茨城県東茨城郡大洗町大貫町:浅間神社と富士山古墳

過日,浅間神社(茨城県東茨城郡大洗町大貫町)を参拝し,同神社の社殿の背後にある富士山古墳を拝見した。浅間神社の入口はわかりにくいけれども,神社が所在する細長い台地の尾根にあり,南向きとなっている。尾根から社殿までの間の高低差はあまりない。ただし,尾根道に登るためには若干がんばらないとならない。自動車による直接のアクセスは基本的に無理なので,私は,大洗の海岸に近いところにある町営駐車場にクルマを停め,そこから徒歩でアクセスした。
富士山古墳は,比較的大きな円墳であり,周溝もある。ただし,この周溝は,後代に一部改変されているものかもしれない。富士山古墳の墳頂には,八角形の基壇をもつ祠がある。もしかすると,この古墳の形状が円墳ではなく八角形墳であり,そのことを後世に伝えるためのものかもしれないとも思った。とはいえ,詳細な発掘調査等が行われていないようなので,正確なところは何もわからない。
富士山古墳は,岬状の細長い台地の北端にある。古代においては,その台地の下の低地は全部海だったと推定される。その東側の対岸にあたる場所には大洗町磯浜町の台地がある。磯浜町の台地上には,日下ヶ塚古墳車塚古墳姫塚古墳がある。これらの古墳は,大貫町の台地と磯浜町の台地の間にある海峡を航行する船舶を監視するためには最適の地に所在していると言える。
また,大貫町の台地の東側の対岸にあたる場所には,森戸古墳群(茨城県水戸市森戸町)や八坂神社・冨士浅間神社(茨城県水戸市下入野町)のある台地がある。同神社の周辺は,古墳群のある地として知られている。これら森戸古墳群や関連古墳群のある台地との間の海峡のような部分を西進すると,涸沼のある地域に至ることができる。これらの古墳もまた,涸沼方面との間を往来する船舶を監視するために最適の地にあると言える。古代の一定の時期において,これらの地域全体が那珂郡に属していたものと考えられている。
水戸市の愛宕神社古墳の被葬者は,古代の那珂郡に該当する地域の最高位の支配者であったかもしれない。

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鳥居


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参道


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浅間神社の社殿と富士山古墳の全景


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浅間神社の社殿


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墳頂の祠


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別の角度から見た墳頂の祠


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墳丘と周溝(東側)


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墳丘と周溝(西側)


拝殿の手前で真上を見上げると,驚きの神秘的条件を目にすることができる。無論,環境学や生態学の基本原理どおりだと科学的に説明することは可能だ。しかし,そのような理屈はさておき,とにかく驚く。神秘的空間としか表現しようがない。この場所に実際に立って頭上を見上げた者だけが感得できる。

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