石岡市:要害山古墳群1号墳

過日,要害山古墳群(茨城県石岡市小井戸)を見学した。
石岡市教育委員会・石岡市遺跡分布調査会編「石岡市遺跡分布調査報告」(2001年)の23頁によれば,要害山古墳群は,小井戸地区の北東端(園部川にかかる富士見橋~老田橋の間)にあり,1基の前方後円墳と2基の円墳によって構成されている。「石岡市遺跡分布調査報告」の87頁に要害山古墳群の分布図があり,87~92頁に詳細な説明がある。
石岡市教育委員会編『石岡の地名』(平成8年)の99頁によれば,「要害」という名の示すとおり,かつては常陸大掾氏が南下する佐竹氏を迎え撃つための要害であったけれども,天正年間に佐竹氏によって占領され,佐竹氏武将の一拠点となったとのこと。
要害山古墳群を構成する古墳は,いずれも直接に墳丘にアクセスすることが困難。しかも,新型コロナによる移動制限が解除された後とはいえ,時期が時期だったので,隣接地の民家に通行を許可してもらうようお願いすることにも気がひけた。そこで,いずれも墳丘の近くを通る道路等から見学するだけにとどめることにした。
なお,小井戸地区内には適切な公共駐車場が全く存在しないため,小美玉市やすらぎの里小川(茨城県小美玉市中延)の駐車場にクルマを停め,そこから先は徒歩で往復した。

要害山1号墳は,要害山古墳とも呼ばれ,全長72m・高さ10.5mの前方後円墳とされている。しかし,もともと中世に空堀とするために掘削された部分があり,また,後円部の北西側部分は大規模に崩されていたようだ。また,墳丘の南側部分に宅地等のために掘削されているということは知っていたのだけれども,実際に観てみると,これまで各種報告書等に記載されているよりも大規模に掘削されているようだった。要害山1号墳は,北東側から見ると一応健全そうにみえるけれども,実際には南西側が大きく掘削された細長い残存墳丘だけとなってしまっているようだ。

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東の方から見た1号墳所在地付近


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北東の方から見た後円部付近


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北東の方から見た前方部付近


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南西の方から見た前方部


要害山1号墳の後円部の北西付近に小さな稲荷神社がある。参拝した。


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鳥居と参道


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社殿


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境内社と手水

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