水戸市:七ツ洞公園と古墳

2020年3月中旬のことだが,七ツ洞公園(茨城県水戸市下国井町)を訪問し,同公園内にある古墳所在地を見学した。
「七ツ洞」との地名は,複数の洞(横穴墓)が存在したことに由来するらしい。天明7年(1787年)に4基の横穴墓が発見され,昭和37年にその確認調査が実施されたものの,その後,周辺一帯が公園として整備されることになり,平成10年の調査の際には横穴墓を発見できない状況だったらしい(水戸市教育委員会編『水戸市埋蔵文化財分布調査報告書(平成10年度版)』22頁)。権現山横穴群と呼ばれる横穴墓群は,現在ではダムD南端から北に向かう遊歩道の下にあるということになっているけれども,普段は池Dの水面下に水没しており,それが本当に横穴墓であるかどうかを確認できる状態にはない。
七ツ洞古墳群所在地中の古墳群を含む区画は,本来であれば史跡公園として整備されるべき場所だったと考える。しかし,現実には,(複数回にわたり英国の著名な庭園複数を実際に見学してきた私にとっては)あまり「英国式庭園」には見えない公園施設に改造されている。重要な古墳群を含む区画がそのようなものに改造されてしまったことは,非常に残念なことだ。ちなみに,七ツ洞公園をロケ地として撮影された「テルマエ・ロマエ」は,非常に面白い映画だと思う。七ツ洞公園は,英国風ではなく古代ローマ風の印象(正確には,映画「ローマの休日」から受けるローマの印象)を与えるような庭園施設が複数あることからそのロケ地とされたのだろう。

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七ツ洞公園南側入口付近


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七ツ洞公園北側入口及び展望台付近


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七ツ洞公園北側展望台から見た景色


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ダムB上の四阿


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ダムC北端のパーゴラ


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ダムE上にあるパビリオン


権現山横穴墓所在地付近を歩いてみた。
遊歩道(池C西岸の木道)よりも高い場所には,戦時中に軍事目的で掘削されたと推定される方形の場所を除き,それらしい雰囲気をもつ地形が2カ所ほどあったけれども,よく見ると,自然の崩壊により形成された地形,または,戦時中の防空壕等が崩れて形成された地形である可能性が高いと思った。
他方,遊歩道下にあるとされるものが本当に横穴墓だとすれば,それらを水没した状態に放置していることは,遺跡保護の態様としては著しく妥当性を欠くものであり,早急の抜本的な改善が求められる。大規模に水抜きをしたら良いのではないかと思われる。本来,英国の伝統的な庭園にはダム湖のようなものは存在しない。


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権現山横穴群の標石


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権現山横穴群所在地付近


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横穴墓のように見える地形部分A


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横穴墓のように見える地形部分B


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横穴墓のように見える地形部分C


七ツ洞公園の南西端付近には権現山古墳群と呼ばれる2基の円墳があったけれども,平成10年の調査の際には直径約8m・高さ1.0mの円墳1基しか確認できない状態にあり,もう1基は七ツ洞公園の「秘密の花苑」という区画の設置のために湮滅したものとみられる。現況では,この残存円墳の所在地も明確ではない状況となっているので,全部湮滅したのと同然ではないかと思われる。


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「秘密の花苑」の一部


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「秘密の花苑」の南側に附属する小サークル
(権現山古墳群の円墳所在地?)


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北の方から見た七ツ洞公園北西端付近


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西の方から見た七ツ洞公園北西端付近


七ツ洞公園の敷地内で古墳らしい古墳を見ることができる唯一の場所は,ダムDの北東端にある四阿のすぐ脇(北西側)にあるもので,この古墳は,富士山古墳群を構成する円墳中の1基となっている。


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ダムD北東端の四阿


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四阿の方から見た富士山古墳群の円墳


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西の方から見た円墳と四阿



 七ツ洞再生物語
 http://www.nanatsudo.net/

 夫婦二人の山歩き:七ツ洞公園
 http://kawakaplan.web.fc2.com/ab71_nanatudou/kkab71.htm

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