茨城県久慈郡大子町矢田:仲山古墳群とその周辺(その2)

過日,仲山古墳群の6号墳(茨城県久慈郡大子町矢田)を見学した。
仲山古墳群に関しては,測量調査と一部発掘調査が行われており,その調査結果は,大子町史編さん委員会編『大子町史料別冊(2) 大子町の遺跡と遺物-遺跡地名表・分布図-』(昭和56年)及び大子町史編さん委員会編『大子町史料別冊(VII) 仲山古墳群三号墳発掘調査報告書』(昭和61年)の中にまとめられている。
仲山6号墳を見学した日とは別の日に現地を再訪し,1号墳~5号墳及びその周辺を見学した。

現在では廃校となっている旧矢田小学校の敷地は,現在では小規模な住宅街となっている。その区画の南東隅付近が小さな公園に整備され,そこに旧矢田小学校関係の石碑等がある。かつては校庭の一部だった場所らしい。

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現在では公園となっている区画


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矢田小学校沿革碑


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創立百年記念碑


この公園のあたりから,古墳群所在地である細長い山の東側縁付近を通る遊歩道のようなものがあり,この遊歩道を歩いて南下すると,順に,薬師堂,古墳群の標識兼説明板,1号墳~5号墳を見学できる。

最初に薬師堂を参拝した。
薬師堂の基壇部は方墳のように見えないことはないが,尾根の膨らんだ部分の一部を掘削・整形した上で,四周を河原石のような石で固めて補強し,薬師堂の土台としたもののではないかと思う。その河原石のようなものは樹木の根によって壊され,根と根の間に見えるような状態となっている。


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薬師堂正面(東側)の階段


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境内にある庚申供養塔


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手水


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北の方から見た薬師堂


薬師堂のすぐ南側に通路のようなものがあり,西の方で舗装道路と接続している。その接続地点付近には防火用水の施設があり,現在では道として使用されていないようだ。
この通路の西端付近(薬師堂の南東隅付近)に,仲山古墳群の標識兼説明板がある。
標識兼説明板の下に矢印と「170m」との表示がある。これは,古墳群が170m先にあるという意味ではなく,この場所から約170m先の場所までの間に古墳が並んでいるという意味を示すものだと思う。


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標識兼説明板


標識兼説明板のある場所から南方に向かって道なりに進むと,小さな墓地区画があり,その前を通り過ぎて少し進むと,小さな墳丘のようなものが右手(西側)に見える。これが1号墳に該当するものと判断した。
『大子町史料別冊(VII) 仲山古墳群三号墳発掘調査報告書』の7頁によれば,仲山1号墳は,現況直径4.5~5mの円墳とされている。なお,「墓地によって削られてしまっている」との記載があるが,墓地所在地と思われる平坦な掘削部分の現況は笹薮のようになっており,ここに記載されている墓地が,後に少し離れた場所に移設されたのではないかと想像される。


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東の方から見た1号墳


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1号墳の墳頂付近


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南東の方から見た1号墳


そこから更に進むと,やや大きな墓地区画があり,その墓地区画の手前(北側)に仲山2号墳があり,その墓地区画の奥(南側)に仲山3号墳があるのが見えてくる。

『大子町史料別冊(VII) 仲山古墳群三号墳発掘調査報告書』の7~8頁によれば,道路や墓地によって削られているため元の墳形とは異なるけれども現存直径6mの円墳とされている。ボーリング調査をしたけれども主体部が発見されなかったとのこと。なお,2号墳と墓地との間(残存墳丘の南端付近)には2個の石材が置かれている。比較的大きな岩を加工したもののように見えるが,古墳と関係するものであるか否かは不明。


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北の方から見た2号墳


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2号墳の墳頂付近


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南東の方から見た2号墳


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2号墳と墓地との間にある石材



 大子町:仲山古墳群
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