君津市:塞神社と道祖神裏古墳

過日,塞神社(千葉県君津市外蓑輪・内箕輪・法木作・入会地)を参拝し,その社殿の上(北東)にある道祖神裏古墳を拝見した。塞神社の祭神は,猿田彦命・大山咋命。塞神社の前に道祖神がある。道祖神裏古墳との名称は,その道祖神にちなむものだろう。また,「道祖神」と書かれた額を源頼朝がこの塞神社に奉納したとの伝承があるようだ。塞神社の鳥居の手前のあたりに姥神社がある。
塞神社の社殿は,急峻な階段を登ったところにあり,用心しないと転落する危険性がある。そのことから,子どもが遊ばないように警告する掲示があった。塞神社の背後には境内社があった。そのあたりからすぐに崖になっており,崖上の台地縁に道祖神裏古墳がある。塞神社から道祖神裏古墳へ直接にアクセスする道は存在せず,塞神社の東側にある狭い山道の途中にある細い道を登らなければならない。かつては,台地上からアクセスすることも可能だったが,現在ではロープが張ってあり,通行できない。実は,どうアクセスしてよいかわからず困っていたところ,地元の方々からとても親切にしていただき,無事に道祖神裏古墳に到達することができた。その御厚情に改めて感謝申し上げる。
塞神社と道祖神裏古墳の位置関係からすると,塞神社を参拝すると自動的に道祖神裏古墳を礼拝したことになるようなプランになっていると言える。

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塞神社の鳥居


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道祖神


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石段


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塞神社の社殿


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境内社


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境内社


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姥神社


道祖神裏古墳は,全長約56mの前方後円墳とされている。古墳時代初期の古墳であると考えられている。実際に観た印象としては,とても綺麗に墳丘が残されており,驚いた。古墳造営時期及びその規模から考えて,古い時代のこの地域における支配的な地位をもつ者がその被葬者となっているのだろうと思う。かつて,君津の海岸は現在よりももっと東側にあり,この古墳のあるあたりからは,古墳下の低地だけではなく,古代の東京湾を広く見渡し,そこを航行する船舶を監視可能だったと思われる。

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全景
(左が前方部・右が後円部)


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前方部上から見た後円部


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後円部墳頂付近


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後円部から見た前方部


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南側から見た後円部


一般に,猿田彦命は道の神として知られているが,古事記・日本書紀の記述を前提にする限り,「海上航路を知っている者」という意味での道の神だったと考える以外になく,陸地の道の神としても考えられるようになったのは,かなり後世のことではないかと思う。
海上交通が主体となっていたのは,源頼朝の時代でも基本的には変わりがなかった。それゆえ,石橋山の合戦で敗戦した後,源頼朝が千葉氏を頼って房総半島(安房)へ移動する際にも海路を用いたとされている。

私が訪問した時には,墳丘上でキツネノカミソリ(Lycoris sanguinea)が花を咲かせていた。

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