下野国庁跡

先日、下野国庁跡(栃木県栃木市田村町・宮ノ辺)を訪問した。かつて、古代の官庁都市のあったところで、川をはさんで東側の台地に東日本全域を管轄する戒壇をもつ薬師寺があることから推定すると,現在の関東平野がある地方のかなりの部分を統括すると同時に,現在の東北地方への抑えとしての軍事拠点として機能していたのではないかとも考えられる。
また,薬師寺のある台地の南端には摩利支天塚古墳(栃木県小山市飯塚)や琵琶塚古墳(栃木県小山市飯塚)のような立派な古墳が多数存在する。国庁のある都市部から見ると,まさに舟で渡るところに墓所が所在することになる。これらの古墳は,国庁を支配した高官の墓と考えるのが妥当ではなかろうか。
一般に,大型の墳丘をもつ墳墓の造営は,大化の改新の際の薄葬令によって禁止されたとするのが通説だ。しかし,少なくも関東地方に関する限り,律令時代は無論のこと,戦国時代まで大型墳墓の造営が継続された可能性がある(比較的小型の円墳のようなものは,更に後まで続いた可能性がある)。また,そこから出土する土器は,(現代でも神事や仏事が古式の器具を用いて行われているのと同様)意図的に古式で製作された土器等を用いたものである可能性も否定できないし,副葬品も先祖代々伝えられたものが収められた可能性を否定できない。古墳及びその副葬品の編年には再考が求められていると考える。

それはさておき,下野国庁跡の駐車場のすぐ近くに下野国庁跡資料館があるので,まず,そこを見学した。

下野国庁跡
駐車場脇にある説明版


下野国庁跡
下野国庁跡資料館前に植栽されたヤマボウシの木とその花


下野国庁跡
漆紙文書


下野国庁跡
木簡


下野国庁跡
配置図


資料館を見学した後,北門跡のところから,下野国庁跡の区域に入った。一部復元されている。

下野国庁跡
下野国庁跡


下野国庁跡
下野国庁跡


国庁の中心部と推定される付近には,現在,宮野辺神社がある。国庁が滅んだ後になっても,国庁に仕えた人々がかつての代々の主を崇敬し続けるために設けられた神社であろうか。この神社を参拝した。

宮野辺神社
宮野辺神社拝殿


宮野辺神社
説明版


当方に隣接する畑の中に小さな古墳のようなものが見える。権現神社(栃木県栃木市田村町)なのだそうだ。

権現神社
権現神社

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