治時代に馬鐸が出土したとの記録のある古墳なのだそうだ。その所在地は,JR成田線大戸駅の南西約500mに位置する線路脇なのだが,現況は,単なる畑となっており,墳丘らしきものは全くない。湮滅したものと思われる。 南東の方から見た所在地付…
コメント:0

続きを読むread more

龍ヶ崎市泉町:堂の上古墳群(塚群)

過日,堂の上古墳群(茨城県龍ヶ崎市泉町)を見学した。 堂の上古墳群所在地は,法泉寺の西の方に所在し,泉町堂の上遺跡と呼ばれる縄文時代・奈良平安時代の遺跡の範囲内にある。龍ヶ崎市史編さん委員会編『龍ヶ崎市史 原始古代資料編』(平成7年)の98頁では,古墳としてではなく塚として扱っている。 古墳群としては東西に並ぶ2基の円墳によって構成…
コメント:0

続きを読むread more

龍ヶ崎市泉:法泉寺

過日,曹洞宗・法泉寺(茨城県龍ヶ崎市泉)を参拝した。 山門付近に古い石仏が並んでいる。 法泉寺の境内地は,中世の東条氏(東条泉氏)の本拠地だったところで,方形館跡と推定されている。地元の方の話によると,以前は,土塁や塚のようなものがいくらか残っていたのだそうだが,現在ではその大部分が掘削されてしまったとのこと。また,空堀もあったよう…
コメント:0

続きを読むread more

茨城県稲敷郡阿見町:内記古墳群と北向道祖神

過日,内記古墳群の所在地(茨城県稲敷郡阿見町荒川本郷)を含む内記遺跡周辺を何度か散策した。 内記遺跡は,古墳時代の遺跡であり,かつては,箱式石棺をもつ多数の円墳があったらしい。阿見町史編さん委員会編『阿見町史』(昭和58年)の65頁には,内記1号墳~4号墳の合計4基の円墳が記録されている。しかし,いばらきデジタルマップの記載によれば,…
コメント:0

続きを読むread more

牛久市小坂町:熊野神社

過日,小坂城跡を訪問した際,三の郭にある説明板の中で,江戸時代には三の郭所在地に愛宕神社があり,その愛宕神社の石祠は現在では熊野神社の境内に保管されている旨の記述があったので,熊野神社にも寄ってみることにした。 熊野神社(茨城県牛久市小坂町)は,小坂城跡の南東約500mのところにある。小坂地区の西側部分にあたる約4分の1の部分は現代の…
コメント:0

続きを読むread more

牛久市:小坂城跡

過日,小坂城跡(茨城県牛久市小坂町)を見学した。発掘調査が行われており,かなり良好に整備された城跡公園ではないかと思う。各郭には説明板があり,城の構造を理解しやすいように工夫されているほか,小坂城主・岡見氏と対岸の泉城主・東条氏との攻防に関する伝承の記述などもある。 小坂城跡の一の郭にある櫓台はとても立派なものだ。櫓台付近にある土塁を…
コメント:0

続きを読むread more

日立市東滑川町:観音院と古墳

一昨日,曹洞宗・海雲山観音院(茨城県日立市東滑川町)を参拝した。本尊は,釈迦三尊仏。 古い寺院なのだけれども,元は別の場所にあり,大正時代に現在の場所に再建された寺院らしいのだが,詳細は不詳。 鐘楼の彫刻がとにかく凄く,驚いた。このような凝った鐘楼は,あまりないのではないかと思う。 滑川観音安産祈願所という御堂があり,その御堂の背…
コメント:0

続きを読むread more

日立市十王町:友部海防陣屋跡と稲荷塚古墳

昨日,友部海防陣屋跡(茨城県日立市十王町友部)を訪問し,その遺跡の隅にある稲荷塚古墳を見学した。 茨城県内には,磯浜海防陣屋(茨城県東茨城郡大洗町磯浜町)を含め,多数の海防陣屋遺跡がある。 十王町教育委員会編『十王町の遺跡-十王町埋蔵文化財包蔵地分布調査報告書-』(1991年)の54頁によれば,友部海防陣屋は,天保7年(1836年)…
コメント:0

続きを読むread more

日立市十王町:赤見台古墳群

昨日,赤見台古墳群(茨城県日立市十王町伊師)の所在地を見学した。 赤見台古墳群は,鵜の岬国民宿舎の南東にあるウミウ捕獲場所付近に点在する8基の古墳で構成される古墳群ということになっている。十王町教育委員会編『十王町の遺跡-十王町埋蔵文化財包蔵地分布調査報告書-』(1991年)の22~24頁にその詳細な記述がある。同報告書の22頁にある…
コメント:0

続きを読むread more

鵜の岬のウミウ

鵜の岬(茨城県日立市十王町伊師)まで出かけてきた。 鵜の岬周辺には野生のウミウ(Phalacrocorax capillatus)が生息しており,日本国で唯一という捕獲場があるほか,鵜の岬国民宿舎の敷地内に飼育舎があり,捕獲されたウミウを観ることができる。 残念ながら,新型コロナの影響により,捕獲場の一般公開は中止となっていた。 …
コメント:0

