群馬県邑楽郡邑楽町:八王子神社(松本古墳群3号墳)再訪

先日,松本古墳群の3号墳を基壇部とする八王子神社(群馬県邑楽郡邑楽町石打)を再訪し,参拝した。八王子神社古墳(松本3号墳)は,椿稲荷古墳(松本2号墳)の東の近隣地にある。
3号墳の道路をはさんだ西側には4号墳があり,独立の円墳とされているけれども,現在では,4号墳とされてきた部分は3号墳と連続するものであり,3号墳の部分を後円部とし,4号墳の部分を前方部とする前方後円墳だったと推定する見解のほうが多いようだ。くびれ部に相当する部分が現況の道路敷地になって切断されている。3号墳の周囲をぐるりと囲っている道路敷地部分は,元は3号墳の墳丘の一部だったと考えられる。
前回訪問した際には,4号墳の上には草ぼうぼうの状態で何もわからない状態だった。今回訪問したときには,寒い時期なので墳丘を覆っていた草がだいぶ枯れており,墳丘の形状が何となくわかるようになっていた。この形状が元のままであるかどうかは判然とせず,変形されたものかもしれないが,前方後円墳説のほうが妥当なように思われる。

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南の方から見た4号墳(手前)と八王子神社(3号墳)


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東の方から見た4号墳


4号墳の南の近隣地に光明院がある。『邑楽町誌(上)』の215~216頁によれば,松本古墳群の5号墳は,光明院の境内地付近に存在した直径約27m・高さ2.4mの円墳だったけれども既に湮滅しており,チャートの石棺材が1枚残されているだけとのことだ。
ただ,現地を訪問してみると,光明院の境内地南側の角地のあたりが小さな林になっており,そこに弁大天の碑のある盛土部分があり,その前に青面金剛明王が立てられていた。この盛土部分は,5号墳の墳土の一部だったようにも思われ,少なくとも5号墳の名残りのようなものではないかと思った。

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弁大天碑


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青面金剛明王

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