土浦市:霞ヶ浦環境科学センター敷地内で展示されている石棺

過日:茨城県霞ヶ浦環境科学センター(茨城県土浦市沖宿町)を訪問し,同センター北西側にある「森の広場」に屋外展示されている石棺を見学した。
現在,霞ヶ浦環境科学センターの敷地一帯は戸崎中山遺跡と呼ばれる遺跡包蔵地となっているのだが,同センター建設の際,2基の古墳(円墳である1号墳及び帆立貝形前方後円墳である2号墳)が確認され,その中の2号墳から出土した箱式石棺が展示されているとのこと。
土浦市の行政区画内に含まれることとなった経緯は不詳だが,同センターの敷地は,元はかすみがうら市の行政区画内に含まれていたため,遺跡分布調査関連の記録は,霞ヶ浦町教育委員会・茨城大学考古学研究室編『霞ヶ浦町遺跡分布調査報告書-遺跡地図編-』(2001)の中にある。その111頁及び136頁によれば,戸崎中山遺跡の範囲は霞ヶ浦環境科学センターを含め,かなり広範囲のものであり,同センターの敷地周辺は,戸崎古墳群と呼ばれる古墳群だということを知ることができる。なお,同センター所在地が元は土浦市の行政区区画外に位置するものであったため,土浦市教育委員会編『土浦の遺跡-埋蔵文化財包蔵地-』(1984年)には,戸崎中山遺跡内に含まれる古墳の記述が一切ない。
戸崎古墳群は,4基の円墳で構成される古墳群とされているけれども,それらの古墳の中に上記の円墳及び帆立貝型前方後円墳が含まれていないので,同センター建設の際に遺構が発見されたもので,以前は知られていなかった古墳ということなのだろう。
土浦市に属する戸崎中山遺跡の発掘調査結果としては,下記の「発掘情報いばらき:戸崎中山遺跡」のサイトに発掘調査当時の写真等がある。それによると,発掘された1号墳は,発掘前には塚として扱われていたようだ。結論として,戸崎古墳群を構成するものとして記録されていた4基の古墳と霞ヶ浦環境科学センターの建物敷地下にあった2基の古墳とは別のものであり,この地区には合計6基の古墳があったことになると理解するのが正しいようだ。これら全部を統合した詳細な調査報告は見当たらないが,丁寧に調査すれば,湮滅したものと残存しているものとを含め,戸崎古墳群を構成する古墳の総数はもっと増えるのではないかと思う。

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説明板


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石棺


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別の方角から見た石棺


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別の方角から見た石棺


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別の方角から見た石棺


石棺の展示場所付近から南の方は段丘崖となっており,その先は霞ヶ浦となっている。段丘縁には展望台が設けられており,そこから霞ケ浦一帯がよく見える。


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 茨城県霞ケ浦環境科学センター
 https://www.pref.ibaraki.jp/soshiki/seikatsukankyo/kasumigauraesc/

 発掘情報いばらき:戸崎中山遺跡
 http://www.ibaraki-maibun.org/04shuzo/h14-iseki/0314tsuchiura/0314-01.htm

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