続きを読むread more

散策中に観た花

散策中に様々な花を観た。 あるサービスエリアの柵の外にクサギ(Clerodendrum trichotomum)の木があり,その花が咲いていた。ズームで写真を撮った。 海浜の散策路では,カワラナデシコ(Dianthus superbus var. longicalycinus)の花が咲いていた。 ミゾハ…
コメント:0

続きを読むread more

福島県西白河郡中島村:白山吡咩神社下磨崖仏

過日,クルマで移動中,磨崖仏のある場所(福島県西白河郡中島村松崎)の前を通ったので,その前にある駐車可能な狭いスペースにクルマを停め,ちょっとだけ見学した。 説明板によると,この場所には三十三観音があったらしいのだが,明治時代の神仏分離令に乗じてそれらの観音が破壊された際,出現した磨崖仏なのだそうだ。当時としては,仏意を示すものとして…
コメント:0

続きを読むread more

福島県石川郡石川町:長寿公園の石碑

悪戸古墳群の南東約200mのところに長寿公園という名称の小山がある。 過日,悪戸古墳群の見学を終えた後,その前を通ったら,南西側裾にある駐車スペースのような場所の斜面上に板碑のような石碑が並んでいるのが見えた。斜面を登って確認する余裕がなかったので,少し離れたところからズームで写真を撮った。 板碑の一種ではないかと思う。 …
コメント:0

続きを読むread more

福島県石川郡石川町:悪戸古墳群(その3)

過日,悪戸古墳群(福島県石川郡石川町中野)を見学した。 悪戸古墳群は,既に破壊され湮滅した2基の円墳を除き,合計9基の円墳で構成される古墳群とされている。その詳細は,石川町教育委員会編「悪戸古墳群調査報告書-1号墳袖無型横穴式石室の調査-」(1978年3月)の中にまとめられている。 墳丘上に石室材が露頭している古墳もあるとのことなの…
コメント:0

続きを読むread more

福島県石川郡石川町:悪戸古墳群(その2)

過日,悪戸古墳群(福島県石川郡石川町中野)を見学した。 悪戸古墳群は,既に破壊され湮滅した2基の円墳を除き,合計9基の円墳で構成される古墳群とされている。その詳細は,石川町教育委員会編「悪戸古墳群調査報告書-1号墳袖無型横穴式石室の調査-」(1978年3月)の中にまとめられている。 墳丘上に石室材が露頭している古墳もあるとのことなの…
コメント:0

続きを読むread more

福島県石川郡石川町:悪戸古墳群(その1)

過日,悪戸古墳群(福島県石川郡石川町中野)を見学した。 悪戸古墳群は,既に破壊され湮滅した2基の円墳を除き,合計9基の円墳で構成される古墳群とされている。その詳細は,石川町教育委員会編「悪戸古墳群調査報告書-1号墳袖無型横穴式石室の調査-」(1978年3月)の中にまとめられており,その6頁に古墳群全体の配置図がある。試みに,Googl…
コメント:0

続きを読むread more

福島県石川郡石川町:大壇古墳群(その4)

過日,大壇古墳群(福島県石川郡石川町新屋敷)を見学した。 大壇古墳群は,合計9基の古墳によって構成されている。道路に面した1号墳の前に標柱と説明板がある。細部は別として,概ね説明板に記された表示どおりの相対的位置関係で古墳が現存している。 大壇4号墳は,大壇6号墳の北側にあり,そのあたりで遊歩道がやや大きくカーブしている。 大…
コメント:0

続きを読むread more

福島県石川郡石川町:大壇古墳群(その3)

過日,大壇古墳群(福島県石川郡石川町新屋敷)を見学した。 大壇古墳群は,合計9基の古墳によって構成されている。道路に面した1号墳の前に標柱と説明板がある。細部は別として,概ね説明板に記された表示どおりの相対的位置関係で古墳が現存している。 大壇2号墳は,大壇1号墳の北側を東西に走る道路をはさんだ向かい側(北側)にある。大壇2号墳…
コメント:0

続きを読むread more

福島県石川郡石川町:大壇古墳群(その2)

過日,大壇古墳群(福島県石川郡石川町新屋敷)を見学した。 大壇古墳群は,合計9基の古墳によって構成されている。道路に面した1号墳の前に標柱と説明板がある。細部は別として,概ね説明板に記された表示どおりの相対的位置関係で古墳が現存している。 古墳群の奥(北西側)には鎮守新屋敷神社がある。祭神等の詳細は不詳ながら,地元に敬意を表する…
コメント:0

続きを読むread more

福島県石川郡石川町:大壇古墳群(その1)

過日,大壇古墳群(福島県石川郡石川町新屋敷)を見学した。 大壇古墳群は,合計9基の古墳によって構成されている。道路に面した1号墳の前に標柱と説明板がある。 細部は別として,概ね説明板に記された表示どおりの相対的位置関係で古墳が現存している。 古墳群の奥(北西側)には鎮守新屋敷神社がある。 大壇古墳群所在地の標柱 …
コメント:0

