前橋市横沢町:大胡町39号墳と40号墳

2020年3月中旬のことだが,大胡町39号墳と40号墳(群馬県前橋市横沢町)を見学した。
群馬県史編さん委員会編『群馬県史 資料編3 原始古代3 古墳』(昭和56年)の120~121頁によれば,大胡町39号墳は,横沢2号墳とも呼ばれ,墳丘がかなり掘削されているため現時点では規模不明となっているけれども円墳であり,発掘調査により玄門と前庭をもち,全長6.14mの両袖型の横穴式石室がほぼ完全に残されていることが確認されているとのこと。実際に見学したところ,墳丘の裾部分が石垣のようなもので固められているけれども,それは元の墳丘の範囲を正確に示すものではないようだ。墳頂には石祠と馬頭観世音が祀られていた。その前で合掌した。

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南の方から見た大胡町39号


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南東の方から見た大胡町39号


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東の方から見た大胡町39号


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北東の方から見た大胡町39号


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大胡町39号の墳頂の石祠・馬頭観世音


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大胡町39号墳付近から見える赤城山


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大胡町39号墳近くの路傍にあった庚申塔


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大胡町39号墳近くの路傍にあった庚申塔


『群馬県史 資料編3 原始古代3 古墳』の121~122頁によれば,大胡町40号墳は,横沢1号墳とも呼ばれ,墳丘は完全に削平されて消滅していたため,現時点では規模・墳形とも不明となっているけれども,発掘調査により全長5.09mの両袖型の横穴式石室がほぼ完全に残されていることが確認されているとのこと。この石室は,地下式のものと思われる。また,墳形は円墳と推定されている。
現在,現地には墳丘のようなものがある。しかし,これは墳丘ではない。墳丘の墳頂のように見える部分が元の地面であり,その下に石室がある。石室周辺部分の土地部分を残すようにして周辺の土地を掘削し,耕地として整備した結果,元の石室部分周辺の地下だった土地が相対的に高く残り,墳丘様の様相を示しているだけということになる。しかし,その中には今でも石室があるものと推測され,その意味で古墳だと言える。


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北の方から見た大胡町40号墳


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西の方から見た大胡町40号墳


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東の方から見た大胡町40号墳


これらの古墳の周辺には幾つかの同規模の円墳があったようだ。ざっと観た感じではほとんど全部湮滅しているのではないかと思われるけれども,大胡町39号墳の南の方の少し離れたところに墳丘のような地形が見えた。これが古墳なのかどうかはわからない。


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