潮来市潮来:素鵞熊野神社

過日,素鵞熊野神社(茨城県潮来市潮来)を参拝した。素鵞社の祭神は,須佐之男命・奇稲田姫命。熊野社の祭神は,伊弉諾命・伊弉册命・速玉男命・事解男命。
由緒書によると,文徳天皇の天安2年(857~858年)に最初に奉祀された神社とのこと。この由緒の最初の部分には当地の古い時代の歴史が隠されているように思う。何らかの政変により水面下に隠された神社が,政難の時期を経て,初めて出現した神社であるかのようにして再度祀られたものではなかろうか。あるいは,何らかの公的な目的により,水面下から神社が出現したとの演出の下で神社が創建されたとも考えられ得る。
素鵞熊野神社の分離や合祀の歴史は比較的複雑なものとなっている。非常に長い歴史をもつ常陸國における統治の複雑性を反映するものと言えるかもしれない。
駐車場の脇に水戸列士殉難碑と潮来郷校跡碑があり,また,素鵞熊野神社の東側鳥居がある。素鵞熊野神社の正面鳥居は,境内地の南側にある。
正面鳥居脇には茨城県指定文化財となっている潮来大欅がある。
境内地には多数の境内社があるが,境内地西端付近に特に境内社が集中しおり,また,供養塔等もある。
境内地西端の愛宕神社の前には,比較的大きな板碑があるのだが,何となく石棺材の二次利用物のようにも見える。また,愛宕神社の西側には円墳のようにも見える塚状地形部分があるけれども,現時点では古墳とも塚ともされていない。自然の尾根の一部または土塁の一種と考えられているのだろうと思う。しかし,地形から見て,物見台の可能性はあっても,土塁の残存物である可能性は低いと思われる。

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水戸列士殉難碑と潮来郷校跡碑


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東側一の鳥居


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東側二の鳥居


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正面一の鳥居


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潮来大欅


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潮来大欅の説明板


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由緒書


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正面階段前の鳥居


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境内


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拝殿


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本殿


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潮来ばやしの説明板


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額殿


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幸霊殿


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境内社(大杉神社・大六天神社・神明社・八子神社)


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猿田彦大神・庚申塔など


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愛宕神社


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愛宕神社前の板碑


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道祖神


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愛宕神社西側にある塚状地形


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境内社(淡島神社)


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境内社


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手水


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古い手水


地形から見て,素鵞熊野神社の所在地を含む台地上は,古代~中世においては館や砦が存在した場所だろうと思われる。
現在では,台地上の大部分が潮来市立潮来第一中学校の敷地となっており,学校敷地の一部は,天王台遺跡と呼ばれる中世の遺跡となっている。台地の下(南側)は,潮来台下遺跡と呼ばれる奈良・平安時代の遺跡となっている。
この台地上は,古代においては古墳群が存在した場所でもあるかもしれない。徳川光圀の命により,元禄9年(1696年)に現在の所在地に遷座した神社とのことなのだが,徳川光圀は考古学においても非常に優れた直観力をもつ藩主だったので,当時存在していた古墳群のある場所を鎮座に相応しい地と判断したのではなかろうかと想像した。現時点における拝殿と本殿の間の物理的相対的位置関係等からもそのような雰囲気が感じられる。
ただし,台地全面にわたる徹底的な科学調査は実施されていないようだ。


 素鵞熊野神社
 http://www.komainu.org/ibaraki/itakosi/SogaKumano/kumano.html

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