続きを読むread more

郡山市立美術館とjuju130CAFE

過日,蒲倉古墳群の見学を終えた後,郡山市立美術館内にあるjuju130CAFEでランチをとった。 juju130CAFEは,美術館の建物のエントランス手前にある。また,美術館のエントランス前には石庭にも見えるオブジェの集合があり,何となく群集墓のようにも見える。その中央に兔のようなオブジェがあった。 juju130CAFEの店舗は,…
コメント:0

続きを読むread more

郡山市:蒲倉古墳群(その7)

過日,蒲倉古墳群(福島県郡山市蒲倉町)を見学した。 蒲倉古墳群は,郡山市立美術館東側の山林中にあり,同美術館駐車場の北東付近から登る山道を進み,大きな尾根を1つ越えた先に2つの尾根に分かれて古墳が並んでいる。番号のある古墳にはそれぞれプレートがあり,それら全てのプレートの中に配置図と現在位置を示す表示があるので,見学者にとってはとても…
コメント:0

続きを読むread more

郡山市:蒲倉古墳群(その6)

過日,蒲倉古墳群(福島県郡山市蒲倉町)を見学した。 蒲倉古墳群は,郡山市立美術館東側の山林中にあり,同美術館駐車場の北東付近から登る山道を進み,大きな尾根を1つ越えた先に2つの尾根に分かれて古墳が並んでいる。番号のある古墳にはそれぞれプレートがあり,それら全てのプレートの中に配置図と現在位置を示す表示があるので,見学者にとってはとても…
コメント:0

続きを読むread more

郡山市:蒲倉古墳群(その5)

過日,蒲倉古墳群(福島県郡山市蒲倉町)を見学した。 蒲倉古墳群は,郡山市立美術館東側の山林中にあり,同美術館駐車場の北東付近から登る山道を進み,大きな尾根を1つ越えた先に2つの尾根に分かれて古墳が並んでいる。番号のある古墳にはそれぞれプレートがあり,それら全てのプレートの中に配置図と現在位置を示す表示があるので,見学者にとってはとても…
コメント:0

続きを読むread more

郡山市:蒲倉古墳群(その4)

過日,蒲倉古墳群(福島県郡山市蒲倉町)を見学した。 蒲倉古墳群は,郡山市立美術館東側の山林中にあり,同美術館駐車場の北東付近から登る山道を進み,大きな尾根を1つ越えた先に2つの尾根に分かれて古墳が並んでいる。番号のある古墳にはそれぞれプレートがあり,それら全てのプレートの中に配置図と現在位置を示す表示があるので,見学者にとってはとても…
コメント:0

続きを読むread more

郡山市:蒲倉古墳群(その3)

過日,蒲倉古墳群(福島県郡山市蒲倉町)を見学した。 蒲倉古墳群は,郡山市立美術館東側の山林中にあり,同美術館駐車場の北東付近から登る山道を進み,大きな尾根を1つ越えた先に2つの尾根に分かれて古墳が並んでいる。番号のある古墳にはそれぞれプレートがあり,それら全てのプレートの中に配置図と現在位置を示す表示があるので,見学者にとってはとても…
コメント:0

続きを読むread more

郡山市:蒲倉古墳群(その2)

過日,蒲倉古墳群(福島県郡山市蒲倉町)を見学した。 蒲倉古墳群は,郡山市立美術館東側の山林中にあり,同美術館駐車場の北東付近から登る山道を進み,大きな尾根を1つ越えた先に2つの尾根に分かれて古墳が並んでいる。番号のある古墳にはそれぞれプレートがあり,それら全てのプレートの中に配置図と現在位置を示す表示があるので,見学者にとってはとても…
コメント:0

続きを読むread more

郡山市:蒲倉古墳群(その1)

過日,蒲倉古墳群(福島県郡山市蒲倉町)を見学した。 蒲倉古墳群は,郡山市立美術館東側の山林中にあり,同美術館駐車場の北東付近から登る山道を進み,大きな尾根を1つ越えた先に2つの尾根に分かれて古墳が並んでいる。番号のある古墳にはそれぞれプレートがあり,それら全てのプレートの中に配置図と現在位置を示す表示があるので,見学者にとってはとても…
コメント:0

続きを読むread more

江戸崎まんじゅう

江戸崎の旧市街をたまに通る。江戸崎まんじゅうという菓子を売っている店があり,どんな饅頭なのだろうと思いつつ,いつも来客が多そうで寄ることができなかった。 先日,古墳を見学した帰路にその店の前を通ると,たまたま来客がいないようだったので,寄ることにし,家族の土産に饅頭と草餅などを買って帰った。 美味しかった。可能であれば,また寄って饅…
コメント:0

