行方市:天神山古墳

天神山古墳(行方市沖洲)を見学してきた。「沖洲」との地名は,「息栖」と同じだと考える見解が多い。その南に隣接して「羽生」という地域があり,非常に興味深い。霞ケ浦の岸辺にある大丈夫そうなところにクルマを停め,そこから徒歩で古墳のある場所に向かった。天神山古墳の北側には「天神の森」という緑地があり,一応駐車場ということになっているのだが,途中の道が非常に狭い砂利道なので,クルマで行くことはお勧めできない。

「天神の森」は,尾根状になった台地の縁の一部を掘削してつくられたもののようだ。そこからは,霞ケ浦の向こう側の対岸が良く見える。

天神山古墳
台地上の古墳付近の森


天神山古墳
天神の森


この天神の森の北方を見ると,台地の縁が奇妙に盛り上がった地形をしており,非常に古い時代に何らかの地殻変動があったことを推測させるものだ。この盛り上がった地形の部分は,大日塚古墳や勅使塚古墳のあるあたりまで続いている。更にその北方は,自然堤防のような形状をしたやや高い細長い部分となって三昧塚古墳まで続いている。ただし,現在では道路によって掘削・分断されているため,外見上ではわかりにくいかもしれない。

天神の森の南側は,全体としてやや盛り上がった山のようになっており,その頂上部付近に天神山古墳がある。比較的大規模な前方後円墳だ。正確ではないが,前方部は石岡市のほうを向いているように見える。この山の下から登る急峻な細い道があり,その道は古墳の西側を回って天神の森まで続いている。この道が後円部にたどり着くところから後円部の墳頂に登れるようになっているので,かつてはこの道を登って墳頂の神社に参拝したものかもしれない。天神山という名ではあるけれども,そこにある神社は,稲荷神社だ。相当長く放置されているらしく,傾いたままの状態となっていた。

天神山古墳
全景(右手(南方)が後円部,左手(北方)が前方部)


天神山古墳
後円部に登る道


天神山古墳
墳頂の稲荷神社


天神山古墳
後円部から見た前方部


天神の森からも霞ケ浦及び対岸の様子をかなり遠くまで見ることができるが,天神山古墳の墳頂は天神の森よりもずっと高い位置にあるので,更に遠くまで見ることができると考えられる。おそらく,古代においては,現在あるような森が存在せず,裸山であり,眼下の支配地と古代の霞ケ浦を航行する船舶を見張るための施設としてもこの古墳が機能していたのだろうし,また,航行する船舶からもこの古墳が良く見えるのだろうと推測する。
古墳の南側にある切通しのような地形は,中世にそのようにされたものかもしれないけれども,もし古代からそうであったとすれば,船着き場から台地に登る際の検問所のような役割を果たしていた可能性がある。

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