石岡市:舟塚山古墳群13号墳・14号墳・15号墳

2020年3月中旬のことだが,舟塚山古墳群の13号墳,14号墳及び15号墳(茨城県石岡市北根元)を見学した。舟塚山古墳群は,石岡市の北根元地区と中津川地区にまたがって所在している。
舟塚山古墳群の13号墳,14号墳及び15号墳は,舟塚山16号墳(舟塚山古墳)の東~南東側に並んでいる。これらの古墳の更に東の段丘縁付近には10号墳(詳細不明),11号墳(全長20mの前方後円墳?)及び12号墳(直径19mの円墳)があったけれども,それらの古墳は既に湮滅している。

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舟塚山古墳後円部にある鹿島神社の鳥居


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北西の方から見た13号墳(左手前)・14号墳(中央)・15号墳所在地付近(右奥)

舟塚山13号墳は,舟塚山16号墳(舟塚山古墳)の後円部の東にあり,直径10mの円墳とされている。


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南西の方から見た13号墳


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西の方から見た13号墳


舟塚山14号墳は,13号墳の南西に隣接して所在し,直径11.5mの円墳とされている。


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南西の方から見た14号墳


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西の方から見た14号墳


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北の方から見た14号墳


舟塚山15号墳は,14号墳の南東に隣接して所在し,直径20mの円墳とされている。
直接にアクセスする道がわからなかったので,通行可能な道路から15号墳所在地付近を見てみたのだが,よくわからなかった。墳丘があまり残っていない古墳なのではないかと想像した。
なお,「第4回石岡市文化財調査報告会:石岡を掘る4-古墳特集-」(平成30年)の4頁では,15号墳が14号墳の南西に所在するように図示されており,その場所の現況は現代の墓地となっている。しかし,茨城県石岡市教育委員会・石岡市遺跡分布調査会編「石岡市遺跡分布調査報告書」(2001年)の図No.8では15号墳が14号墳の南東に所在するように図示されており,その場所は,「第4回石岡市文化財調査報告会:石岡を掘る4-古墳特集-」の4頁で図示されている12号墳の所在地とほぼ同じ場所なので,これらの異なる記述のいずれかが誤っていることは100%確実なのだけれども,そのどちらが誤りであるのかはわからない。
14号墳の南西にある現況墓地となっている部分の写真撮影は控え,湮滅した12号墳所在地を含む場所(14号墳の南~南東付近)の写真を撮るのにとどめた。この湮滅した12号墳所在地を含む場所付近には何もない。その先は急峻な段丘崖となっており,段丘崖に生えている針葉樹等の林がある。
なお,第4回石岡市文化財調査報告会:石岡を掘る4-古墳特集-」の5頁には2008年に試掘し,土師器が出土した旨の記述がある。この試掘場所は,現況墓地となっている場所付近のことを指すと考えられる。「石岡市遺跡分布調査報告書」の記述が正しいと仮定すれば,2008年には古墳(15号墳)とは関係のない場所を試掘したこととなり得る。
いずれにしても,古墳らしい古墳としては15号墳が残存していないことには変わりがないことが明らかなので,湮滅と同然のものとして扱うのが妥当と考える。


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北の方から見た様子


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西の方から見た様子


これらの古墳のある段丘北側の道路分岐点付近には馬頭観世音・三山碑(月山・湯殿山・羽黒山)・供養塔が立てられた塚のような場所がある。
この分岐点付近にある塚に関し,古墳を二次利用したものではないかという見解がある。


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交差点にある塚


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塚の上にある馬頭観世音など

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