茨城県久慈郡大子町矢田:仲山古墳群とその周辺(その1)

過日,上岡古墳群を見学した後,熊野神社(茨城県久慈郡大子町矢田)の所在地付近に移動した。

熊野神社のある馬の背のような細長い小山の尾根上には仲山古墳群が所在している。仲山古墳群に関しては,測量調査と一部発掘調査が行われており,その調査結果は,大子町史編さん委員会編『大子町史料別冊(2) 大子町の遺跡と遺物-遺跡地名表・分布図-』(昭和56年)及び大子町史編さん委員会編『大子町史料別冊(VII) 仲山古墳群三号墳発掘調査報告書』(昭和61年)の中にまとめられている。

また,熊野神社の南西方向にある山の斜面は,矢田城跡と呼ばれる中世の城跡遺跡の所在地となっている。矢田城を築造した一族と仲山古墳群の被葬者一族との関係は不明。
矢田城跡のある山の裾のあたりには民家が並び,その奥は墓地となっているようだ。山の斜面に登る公道が存在しないので,矢田城跡所在地近くまでアクセスすることは断念し,熊野神社所在地の南西にある鉄道踏切付近から山の斜面を眺めるだけとした。

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矢田城跡所在地付近


熊野神社の参道は,神社所在地の南西端の人家敷地と人家敷地に挟まれた狭い道となっている。そこを通ると,鳥居が見え,やや急峻な上りの階段となっている。階段を登ると,半分埋もれた大黒天碑が右手にあり,倒れたままの青龍大権現碑があった。その右奥の方は墓地となっている。このあたりは,仲山遺跡と呼ばれる縄文時代の遺跡包蔵地に指定されている。


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熊野神社参道


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鳥居


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大黒天


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青龍大権現


そこから更に先に進むと山の尾根のやや平坦な場所となり,その奥(北東側)に熊野神社の社殿が見える。現況の地形等から推察して,かつてはかなり賑わった神社なのではないかと想像されるが,現在では,ちょっと寂しい感じになっている。
参拝した。
この熊野神社の由緒は不詳。栃木県益子町~上三川町~真岡市付近を本拠地とした益子氏(紀党)の旧領地周辺には熊野神社が比較的多く,大子町には益子姓の方が比較的多い。益子町と大子町とは山々によって隔てられてはいるけれども何か縁のようなものがあるのではないかと思う。
益子氏に関しては,武内宿禰の子孫とする見解と紀氏の子孫とする見解等がある。


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境内地


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拝殿


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拝殿の額


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本殿


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境内社


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手水


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熊野神社のある森


熊野神社の裏側(北東側)には人工的に切り取った空堀様の部分があり,そのすぐ北側の尾根上に小さな古墳がある。仲山古墳群の6号墳に該当する古墳だと判断した。仲山6号墳は,直径4m・高さ52cmの円墳とされている。


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6号墳


6号墳所在地から更に北の方に伸びる尾根は狭くなっていた。その先は広くなっているということを後に知ったのだけれれども,この時は危険だと判断し,尾根伝いに北上することを断念した。
時間の関係もあり,仲山古墳群の1号墳~5号墳については,別の日に再訪し,古墳群の北端付近にある旧矢田小学校付近からアプローチして見学することに決めた。

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