茨城県稲敷郡美浦村舟子:海源寺と古墳

過日,曹洞宗・海源寺(茨城県稲敷郡美浦村舟子)を参拝した。本尊は,薬師如来。
海源寺のある台地は,中世の舟子城の所在地として知られている。主たる館があったと見られる「城ノ内」と呼ばれる場所の現況は,太陽光パネル群となっている。地元の方の話によると,海源寺~舟子城跡を含む周辺の台地は,かつては,開墾されて畑地となっている部分が多かったとのことなのだが,現況は山林や竹藪ばかりとなってしまっている。現時点では,遺跡探訪地としてはあまりお勧めできないような状態にある。
海源寺の北西側背後地も同様に竹藪となっている。その竹藪の中が舟子塚原古墳群中の1号墳(円墳),2号墳(円墳)及び3号墳(前方後円墳)の所在地となっている。

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海源寺山門


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本堂


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御堂


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説明板


海源寺を参拝した後,本堂の西側奥にある墓地区画まで登ってみた。竹林の中に墳丘の一部が見えるかどうか確かめたかったからだ。
佐々木憲一・田中裕編『続常陸の古墳群』(六一書房)の221頁によれば,舟子塚原古墳群の3号墳は,全長55m・後円部直径25.3m・後円部高さ8.5mで,前方部を南西の方に向けた前方後円墳とされている。
その墓地区画に行ってみると,たまたま掃除の担当の方が仕事中だったので,挨拶し,竹林の中に少し入ってもよいかどうか尋ねたところ,差支えないということだったので,少しだけ入ってみた。その現況竹林となっている部分もかつては畑として開墾されていた場所なのだそうだ。現在では耕作する人がいなくなってしまい,竹林になっているとのこと。
墓地区画の北端付近から竹林の中を覗いてみると,何やら低い墳丘的なものがある。もしかすると,3号墳の前方部の一部かもしれないと思い,竹林の中に入ってみた。結局,中世の土塁の残存物ではないかと思ったのだけれども,3号墳の前方部の一部を二次利用したものかもしれない。
そこから更に北東の方に入ると外見上低い円墳または方墳のようなものがあり,2条のトレンチ痕のようなものがあった。調査のためのトレンチ痕なのかどうかは不明。その円墳または方墳のように見える部分が前方部の残部だろうと判断した。
その場所から北東側先に大きな円墳のようなものが見えた。高さがかなりあり,その規模からみて3号墳の後円部に間違いないと思う。竹が密生しているため,後円部の近くまでアクセスしなかったけれども,ざっと見たところ,前方部と後円部との間にはかつて通路として掘削された地形があり,くびれ部付近で明確に分断されているために,大小の古墳が2基あるように見えるのだと判断した。
以上の程度で3号墳の見学を終えた後,墓地区域の掃除の担当の方に御礼を述べた。


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南西の方から見た後円部


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南西の方から見た前方部の残存部分


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北東の方から見た前方部の残存部分


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南東の方から見た3号墳所在地付近


なお,舟子塚原古墳群中の1号墳(円墳)及び2号墳(円墳)が現存するかどうかは全くわからない。竹藪となっており,その所在地近くまでアクセスすることが非常に困難または不可能なのではないかと思われる。
公道から遠望する限りでは,現存している可能性がないとは言えない4号墳(円墳),5号墳(円墳),6号墳(円墳)及び8号墳(円墳)の所在地の現況も同じような状況にあるように見える。

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