続きを読むread more

稲敷市塚原:古渡水の里公園と古墳

過日,古渡水の里公園(茨城県稲敷市塚原)を訪問した。 この公園は,現在では水質保全対策事業(柏木地区)の一部として親水公園になっているが,養蚕業が盛んだった時代には,桜川村養蚕農業協同組合の蚕飼育場所だった。その前は,桜川村立桜川中学校古渡分教場だったらしい。現在は,敷地の北半分が古渡小学校,南半分が古渡水の里公園になっている。その境…
コメント:0

続きを読むread more

潮来市水原:仲台古墳群

過日,仲台古墳群(茨城県潮来市水原)を見学した。 仲台古墳群は,3基の古墳(2基の上円下方墳・1基の円墳)で構成される古墳群だったらしいのだが,現況では2基の古墳が残されている。いばらきデジタルマップの表示を頼りに所在地とされる場所周辺を散策したところ,2基とも表示どおりの場所にあった。なお,いばらきデジタルマップ上では,仲台古墳群の…
コメント:0

続きを読むread more

潮来市水原:香取神社

過日,香取神社(茨城県潮来市水原)を参拝した。祭神は,経津主神。石製の御神燈には「香取大神宮」と記されている。 香取神社は,古い神社とのことで,潮来町史編さん委員会編『潮来町史』(平成8年)の416頁に「香神神社」として記されている神社が現在の香取神社の前身と思われる。その記載によれば,香神神社は,「15世紀の明応年間,島崎城主の島崎…
コメント:0

続きを読むread more

潮来市:中辻古墳

過日,中辻古墳(茨城県潮来市辻)を見学した。 中辻古墳は,ミスタータイヤマンパドックイタコの南約50mのところにある。中辻古墳所在地のすぐ北には小規模な墓地区画がある。 中辻古墳は,民家敷地内に所在する古墳なのだが,公路から見学できる。 かつては墳丘の前に「中辻古墳」であることを示す標柱が立てられていたようなのだが,抜去されたらし…
コメント:0

続きを読むread more

栃木県塩谷郡高根沢町:愛宕塚古墳

過日,愛宕塚古墳(栃木県塩谷郡高根沢町上柏崎)を見学した。 愛宕塚古墳は,出雲神社と道の駅「たかねざわ 元気あっぷむら」との丁度中間くらいのところに所在しており,その西側は段丘崖であり,段丘崖裾付近には南北に流れる用水路がある。愛宕塚古墳の西にはその用水路にかかる百目鬼橋があり,また,段丘崖を登ったところには道標または道祖神のような小…
コメント:0

続きを読むread more

栃木県塩谷郡高根沢町:出雲神社と古墳

過日,甲塚古墳群の所在地を見学した後,出雲神社(栃木県塩谷郡高根沢町上柏崎)を参拝した。出雲神社の祭神は,豊城入彦命・大国主命・事代主命。 出雲神社は,妙福寺の南西約600mのところにあり,その基壇部は,古墳とされている。社殿によって大きく削られているけれども,社殿背後に墳丘の一部と思われる塚状のものが残されており,全体としては直径3…
コメント:0

続きを読むread more

栃木県塩谷郡高根沢町:甲塚古墳群

過日,道の駅「たかねざわ 元気あっぷむら」で昼食をとった後,そこから徒歩で往復して,甲塚古墳群,出雲神社古墳及び愛宕塚古墳を順に見学した。 台新田古墳群の配置図は,高根沢町史編さん委員会編『高根沢町史 史料編I 原始古代・中世』(平成7年)の238~243頁によれば,甲塚古墳群(栃木県塩谷郡高根沢町上柏崎)は,8基の円墳で構成される古…
コメント:0

続きを読むread more

道の駅「たかねざわ 元気あっぷむら」

移動の途中,道の駅「たかねざわ 元気あっぷむら」(栃木県塩谷郡高根沢町大字上柏崎)に寄り,そのレストランで昼食をとった。 主要施設の外形は,戦国時代の城のような形をしているのだが,その内部はモダンで,レストランからの眺望がとても良い。 なお,高根沢町史編さん委員会編『高根沢町史 通史編I 自然・原始古代・中世近世』(平成12年)の5…
コメント:0

続きを読むread more

栃木県塩谷郡高根沢町:妙福寺

過日,日蓮宗・長栄山妙福寺(栃木県塩谷郡高根沢町亀梨)を参拝した。 妙福寺の境内は広く,本堂等の建物も立派なものだった。境内地の形状や地形等から,境内地は,平安時代~中世の頃には館のような場所だったのではないかとの印象を受けた。 妙福寺には題目板碑があり,貴重な文化財となっている。現物は,緑泥片岩を用いた石卒塔婆の一種のようなもので…
コメント:0

続きを読むread more

栃木県塩谷郡高根沢町:台新田古墳群

過日,台新田古墳群の所在地(栃木県塩谷郡高根沢町飯室)を見学した。 古墳群所在地から200mほど南には台新田展望台と駐車スペースがある。この展望台からは遠くまでよく見えるというので期待していたのだが,残念なことに,スズメバチがいるということで立入禁止となっていた。刺激しなければ攻撃されることもないだろうと判断し,そこにクルマを停め,そ…
コメント:0

