かすみがうら市牛渡:鹿嶋神社と寺ノ内古墳群

過日,鹿嶋神社(茨城県かすみがうら市牛渡)を参拝した。
鹿嶋神社は,牛渡銚子塚古墳の東約400mのところにある。牛渡地区とその周辺には鹿嶋神社(鹿島神社)が比較的多いように思う。
この時に参拝した鹿嶋神社は,806年に創建され,武甕槌命を祀り,「本鹿嶋」と呼ばれる神社とのこと。
天慶の乱で焼失した後,源義家によって復興された神社らしい。もしかすると,元は境内地の中心部付近に大きな古墳が存在したのかもしれない。
鹿嶋神社の社殿はとても立派で大きい。その境内には多数の境内社がある。また,鳥居の脇にも境内社と思われる建物があったが,神輿庫かもしれない。

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鳥居


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拝殿


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本殿


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境内社


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境内社


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境内社


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境内社


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境内社


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鳥居脇の境内社?


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手水


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戦没者記念碑


かつては,鹿嶋神社のある台地の南東端付近から鳥居の所在地まで直線状に長い参道が続いていたと思われるが,現在では使われていない。この参道に沿うようにして寺ノ内古墳群が所在している。そのような位置関係からして,古墳ではなく後代の塚が含まれる可能性も否定できない。
霞ヶ浦町教育委員会・茨城大学考古学研究室編『霞ヶ浦町遺跡分布調査報告書-遺跡地図編-』(2001)の110頁の記載及び140頁の配置図によれば,寺ノ内古墳群は,4基の円墳によって構成される古墳群とされており,それらの古墳の中で1号墳と2号墳は,鹿嶋神社の鳥居のそば(南東側)にあり,1号墳は直径8.2m・高さ0.5mの円墳,2号墳は直径11m・高さ1.6mの円墳とさている。
実際に観てみると,2号墳に該当すると思われる塚が存在するけれども,1号墳はよくわからなかった(既に湮滅していると判断するのが妥当と思われる)。
しかし,上記の配置図が正しいとすれば,その塚は1号墳の所在地付近であり,2号墳の所在地の現況は削平されて平坦な畑及び雑種地となっている。そのことから,現存する塚は2号墳を移築・復元したもので,元の1号墳及び2号墳は,いずれも既に湮滅している可能性が否定されない。
他方,鳥居の南側そばには円墳様の地形がある。この円墳様の地形は1号墳の直径・高さとほぼ一致する。しかし,道路を開削・構築した際に残った台地の一部であると考えるのが妥当で,たぶん古墳ではない。その南側にも同様に一見すると前方後円墳のように見える土塁様のものがあるけれども,たぶん建設残土のようなものだろうと思う。


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2号墳に該当すると思われる塚


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塚上の神明宮


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鳥居の南側そばにある円墳様の地形


『霞ヶ浦町遺跡分布調査報告書-遺跡地図編-』の110頁の記載及び140頁の配置図によれば,3号墳及び4号墳の所在地は,鳥居から南東側に向かって直線状に伸びる旧参道と思われる道の南東端付近(台地上の端付近)となっており,3号墳は直径10m・高さ1.5mの円墳,4号墳は直径12.5m・高さ0.6mの円墳とされている。
参道の南東端の北東側にある林の中に3号墳と思われる塚があった。また,参道南東端の南西側の土塁状の地形の上に少しふくらみのある部分があり,その場所付近が4号墳所在地なのではないかと思ったけれども確実ではない。4号墳は既に湮滅している可能性がある。


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北西の方から見た参道


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参道の南東端付近


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3号墳と思われる塚


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4号墳所在地付近と思われる場所



 別冊霞ヶ浦を歩く:第13回霞ヶ浦・常陸風土記を歩く会
 http://www3.ic-net.or.jp/~tfukukawa/hitati/hitati13/hitati13-1.HTM

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