ひたちなか市:飯塚前古墳

過日,飯塚前古墳(茨城県ひたちなか市三反田)を見学してきた。長方形墳という非常に変わった形をした墳墓であることがわかっている。最近,城里町にある徳化原古墳も長方形墳である可能性を示唆する発見があった。仏教における土塔の様相(外形)をもった墳墓として理解が可能であるように思われ,おそらく,飛鳥にある蘇我氏の墳墓や前橋市総社町にある墳墓もそうなのだろうと想像する。私見としては,古代中国の隋において有力だった仏教上の考え方を導入しようとしたけれども,その後,隋が滅んで唐になってしまったため,墳墓の外形上の様式としては次第に消えることになったのではないかと思う。
飯塚前古墳
飯塚前古墳


飯塚前古墳
説明板


現存または復元された土塔としては,大野寺土塔(大阪府堺市中区土塔町)が最も有名なものではないかと思う。佐倉市にある国立歴史民俗博物館を以前訪問した際には,その発掘等の様子が展示されていた。

それらはさておき,空海や鑑真が果たした歴史上・政治上の役割に関しては,これまでも多数の研究成果があるけれども,隋ではなく唐の様式や方法論を導入し,朝廷による国家統制を完全なものとするために果たした役割は,かなり大きなものがあるのではないかと考えられる。大型墳墓の衰退と,戒壇の確立とは全く無縁のものではないように思う。とりわけ,関東地方を含む東国においては,下野薬師寺に戒壇が存在したという事実を改めて深く検討すべき余地がある。

  茨城大学:人文社会科学部・考古学研究室が手がける城里町・徳化原古墳の発掘調査で4つの発見!
  https://www.ibaraki.ac.jp/news/2019/06/03010414.html

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