続きを読むread more

水戸市:牛伏古墳群再訪(その3)

過日,牛伏古墳群のある「くれふしの里古墳公園」(茨城県水戸市牛伏町)を再訪した。この古墳群には何度か訪問している。以前訪問した際には家族連れだったこともあり,マイナーな古墳をちゃんと見なかった。今回は,私1人だけだったので,可能な限り,普通の人ならあまり興味をもたないような小さな古墳も探してみた。 ただし,13号墳は,よくわからなかっ…
コメント:0

続きを読むread more

水戸市:牛伏古墳群再訪(その2)

過日,牛伏古墳群のある「くれふしの里古墳公園」(茨城県水戸市牛伏町)を再訪した。この古墳群には何度か訪問している。以前訪問した際には家族連れだったこともあり,マイナーな古墳をちゃんと見なかった。今回は,私1人だけだったので,可能な限り,普通の人ならあまり興味をもたないような小さな古墳も探してみた。 ただし,13号墳は,よくわからなかっ…
コメント:0

続きを読むread more

水戸市:牛伏古墳群再訪(その1)

過日,牛伏古墳群のある「くれふしの里古墳公園」(茨城県水戸市牛伏町)を再訪した。この古墳群には何度か訪問している。以前訪問した際には家族連れだったこともあり,マイナーな古墳をちゃんと見なかった。今回は,私1人だけだったので,可能な限り,普通の人ならあまり興味をもたないような小さな古墳も探してみた。 ただし,13号墳は,よくわからなかっ…
コメント:0

続きを読むread more

桜川市岩瀬:稲古墳群

過日,稲古墳群(茨城県桜川市岩瀬)の所在地周辺を見学した。 池下古墳群の配置図は,佐々木憲一・田中裕編『続常陸の古墳群』(六一書房)の137頁にある。 稲2号墳と7号墳は完全に湮滅しており,痕跡も全くない。2号墳所在地は更地になっていた。6号墳所在地の現況は山林となっているのだが,道路から見えた感じでは明確に墳丘と認識可能なものは現…
コメント:0

続きを読むread more

桜川市岩瀬:稲荷神社と古墳

過日,稲荷神社(茨城県桜川市岩瀬)を参拝した。手水には「稲荷大明神」と記されている。 稲荷神社は,桜川市岩瀬体育館ラスカの北東約500mのところにある山の上にあり,その山の東側にある灌漑用水池のあたりからは,長辺寺山古墳のある山が目の前に見える。 鳥居の脇に石祠があり,参道を登ると,社殿が見えてくる。拝殿の中に本殿がある構造のようだ…
コメント:0

続きを読むread more

小山市:下泉古墳群

過日,下泉古墳群(栃木県小山市下泉)を見学した。 小山市史編さん委員会編『小山市史 史料編・原始古代』(昭和56年)の3~17頁,902頁によれば,下泉古墳群は,薬一神社古墳と6基の古墳の合計7基の古墳によって構成される古墳群とされている。 薬一神社古墳以外の古墳に関しては,現況では,下泉4号墳~6号墳は削平されて湮滅しているので,…
コメント:0

続きを読むread more

小山市下泉:薬一神社と古墳

過日,薬一神社(栃木県小山市下泉)を参拝した。祭神は,大己貴命と少彦名命。 元は,薬一権現と称していたけれども,明治初年に薬一神社と改めたとのこと。 小山市史編さん委員会編『小山市史 史料編・原始古代』(昭和56年)の902頁によれば,薬一神社の基壇部は,薬一神社古墳と呼ばれ,直径35m・高さ5mの円墳とされている。同頁には「北側裾…
コメント:0

続きを読むread more

小山市:千駄塚古墳再訪・千駄塚小火石2号墳出土石棺

過日,千駄塚古墳を再訪した。千駄塚古墳の墳頂にある浅間神社を参拝した。屋根の上は青いビニールシートで覆われたままだった。 そのあと,墳丘北側裾に保存されている千駄塚小火石2号墳出土石棺を見学した。 小山市史編さん委員会編『小山市史 史料編・原始古代』(昭和56年)の915~916頁によれば,千駄塚小火石古墳群は,千駄塚古墳の北西に所…
コメント:0

続きを読むread more

行方市小幡:観音寺と古墳

過日,天台宗・如意輪山普門院観音寺(茨城県行方市小幡)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。 観音寺の参道は非常に長い。境内地南端にある入口付近には三本松跡地碑などがある。仁王門をくぐり,少し進むと観音堂がある。そこから更に北上すると,墓地区画を抜け,本堂のある境内地に至る。本堂の北側には,現在では廃校となっている旧要小学校があるが,この場…
コメント:0

続きを読むread more

アメリカオニアザミ?

