長野:大室古墳群

森将軍塚古墳を見学した後,国道403号線を北上して大室谷にある大室古墳群(長野県長野市松代町大室)を見学した。大室古墳群と呼ばれる古墳群は周囲一帯に広く存在しているのだが,この大室谷にあるものが一番規模の大きなものらしい。谷沿いに山頂付近までずっと古墳があるとのことなのだが,かなり異様な感じがする。それと同時に,寺口忍海古墳群(奈良県葛城市寺口)と似たような雰囲気を感じさせる部分もある。

大室谷の古墳群の主要部分は,もと段々畑だったのだそうだ。その土留めのために古墳の葺石等が流用されたようで,ほとんど全部の古墳が破壊されていたものを復元し,史跡公園として綺麗に整備されている。そのほぼ中央部にある駐車場にクルマを停め,主要な古墳を順に見て回った。

244号墓は,この場所で最大のものなのだそうで,石室も残されている。

244号墓
244号墓

244号墓
244号墓


241号墓は,積石墓として復元されているが,合掌造りと呼ばれる特殊な墓室がわかるように,上半分には石を積んでいない。

241号墓
241号墓


241号墓
241号墓


一般に,積石墓は,渡来系と言われている。朝鮮系というよりは,もっと北西のアルタイ~中国東北部あたりまで広く分布したものではないかと思う。更には,中央アジア~西アジアにも類似の円墳が存在するから,スキタイやその流れを汲む遊牧生活を営んでいた様々な王国の文化が底流にあることは間違いない。しかし,この大室古墳群にあるものは,その後の時代の石室の技術と融合してできあがった様式ではないかと思う。西アジア~中央アジアの古代と関連する考古学と日本の考古学とは一体のものとして再構築されるべき部分があるように思う。「渡来」と言えば朝鮮半島だけしか考えないというのであれば,それは単純過ぎると言わざるを得ない。残されている古代の文書記録によっても,日本海や黄海を直接にわたってくる人々が存在した可能性が示唆されている。

長野県立歴史館に常設展示されている合掌造り石室
長野県立歴史館に常設展示されている合掌造り石室


駐車場の上のほうに大室古墳館という施設があり,ジオラマ等が展示されていた。地質学を少し勉強した人であればすぐにわかると思うのだが,この場所は,相当古い時代に巨大地震または大規模豪雨によってかなり大きな土石流が発生し山の3分の1くらいが流出して崩壊してしまった後に谷になった場所だ。そのようなことを知ってか知らずか,古代の人は,霊山の一種と考え,営々と墓所を構築し続けたのだろう。

この古墳群を少し下った町内に髙井大室神社がある。そこを参拝した。ただし,この神社の祭神には変遷があるらしい。地形からみて,元は古墳が存在した場所ではないかと思う。

髙井大室神社
髙井大室神社




この記事へのコメント

この記事へのトラックバック