南陽市:稲荷森古墳

過日,稲荷森古墳(山形県南陽市長岡)を見学した。稲荷森古墳は,全長約96mの前方後円墳とされている。古墳の墳丘等は史跡公園として整備されており,駐車場とトイレがある。
稲荷森古墳の後円部は,とても大きく高いので,その墳頂からは周囲を遠くまで見渡すことができる。まさに権威の象徴であると同時に,周辺全域を監視・支配するための施設だったのだろうと思う。
稲荷森古墳の東側にある小山の上に雲南稲荷神社がある。この小山が古い時代から存在するものだとしたら,これもまた古墳である可能性があるのではなかろうか。

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東の方から見た全景


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説明板


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くびれ部付近から見た後円部


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墳頂付近


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墳頂から見た前方部


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くびれ部付近から見た前方部


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北西の方から見た全景


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墳頂から見た長岡森遺跡(古墳推定地)のある森


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墳頂から見た西側の景色


稲荷森古墳のある史跡公園の北西角付近の地面にはタイルのようなものが敷き詰められ,その上に山形県内にある主要古墳の模型が並べられている。山形県の北部のほうを見ると,模型はないけれども,新庄市に所在するものとして,新庄藩主戸沢家墓所が明記されている。無論,古墳時代の古墳ではないが,被葬者の死後の家としての(土を積み上げた)墳丘を木造の建物に交換すると,戸沢家墓所のようになるので(この点は,上杉家墓所も同じ。),トポロジー的な発想の下においては,支配者の墳墓としての基本要素が同一であることになるだろう。なお,そのような観点から逆算してみると,方墳や円墳は,竪穴式住居全体(または,パオ(ゲル)全体)を土という耐久性のある用材で全部置き換え,草藁ではなく石で被覆したものとみることが可能で,その場合でも,やはり被葬者の死後の家という性格をもつことになる。このような思想は,エジプトのファラオの墓所とも通じるものがあり,非常に興味深い。

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山形県内にある主要古墳の模型

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