過日,栃木県小山市周辺を散策中,幹線道路の歩道脇で大型のアザミの仲間の花を見た。 全体に棘が多く。茎には翼がある。 類似の帰化植物が何種類かあるが,総合的にみてアメリカオニアザミ(Cirsium vulgare)だろうと判断した。ただし,類似する別種の可能性は否定できない。既存の帰化植物図鑑等に収録されていない帰化植物がどんどんやっ…
コメント:0

続きを読むread more

結城市粕礼:鷲神社と古墳

過日,鷲神社(茨城県結城市粕礼)を参拝した。祭神は,天日鷲命。経津主命・八衢比古命・久那斗命・賀々背男命・大日孁命・八衢比売命を配祀している。 鷲神社は,「藤原秀郷が平将門征伐の戦勝祈願のため,武州太田の鷲大明神を分社創建」とのこと。 西村美容院の西約100mのところに「正一位鷲大明神入口」と記された石碑が立てられており,そこか…
コメント:0

続きを読むread more

結城市矢畑:愛宕神社

過日,愛宕神社(茨城県結城市矢畑)を参拝した。祭神は,加具土命。鳥居の額には「愛宕大権現」と記されている。 神仏習合の時代を彷彿とさせる神社だと思った。 愛宕神社は,矢畑交差点のすぐ西側にある。愛宕神社の南東には結城廃寺跡があり,東には結城八幡瓦窯跡群があり,南西には中台遺跡と呼ばれる奈良・平安時代の遺跡がある。愛宕神社の北東の熊野…
コメント:0

続きを読むread more

下野市石橋:太夫塚古墳群

過日,太夫塚古墳群(栃木県下野市下古山)を見学した。 太夫塚古墳群は,3基の円墳で構成される古墳群であり,JAおやま石橋野菜集荷所の西側に位置する農地内に所在している。長田橋東河川公園(栃木県下野市下長田)付近を含め,西の方から見ると,北から順に1号墳,2号墳及び3号墳の3基の円墳が南北に並んでいるのが見える。 西の方から見…
コメント:0

続きを読むread more

小山市下国府塚:愛宕神社と古墳

過日,愛宕神社(栃木県小山市下国府塚)を参拝した。祭神は,火産霊命。 境内社として,雷電神社がある。また,境内隅に三角点がある。 小山市史編さん委員会編『小山市史 史料編・原始古代』(昭和56年)の915頁によれば,愛宕神社の基壇部は,天神山古墳と呼ばれ,直径30m・高さ2.5mの円墳とされている。現況は,西側,東側及び北側が大きく…
コメント:0

続きを読むread more

栃木市城内町:愛宕神社と古墳

過日,愛宕神社(栃木県栃木市城内町)を参拝した。祭神は,火産霊命。 愛宕神社の基壇部は,城内古墳群の2号墳と呼ばれ,直径20m・高さ1.5mの円墳とされている。 愛宕神社の周辺は,開発により宅地化が進んでおり,また,愛宕神社境内地のすぐ西側には栃木県道31号線が走っているため,全体としての地形がわかりにくくなっている。しかし,愛宕神…
コメント:0

続きを読むread more

小山市城東:愛宕神社と古墳

過日,愛宕神社(栃木県小山市城東)を参拝した。主祭神は,火産霊命。 鳥居は,栃木県264号小山結城線に面しており,梅ヶ原幼稚園の敷地東縁付近沿って参道がある。 小山市史編さん委員会編『小山市史 史料編・原始古代』(昭和56年)の923頁によれば,愛宕神社の基壇部は,愛宕塚古墳と呼ばれ,直径45m・高さ10mの円墳とされている。実際…
コメント:0

続きを読むread more

小山市下泉:愛宕神社と古墳

過日,愛宕神社(栃木県小山市下泉)を参拝した。祭神は,軻遇突智命。 小山市史編さん委員会編『小山市史 史料編・原始古代』(昭和56年)の902頁によれば,愛宕神社の基壇部は,下泉愛宕神社古墳と呼ばれ,直径20m・高さ2.5mの円墳とされている。社殿の東側に境内社(石祠)がある。典型的な古墳神社の形態をとっている。 栃木県小山市~栃…
コメント:0

続きを読むread more

チョウトンボ

ある親水公園の池のあたりを散策していたら,チョウトンボを見かけた。ゆっくり飛ぶトンボなのだけれどもなかなかうまく撮影できない。葉先にとまったところを狙って何枚か写真を撮った。どうやらオスのようだ。 チョウトンボの写真を撮影するのは初めて。 同じ公園にはシオカラトンボもいっぱいいた。 …
コメント:0

続きを読むread more

ヒメイワダレソウ

ある公園でヒメイワダレソウ(Phyla canescens)の花を見た。植栽と推定されるのだが,かなり繁茂していて,帰化に近い状態だった。 花を観察していたら,とても小さな昆虫が花の中にもぐりこんでいるのが見えた。残念ながら同定不能。  松江の花図鑑:ヒメイワダレソウ(姫岩垂草)  http…
コメント:0

