東松山市:諏訪山古墳群7号墳,33号墳と富士浅間神社古墳(36号墳)

過日,諏訪山古墳群(埼玉県東松山市大字西本宿)を構成する古墳である7号墳と36号墳を見学した。諏訪山古墳群を構成する古墳は,まだ幾つか残されている。しかし,この訪問時にはあまり時間がなかったので,他日を期すことにして見学を割愛した。その周辺を少し歩いてみたけれども,かつては段丘上の畑地や山林だったと推定される場所がどんどん宅地開発されている。途中には,有名な競争馬の供養塔などもあった。時代の変化につれ,地域環境または社会環境はどんどん変化しているようだ。

諏訪山7号墳は,規模不明の円墳とされている。諏訪山7号墳は,住宅等に囲まれた残地のような場所にあり,しかも,周囲には建設残土等と思われる土の山があるので,非常にわかりにくいけれども,どうにか判別できた。諏訪山7号墳は,相当に掘削・変形されているように思われ,往時の姿を想像するのは困難だった。

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7号墳


諏訪山7号墳のすぐ東側には結構高さのある盛土様のものがある。草で覆われていたので墳丘かどうか判然としなかったけれども,たぶんこれが諏訪山33号墳なのだろうと思った。諏訪山33号墳は,従来,円墳とされてきたけれども,東松山市の遺跡地図の表示によれば,前方後円墳のように見える。

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西側から見た様子


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北東側から見た様子


諏訪山36号墳は,冨士浅間神社の基壇部となっている。神社に参拝した上で,その周辺を拝見した。前方部は掘削されて消滅しているとのことで,現況は円墳または方墳のように見える。典型的な古墳神社の形態をしている。神社前の参道部分に土俵のようなものがあった。相撲を奉納したのかもしれないが,土俵にしては土が薄すぎるので,よくわからない。

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鳥居


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正面の階段と拝殿


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本殿と境内社


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西側から見た墳丘の様子


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参道につくられた土俵のようなもの


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墳丘上から見た北側の低地


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境内に生えていたテングタケの類と思われるキノコ


後本宿集会所北の交差点のところに「テスコガビーの供養塔」があり,その脇に小さな神社があった。神社の周囲に並ぶ石碑等は,近隣の畑地や古墳等にあったものを集めたものかもしれないが,どうも現代において新造または復刻されたもののようにも見え,よくわからなかった。

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後本宿集会所にはかつての村の習慣・風習に関する説明板もあった。一般に,日本各地において,自分の村の住民と他の村の住民との識別のために,様々な特殊な伝統や習慣が維持されてきた。しかし,この説明板を読んで,少なくともこの地域においては,「いずれ村としての同一性識別が完全に不可能となる時代がやってくるのだろう」と思った。

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一般に,同一性識別は,識別子によって行われるのではない。諸々の要素の組み合わせによって同一性識別が行われ,その識別結果を表現するための符号列として識別子がある。識別子というものは,本来,そのようなもの以上のものではないので,それ自体としては何らの識別力ももたない。また,諸々の要素の組み合わせ可能性は唯一無二ではあり得ないので,主観や様々なバイアスによっていくらでも影響を受けるものであることを避けることができない。だから,これまで主流だったデータベース基礎理論は,本当は本末転倒の根本的に間違った理論だったということになる。また,そのような理論を基礎とする統計学も,実は全く根拠のない「遊び」の一種に過ぎないということにならざるを得ない。

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