太田市:圓福寺と古墳

過日,高野山真言宗・御室山圓福寺(群馬県太田市別所町)を参拝し,境内にある古墳を拝見した。古墳の墳丘上には十二所神社があるので,同社も参拝した。同社の祭神は,神仏習合による十二神将とのこと。また,古墳の墳丘上には千手観音堂と馬頭観世音堂がある。これらの観音堂の前でも合掌した。墳丘の裾には新田氏塁代の墓所がある。墳頂の脇には「国良親王御陵」と記された石柱がある。ここでも合掌した。
圓福寺の本堂は,墳丘の裾にある。境内には,弁財天があり,加えて,様々な供養塔等がある。
縁福寺の境内にある古墳は,別所茶臼山古墳または円福寺茶臼山古墳または宝泉茶臼山古墳と呼ばれ,墳丘の長さ約168mの前方後円墳とされている。この古墳は,群馬県内で3番目に大きな前方後円墳とのことで,実際に観ると実に大きな古墳だという印象を強くもつ。
新田氏がその祖先の偉大さを示すためにこの古墳を威信物的なシンボルとして崇敬していたことは疑いなく,新田氏に従う人々もその威信に服していたのだろうと想像する。その点では,新田氏が活躍した南北朝の時代においても,古代の大型墳丘墓が盛んに造営されていた時代と類似する精神構造が人々の中で継承・維持されていたと考えられる。
新田氏が十二神将を崇敬したという点は,トポロジー的な発想の下においては,墳丘上の埴輪群像の崇敬を連想させるのに十分なものではあるが,それだけではなく,藤原秀郷慶林寺(茨城県筑西市甲)に十二神像を奉納したとの故事をも想起させるものであり,非常に興味深い。これらの十二神将像は,群像であるという点において,平将門が崇敬したという毘沙門天を崇敬する人々のものとは異なる精神世界を示すものかもしれないと思った。

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山門


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本堂


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弁財天


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二十二夜供養塔


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庚申塔など


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新田荘遺跡の説明板


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関連文化財の説明板


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新田氏塁代の墓


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新田氏塁代の墓の説明板


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茶臼山古墳全景
(左手が前方部・右手が後円部)


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前方部と千手観音堂


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石幢


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石幢の説明板


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馬頭観世音など


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馬頭観世音堂


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鐘楼


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十二所神社鳥居


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後円部と十二所神社の社殿


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十二神像の説明板


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後円部と国良親王御陵碑


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後円部の墳丘



 太田市:新田荘遺跡(十二所神社境内)
 https://www.city.ota.gunma.jp/005gyosei/0170-009kyoiku-bunka/bunkazai/nittanosyoiseki_junisyojinja.html

 太田市:新田荘遺跡(円福寺境内)
 https://www.city.ota.gunma.jp/005gyosei/0170-009kyoiku-bunka/bunkazai/nttanosyoiseki_enpukuji.html

 太田市:十二所神社の木造神像
 https://www.city.ota.gunma.jp/005gyosei/0170-009kyoiku-bunka/bunkazai/otabunka16.html

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