続きを読むread more

小山市網戸:藤塚古墳

過日,藤塚古墳(栃木県小山市網戸)を見学した。 小山市史編さん委員会編『小山市史 史料編・原始古代』(昭和56年)の903頁によれば,藤塚古墳は,全長50m・後円部直径22m・後円部高さ2m・くびれ部幅18m・前方部幅22.6mの前方後円墳とされている。 藤塚古墳は,網戸神社のある細長い島状の台地の北端付近にある。この台地は自然堤防…
コメント:0

続きを読むread more

小山市:網戸神社

過日,網戸神社(栃木県小山市網戸)を参拝した。主祭神は,田心姫命。大山祇神・天兒屋根命を配祀している。 網戸神社は,式内社・胸形神社の論社として知られている。大同元年(806年)に社殿を再築しているとのことなので,それよりも古い時代に創建された神社ということになる。 私が訪問した日には御朱印を求める人々が次から次へとやってくるような…
コメント:0

続きを読むread more

行方市小高:皇徳寺と古墳群(その4)

過日,過日,曹洞宗・小高山皇徳寺(茨城県行方市小高)を参拝し,その境内にある皇徳寺古墳群を見学した。 皇徳寺5号墳は,皇徳寺4号墳の南西に隣接して所在している。佐々木憲一田中裕編『続常陸の古墳群』(六一書房)の194頁によれば,皇徳寺5号墳は,直径約10mの円墳とされている。現況の高さは,目測で50cm前後。小さな古墳なので,意識…
コメント:0

続きを読むread more

行方市小高:皇徳寺と古墳群(その3)

過日,過日,曹洞宗・小高山皇徳寺(茨城県行方市小高)を参拝し,その境内にある皇徳寺古墳群を見学した。 皇徳寺4号墳は,皇徳寺古墳群を構成する古墳の中で最も大きな古墳で,皇徳寺3号墳の北西に隣接して所在している。佐々木憲一田中裕編『続常陸の古墳群』(六一書房)の194頁によれば,皇徳寺4号墳は,全長約30mの前方後円墳とされている。…
コメント:0

続きを読むread more

行方市小高:皇徳寺と古墳群(その2)

過日,曹洞宗・小高山皇徳寺(茨城県行方市小高)を参拝し,その境内にある皇徳寺古墳群を見学した。 皇徳寺2号墳は,皇徳寺庫裏の東側崖上にあり,庫裏の脇の方から見ると,墳上の墳頂付近が少し凹んでおり,墳丘の西側部分の一部が掘削されており,墳丘の北側の裾付近に石棺の一部が露出しているのが見える。 住職の説明によれば,かつてはもう少し多…
コメント:0

続きを読むread more

行方市小高:皇徳寺と古墳群(その1)

過日,曹洞宗・小高山皇徳寺(茨城県行方市小高)を参拝した。本尊は,釈迦牟尼仏。 皇徳寺は,常陸平氏・大掾氏の流れを汲む小高氏と深い縁のある寺院。平安時代~戦国時代当時における行方の諸勢力とその帰趨について理解する上で非常に重要な寺院の1つだと言える。また,皇徳寺には,行方市の指定文化財である十一面観世音菩薩立像がある。 皇徳寺では,…
コメント:0

続きを読むread more

潮来市:天王原古墳

過日,天王原古墳(茨城県潮来市辻)を見学した。 天王原古墳は,国道51号線と茨城県道50号線が交差する須賀交差点の南西約200mのところにあり,全長約35m・高さ約3mで,前方部を南南東に向けた前方後円墳とされている。かつて,墳丘の東側部分を削平した際に二神二獣鏡が出土した古墳として知られている。 なお,佐々木憲一・田中裕編『続常陸…
コメント:0

続きを読むread more

潮来市:稲荷山古墳群(その3)

過日,稲荷神社(茨城県潮来市潮来)を参拝した後,同社の東側に所在する稲荷山古墳群を見学した。古墳群所在地周辺は,稲荷山公園として整備されている。稲荷山古墳群は,8基の古墳で構成される古墳群とされている。 3本ある散策路中の南側のコース沿いは,西から順に2号墳,4号墳,5号墳,6号墳がある。 3本ある散策路中の中央のコースから南の…
コメント:0

続きを読むread more

潮来市:稲荷山古墳群(その2)

過日,稲荷神社(茨城県潮来市潮来)を参拝した後,同社の東側に所在する稲荷山古墳群を見学した。古墳群所在地周辺は,稲荷山公園として整備されている。稲荷山古墳群は,8基の古墳で構成される古墳群とされている。 3本ある散策路中の北側のコース沿いには,西から順に,3号墳,7号墳がある。 北側の散策路 稲荷山3号墳は,国…
コメント:0

続きを読むread more

潮来市:稲荷山古墳群(その1)

過日,稲荷神社(茨城県潮来市潮来)を参拝した後,同社の東側に所在する稲荷山古墳群を見学した。古墳群所在地周辺は,稲荷山公園として整備されている。 稲荷山古墳群は,8基の古墳で構成される古墳群とされている。 夏なので,草が生えていて墳丘を見つけるのが難しいのではないかと想像しながら散策した。予想に反し,草が生えていても墳丘の大部分を見…
コメント:0

続きを読むread more

潮来市潮来:稲荷神社

過日,稲荷神社(茨城県潮来市潮来)を参拝した。祭神は,宇迦之御魂の命。 稲荷神社は,長勝寺の裏(北西側)に位置する稲荷山の西端付近にある。地蔵堂の脇にある階段を登り,境内地に至った。 平成13年に火災があって社殿が焼失したとのことで,再築工事の竣工記念碑が立てられていた。 境内には多数の境内社等がある。それらを奉納した人々の思いが…
コメント:0

続きを読むread more

潮来市:聖観世音堂など

長勝寺を参拝した後,稲荷神社に至るまでの間,徒歩で移動した。 途中には小さな祠などがあり,稲荷神社の手前(南西側)には聖観世音堂と地蔵堂がある。また,稲荷神社の階段下には青面金剛明王の石碑などがあった。 江戸時代の潮来は,港町であり,海運業で大いに賑わい,現代風に言えば,ハブ港湾都市だった。そして,江戸と同様に大規模な遊郭街があった…
コメント:0

続きを読むread more

潮来市:長勝寺

過日,臨済宗妙心寺派・海雲山長勝寺(茨城県潮来市潮来)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。 文治元年(1185年)に源頼朝によって創建された寺院。銅鐘は,北条高時の寄進によるものとのこと。徳川光圀によって改修等が命ぜられ,現在の堂宇等は元禄年間以降のものらしい。茅葺の仏殿(本堂)は,とても大きく,二段築成の円墳を思わせるような威容がある。…
コメント:0

続きを読むread more

今宵の月

晴れた夜空に円い月が大きく見えた。 昨晩は,黒雲が少し出ていて,巨大な象が月を銜えているように見えた。 今夜は月と星だけ。 何となくその気になり,久しぶりに月の写真を撮ってみた。
コメント:0

続きを読むread more

潮来市:西円寺

過日,真宗大谷派・梅龍山西円寺(茨城県潮来市潮来)を参拝した。 西円寺は,元禄5年(1692年)に創建された寺院とのこと。小林一茶の句碑と遊女供養塔がある寺院ということで知られている。この句碑には小川芋銭の描いた画も一緒に彫られている。 私が訪問した時だけそうだったのかどうかわからないけれども,本堂を参拝したところ,戸が開いており,…
コメント:0

続きを読むread more

下野市川中子:川西神社

過日,川西神社(栃木県下野市川中子)を参拝した。祭神は,磐裂神・根裂神。火産霊命・倉稲魂命を配祀している。 元は虚空蔵宮と称したけれども,明治時代の神仏分離令により星宮神社と改称し,その後,大正5年に川西神社と改称したとのこと。 川西神社は,古墳を思わせるような形状をした小山の上にあるのだが,この場所は,現時点では古墳とはされていな…
コメント:0

続きを読むread more

香取市篠原:宗勝寺と古墳

過日,日蓮宗・法中山宗勝寺(千葉県香取市篠原)を参拝した。 宗勝寺は,日祐上人と深い縁があり,須坂藩主・堀直重の開基による寺院とのこと。境内には鬼子母神堂がある。 また,宗勝寺の境内には,宗勝寺古墳と呼ばれる古墳がある。宗勝寺古墳は,全長約18m・高さ約2mで,前方部を南に向けた前方後円墳とされている。非常に丁寧に手入れされ,保存さ…
コメント:0

続きを読むread more

稲敷市羽賀:東耀寺

過日,羽賀神社を参拝し,羽賀城跡の一部を見学した後,羽賀神社の南側隣地にある東光山寶幛院東耀寺を参拝した。 東耀寺の本堂の前に御堂が2つある。 東耀寺の境内地もまた羽賀城跡の一部とされている。意識しながら歩いていると,なるほどと思ってしまうような地形の場所が何か所かあった。 山門 敷石 本堂 …
コメント:0

続きを読むread more

稲敷市:羽賀神社

過日,羽賀神社(茨城県稲敷市羽賀)を参拝した。 羽賀神社の境内地は,臼田氏の城とされる羽賀城跡の一部とされており,境内には土塁の名残りのような印象を受ける地形の場所がある。 また,芳賀神社の東の方には中城古墳があり,そのすぐ近くの遺跡から矩形の空堀様遺構が発掘されているから,そのあたりも羽賀城の一部だったのではないかと想像される。そ…
コメント:0

続きを読むread more

稲敷市羽賀:誠諦寺

過日,法華宗陣門流・政継山誠諦寺(茨城県稲敷市羽賀)を参拝した。 由緒書を読むと,戒定院という古い寺院があった場所だけれども,現在の誠諦寺としては,阿倍氏の菩提寺として中興開山の後,現在まで続いているとのこと。 誠諦寺の西には臼田氏の城とされる羽賀城跡がある。誠諦寺の境内地それ自体は,一般的には羽賀城の一部として認識されていない。し…
コメント:0

続きを読むread more